4.たべてみたい
あいすべきばかたち。
身体より少しおおきめに見えるピンク色の水玉模様のリュックをだらんと背負って食堂の出口で尻餅をついている後ろ姿を見た。
「…お前、あんなちんちくりんが好みなのか?」
「は?」
スカートが…!!と騒いでいる春野さんの慌てた表情を遠目で見惚れていた俺の肩に図々しく腕を乗せて、ちんちくりん発言をした失礼極まりない早乙女を睨む。…そこがまたいいんだろうが。「だめだな、重症だ」と、早乙女がやれやれと憎たらしいため息をついた。
「つーか、あの子かなりのドジっ子属性だな?しかも今どき珍しい計算じゃない天然の犯行と見た」
さっきまで大人しくオレンジジュースを飲んでいたはずの野上がつぶやいた何気ない感想に、ぎくりとする。野上の、女みたいにでかい目がうっすらと楽しげに細められた。視線の先には、未だ出口付近でワタワタと慌てふためいている春野さんがいる。…嫌な予感しかしないのはなぜだ。
「アレは磨けば輝くタイプだなー。…Sの血が騒ぎますねェ」
やはり。S心をくすぐってしまったようだった。今後、野上と春野さんを接触させないようにしようと心に刻み込む。かわいい仮面を被った腹黒に気をとられていたら、もうひとりの要注意人物である佐々木がキラリと眼鏡を光らせていた。
「へえ、坂田はドジっ子萌えだったんですか。初耳ですね」
「黙れむっつり眼鏡」
「むっつりな人にむっつり呼ばわりされる筋合いはありませんねえ」
「とにかく!春野さんを汚す発言は控えろ、俺が容赦しねーから!」
「でもちんちくりんのくせにけっこう胸でかかったな」
「てめーもだ早乙女!お前はいつまで中二脳なんだよ!」
「坂田は巨乳好きだったのですか。気が合いそうですね」
「こいつが巨乳好きなのは今更だろ」
「おい!さっきから外見ばっかじゃねえか!俺はそんな不純な動機で春野さんを好きになったわけじゃないんだよ!!」
「じゃあ、どんな動機があんだよ」
「……ぜってー言わねえ」
…一目惚れでした、なんてこいつらの前で言えるわけがない。爆笑されてからかわれるのが目に見えている。恋に悩んでいる幼気な俺に、じりじりと詰め寄ってくる暇人共は馬に蹴られてしまえばいいのにと思う。
「で?メルアドとか知ってんのか」
「ああ、一応な」
「メールは?したの?」
「……してねえ」
「なんでだよ、しろよ」
「そうですよ。男がガンガン攻めないでどうするんですか、情けないですねえ」
「う、うっせー!俺の勝手だろ!ほっとけバカ!」
「ちっ、めんどくせえな。ケータイ貸せ、俺が打ってやる」
「はあっ!?ちょ、やめろって!」
『一発ヤらせろ』の文字を削除して、余計なメールを作成しやがった早乙女の顔面に熱々のおてふきを投げつける。こんな下心まる見えのメール送ったら、好感度だだ下がりどころか軽蔑されること請け合いだっつうの!俺は嫌われたいわけじゃねーんだ好かれたいんだ!
「なんだよ、俺はお前の心の声を言葉にしてやっただけだろうが」
「坂田…そんなヘタレじゃいつまでたっても足踏み状態ですよ」
「…佐々木のくせに正論言ってんじゃねえよ腹立つな」
「まさかてめえ、ガラにもなくビビってんのか?」
早乙女の鋭い指摘に肩がびくついた。ニヤリと笑う野上と佐々木。神様、こいつらの頭に何かとてつもなく硬くて重いものを落としてください。なむなむ。ナムナム。
「べ…つに、そんなんじゃねえよ!…ただ、いざメールしようと思ったら緊張しちまって指が動かなくなるだけだ」
「ビビってんじゃねえか」
「なんか…女子高生みたいだな?」
「あ゛ああああ!だからお前らにだけは言いたくなかったんだよ!絶対笑うもん絶対余計なこと言うもん!」
「だっておもしれーじゃん」
「こっちは真剣なんだよ!あーもう!ほっといてくれ!」
「何言ってんの。こんな面白…げふんごふん、楽しそうなこと俺たちが見逃すわけないじゃん」
「野上クーン?言い直せてないんだけど。結局楽しんでるんじゃねーか」
やっぱり言うんじゃなかった!と、頭を抱えて地団駄する。野上たちは俺を差し置いて、ノートに何かを書き出していた。何々……、“恋のキューピッド大作戦”?こいつら、絶対邪魔する気満々だろ。
そんなわけで、俺を無視して、急遽開かれた恋の作戦会議。一人目、佐々木の意見。知的に見られたいだて眼鏡野郎は、一丁目にご自慢のだて眼鏡をくいっと指であげた。胡散臭さが否めない。
「坂田、まずはステップ1です。さりげなく彼女の前にハンカチを落として彼女がそれを拾うのを待つ…そして偶然を装って彼女の手を…」
「どこのひと昔のドラマだよ!そんなベタベタな展開あってたまるか!」
却下。
月9ドラマ観て、出直してこい。ついでにその見せかけだけの眼鏡をナイル川に捨ててこい。いや、訂正。ゴミはきちんとゴミ箱に捨てなさい。以上。
二人目、野上の意見。巷ではハニーフェイスのおかげで“王子様”と呼ばれているが、実際はただのかわいいお顔をうまく使い分ける魔性のドSである。にっこりと笑いながらとんでもない暴言を吐くのが得意分野な男を見かけたら、すぐに110番。
「じゃあ、これはどう?落とすものをハンカチじゃなくてあんぱんにかえる」
「なにそれ?まさか餌付け?餌付けなのか!?」
「まずは、懐かせないとね。あとは俺の腕の見せ所だな」
「やめろバカ!純白な春野さんを汚すな!」
「俺色に染め上げてやるのも、面白いかなあと思って」
「面白くねーよ!」
もちろん却下。
餌付けしたいなら、そこら辺の野良猫にしときなさい。いや、訂正。逆に、猫型ロボットに躾けてもらいなさい。以上。
3人目、早乙女の意見。一番女慣れしているこいつなら、とほんのちょっとでも期待したことをこのあとすぐに後悔することになる。
「まどろっこしいことは嫌いだ、シンプルに行けばいい」
「まあ、そうかもしんねえけど」
「押し倒せ」
「シンプルすぎだろーが!俺はどんだけ欲求不満なんだよ!」
論外。
滝にうたれて修行でもしてくれば?そのまま二度と戻ってこなくていい。訂正の必要性は皆無。以上、終了。
強制的に作戦会議の幕を下ろして、ぐったりと椅子に座って背中を背もたれに預けた。彼女の姿は、もう見えなくなっていた。
俺の恋は、どうやら前途多難みたいです神様。