17.たべられた
きみのところまで、はしっていくよ。
はたしてわたしは、恋の一歩目を踏み出すことに成功したのでしょうか?
気合いを満タンに込めた瞳で坂田くんを真正面から見上げてみるけれど、視線はすぐに逸らされてしまった。もしかして、失敗?
「俺も、」
「?」
「俺も、会いたかった」
「え…」
「ずっと、春ちゃんのことばっか考えてた」
ふらふら泳いでいた瞳が急にしっかりとわたしのほうを見つめてくるから、何も言えなくなる。たくさん言いたいことがあったはずなのに、坂田くんの一言で全部どこか遠くに飛ばされてしまったみたい。
しばらく見つめあって、お互いぎこちなく視線を逸らして、また絡まる視線。
「…とりあえず、どっか座ろっか?」
「…うん」
坂田くんの後ろをとことこついていく途中、ギャルの子たちの視線がこわかった。でも、恋のライバルたちには負けたくありませんから、わたしはあなたたちより先を進みますね。休憩していたらあっという間に追い抜かされてしまいそうだもの。
「なにあの子、坂田とりやがって」
「あたしたちのことは無視かよ」
「もう他の女のモノになる男なんて忘れたほうがいいんじゃない?ね?」
「のっ野上!…って、はあ!?なにそれどういう…」
「あーうっせえな。あんなヘタレより、お前らは俺のことだけ見てればいいんだよ」
「なっ…!早乙女…」
「真っ赤になっちゃって、かわいいですねえ。さ、今からどこに行きますか?」
気になって後ろをちらりと見てみると、ギャルの子たちは慧くんたちにメロメロになっていた。今の短時間で、何をしたんだろう?魔法でもかけたのかな?慧くんがこちらを一瞬見て、いつかのようにピースサインを見せ付けていた。…慧くんは、やっぱり魔法使いだったみたい。
ベンチに座る隣同士、お互い黙ったままあんぱんをもぐもぐ食べる。ちらりと坂田くんを覗き見ると、ぼんやりと前を向いたままさっきから飲んでいるコーヒー牛乳のストローをかじっていた。
無意識に唇を意識してしまって慌てて視線を下げる。でもやっぱり坂田くんの横顔が見たくて顔をそっとあげるわたしは、はたからみたらかなり挙動不審だ。
「…あー、なんかさ、」
「うん?」
「照れんね」
「え?」
「さっきの。今思い出したら、すっげえ恥ずかしくなった…」
「わ、わたしは嬉しかったよ!」
「マジで」
「うん!すっごく嬉しかった、です!」
「そ、そうですか」
「う、うん」
また沈黙。恥ずかしさを紛らわすためにあんぱんに噛り付く。坂田くんの前で大口っぷりを発揮してしまった…。坂田くんのあんぱんはもう半分しか残っていなかった。歯形にどぎまぎするわたし、変態かもしれない。
「春ちゃん」と坂田くんが視線を下にして小さな声でわたしの名前を呼んでくれた。それだけで、たったそれだけで、こんなにも。
「…ご、ごめん。あんまり俺の顔見ないで」
「…?」
「恥ずかしいから…」
「…」
…こんなにも、たくさんの気持ちが一気に溢れてくるなんて知らなかった。こんな想いもぜんぶひっくるめて“好き”というのなら、ああ、やっぱり恋は難しいや、なんて考えるよりも先に走りだしたのはわたしのことばそのものだった。転んでも大丈夫、起き上がる方法はもう知ってるから。
「…春ちゃん?あの、だからあんまじっと見ない…」
「坂田くん」
「え?」
「好きです」
「ごふっ、」
坂田くんが口に含んでいたんであろうコーヒー牛乳を吹き出した。慌てて、持っていたハンカチを渡そうとしたらその手首を掴まれてしまった。強くて熱い手、なんだかわたしの色んなものが吸収されてしまいそう。
俯いたままの茶髪が揺れた。つられるように、わたしの心臓も揺れた。
「そんなこと言われたら、俺期待しちゃうんだけど」
「?」
「春ちゃんも俺と同じ気持ちなのかなって、期待してもいい?」
「坂田くん?」
「…春ちゃん」
「は、はい」
「好きです」
心臓に甘いパンチを食らった。そのことばだけで、坂田くんに骨抜きにされてしまいそう。ふにゃふにゃに力が抜けてしまった手を坂田くんがしっかりと握ってくれた。ああ、これは夢じゃないんですね坂田くん。
「俺、春ちゃんの彼氏になりたい」
「…!…か!?」
「…だめ?」
「わ、わたしなんかでいいんですか…?」
「うん、春ちゃんじゃなきゃだめなんだ」
「…恋愛もろくにわかんないようなキスも下手くそなわたしでよかったら、彼女にしてやって下さい」
「……ぶっ、」
「…わ、笑った」
「ち、ちがうちがう、ごめん。かわいいなーって思っただけだから」
「……うそだぁ」
「うそじゃないって。俺、春ちゃんしかいらないもん」
「!」
「キスだって春ちゃんとしかしたくない」
「うっ、」
「信じてくれる?」
なんだか胸がぎゅうぎゅうといっぱいになってしまって俯いたままのわたしに、ちょっと意地悪く問いかけてくる。…繋がれた手が代わりにわたしの気持ち全部喋ってくれればいいのになあ。なけなしの勇気を振り絞ってぎゅっと坂田くんの手を握り返した。
恋の気合いを吸い取られたわたしには何が残っているのかなんて全く分からないけれど、隣で笑ってくれる坂田くんがいる限り無敵になれる気がしたから、不思議だ。緩みっぱなしの顔を全開にして、ふたりして笑う。
今日から、坂田くんと恋人同士になれるんだなあと思ったら落ち着きを取り戻していた心臓がまたざわざわし始めた。せっかく治った熱がまた身体中に集まりはじめる。
「春ちゃん?」
「急に恥ずかしくなってきた…」
「へ?…ほんとだ、顔真っ赤」
「顔があつい…」
「…」
「坂田くん?」
「お、俺もなんか恥ずかしくなってきた」
「伝染しちゃった?」
「伝染しちゃったかも」
ゴール手前で差し伸ばしてくれている手にゆっくりと自分の指を絡める。そして、ふたり一緒に新たに現れたスタート地点に立つ。あなたとなら、寄り道してお昼寝したり大好きなお菓子を食べたりして歩いていくのも悪くないと思うんです。
「ほんと、食べちまいたいくらい好き」
柔らかい八重歯を見せて思いきり笑ってくれるあなたとなら。
“好き”って言葉をストレートに伝えるまでのお話が書きたいなあと考えて生み出せたのが「レモンの砂糖づけ」です。
お腹いっぱいになるくらいの甘過ぎるしあわせが伝わればいいなあと思います。
最後まで、こんな拙い連載を読んで下さったあなた様に「ありがとう」という言葉を贈らせて下さい。
本当にありがとうございました。