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レモンの砂糖づけ  作者: 麦子
2/18

2.かわいいはがた

きみを見つけたのは、雨上がりの湿った匂いがする午後13時7分。


行く手を阻む水たまりとぐしょ濡れになったスニーカーにイライラしながら大股で歩く途中、すれ違った女の子。音符の模様がはいったリュックを背負い、片手には教材がぎっしりと詰まった紙袋を提げて立ち止まっているその姿を横目で確認。気になって、両目で振り返って再確認。

見上げた先に映っていたのは、曇り空と青空の境目から見えるおおきな虹だった。何気なしに女の子を見ると、口をあんぐりとさせて見入っている。と思ったら、慌ただしくリュックの中身を漁りだした。とほぼ同時に、紙袋の底からずざざーっと教科書が雪崩落ちた。更に慌てるその仕草に思わず吹き出しそうになる。…なんかまんがみてえ。



「春野、何してんの?」

「け、携帯が…ない…!」

「……そのポケットからはみ出してるリボンのストラップはなにかしら?」

「え?……あ!!」

「(おまけにドジっ子)」



すっかり地面の水分でふやけてしまった教科書には目もくれず(代わりに友達が拾っている)、一生懸命に手を伸ばして写メを撮る爪先立ちの女の子。虹がうまく写ったのだろう、満足そうに笑っている。そのあと、友達に叱られながら教科書を拾い集めていく必死な顔を見て自然と口元が緩んだ。




そんなきみに惹かれてうっかり好きになってしまったのは、虹が微笑んだ午後13時16分。




だから、2週間後の今日、偶然ひとりで座るあの子の後ろ姿を見つけたとき人目をはばからずガッツポーズをしてしまった。野上からサボりのメールが届いたときには、すでに俺は彼女の隣の席をゲットして二回目のガッツポーズをしていたのだった。彼女は不思議そうに笑ってた。



「坂田くん」

「ん?」

「あんぱん、すき?」



白衣が似合わない教授のおっさんの話を聞き流していたら、隣から小声で話し掛けられて腕をつんつんとされた。動揺を必死に隠しながら笑顔を作る……ん?あんぱん?



「さっきのピクルスのお礼です」

「…」

「…あんぱん、きらい?」

「だっ、だいすき…。超だいすき、です!」

「わたしもすきー。おいしいよね、あんぱん」



春野さんの気の抜けたような満面の笑みが、どきゅんと俺の心臓に刺さった気がした。



「坂田くん?」

「あ、ありがたく頂戴します…」

「どうぞー」



あの子が食べたチーズバーガーを見て“間接キスだ”なんて小学生並みの思考回路の俺に、これ以上その純粋な笑顔を見せないでください。めちゃくちゃに食べてやりたくなっちゃうじゃないですか、もう。

そんな下心だらけの笑顔を見せる俺のことなんてまるで知らないきみはうれしそうにあんぱんを見せ付けてくるのだ。…負けます、ほんとに。



「あー…のさ、」

「はい?」

「いまさらだけど、敬語とか使わなくていいから。なんか緊張するし」

「は…、うん」

「あとさ」

「うん?」

「メ…メルアド…教えてくんない?」

「えっ」

「あー…だめ?」

「わ…わたしなんかのメルアドでいいの?」

「うん」

「せ、赤外線でいいかな?」

「うん!!」



ちらりと見えた彼女の携帯の待ち受け画面。ぼやけて写っている七色に、また頬が緩んだ。


今日の戦利品…あんぱん、メルアド、笑顔、それとチーズバーガーの小さな歯形。いつか彼女ごと自分のものにできたら。

なんて、ばかな妄想に耽る生温い午後のこと。





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