16.はしっていくよ
「好きです」
夢みたいな夢を見た。頭におおきなリボンをぴょこんとつけている女の子が、パンパンに膨れ上がったリュックの中からカラフルなキャンディを取り出して俺の手に握らせた。そして、彼女は俺の胸に飛び込んでふんわりと笑ったのだ。
「なくならないからたくさん食べていいよ」
そんな甘い誘惑のことばを緩やかに乗せながら。
「坂田〜、ねえねえ今から遊び行こーよぉ」
「…行かない」
「なんでぇ?」
「ダルいから」
「えー?じゃあ今日飲みに行こうよ〜」
「しつけーな…酒は当分飲まないことに決めたの、俺」
「なにそれー」
病み上がりの頭に響く、甲高くて計算されている甘ったるい声に吐き気がした。つーか、本当に吐きそう。だらんとベンチに寝転がり視界を腕で見えなくする。一瞬、でかいハートマークのリュックが見えたような気がした。
「坂田〜?大丈夫?」
「具合悪いの?あたしの膝貸してあげよっか?」
「あっ、いーなー!私も坂田くんに膝枕してあげたーい!」
べたべた、べたべた。無遠慮に触ってくるうざったい手を振り払うことさえ億劫でため息は飲み込んで、目を閉じた。あの子の小さくていつも深爪になりかけている手のひらしかいらない。膝枕だって、あの子じゃないといやだ。夢の中の女の子が遠くのほうで両手をあげてめちゃくちゃに笑っている。
俺が欲しくてたまらない彼女はいつだって瞼の奥でいつだって届きそうで届かないところに立っているのだ。…ああ、もう面倒くさい。ごちゃごちゃ考えて逃げまくるのも疲れた。
春ちゃんに会いたい。
開いた視界の先に、ゆらゆら身体を揺らしながら危ない走り方をしている真っ赤なハートマークが描かれたリュックが見えた。…見つけた。
「春ちゃん!」
「えっ?…うわっ、」
「えっ、ちょっ、危な…!」
「……」
「……」
「…あ、ありがとう」
「だ…大丈夫?」
「なんとか」
「…そっか」
間一髪で受け止めた彼女の身体、見上げてくる瞳がへにゃりと笑いかける。俺もぎこちなく笑い返す。完全に離れるタイミングを見逃した。…このまま抱きしめられたらいいのに。
「坂田くん」
「はい!?」
「…あんぱん、一緒に食べませんか?」
「……はい」
両手に大切そうに抱えられていたあんぱんのひとつが俺の手に握られる。そして、夢の中と同じように春ちゃんは身長差のある俺を一生懸命に見上げて笑ったのだ。しかも、俺の心臓を撃ち抜く最強のことばを味方につけて。
「…坂田くんに会いたかったです」
やっぱり俺、まだ夢でも見てるんじゃねえの?