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レモンの砂糖づけ  作者: 麦子
15/18

15.きみのところまで

恋する女の子は無敵なのである!






朝の4時に目が覚めてカーテンを開けた。完全復活!眠気を含んだやわらかい朝の空気を吸い込んで真っ先に思ったことが、ひとつ。



坂田くんに会いたい。



簡単なことなのだ、なにも難しく考える必要はない。全部話してしまえばいい。わたしの気持ちも今考えていることも、なにもかもそのまんま包み隠さずに伝えればいいだけ。分からないことは聞けばいい。この間のキスのことも、坂田くんが今何を考えているのかもそのまんま包み隠さずに教えてもらえばいいだけ。

とにかく立ち止まっていたってはじまりもおわりも何も見ることができないと思うから、だから、わたしは走ります!


真っ黒なリボンが目立つカンカン帽、最近お気に入りのマリンワンピ、背中には真っ赤なハートマークが描かれたリュックを背負い、ショッキングピンクのスニーカーで向かう先は、恋の道一直線!

わき目もふらず走っていたらなにかの障害物に体当たりしてしまった。



「だ、大丈夫ですか?」



すっ転びそうだったわたしの二の腕を掴んで助けてくれたスーパーヒーローさんの顔を覗く。さらりと靡く黒髪美人の男の子が「春野さん?」と、わたしの名前を思い出したかのように呼んだ。それから何故か顔を真っ赤にして慌てて謝られた。



「気やすく女の子の二の腕を掴んでしまいました…!申し訳ございません!」

「へ?」

「…とか言いつつ、顔がにやけてんだよ。お前やっぱむっつりだろ」

「俺も一応健全な男子なんですから仕方がないでしょう?」

「まったく、春ちゃんはなんですぐ顔面から転ぼうとすんのかなあ」

「慧くん!」

「よう。熱はどうすか」

「うん!絶好調だよ!」

「それはよかったですね」



眼鏡をかけた男の子、佐々木くんがにこにこと相槌を打ってくれた。そういえば、佐々木くん達と話すのははじめてかもしれない。慌ててぺこりと頭を下げる。



「あ!どうも!はじめまして?…は、ちょっと違う気がするね」

「こうやって面と向かって春野さんと話すのははじめてですからね」

「ふーん…やっぱちんちくりんじゃねえか。これのどこがいいんだか」



かっこいいオーラがムンムンの男の子たちに囲まれて萎縮してしまう。色っぽい雰囲気の男の子、早乙女くんに頭をがしりと掴まれてぐらぐらと左右に揺れる身体。かぶっていたカンカン帽はいつの間にか慧くんに奪われていた。…そういうば、坂田くんが見当たらない。帽子が似合いすぎている慧くんの服をちょいちょいと引っ張った。



「慧くん、坂田くんは?今日来てないの?」

「ん?知りたいんすか?なんで?」

「なんで…って?」



慧くんは知っているはずなのにわざと聞いてこようとするから、ちょっと睨むといじわるな笑顔を向けられた。早乙女くんがぐっと顔を近付けてくるから、緊張で足が震える。よく見ると目が笑っていた…あれ?このひともわざと?



「普通は会うの気まずいんじゃないのか?」

「え?」

「坂田に無理矢理キスされたんでしょう、平気なのですか?」

「それともキスなんてし慣れてるからなんとも思わねえか?」



早乙女くんの仰天な一言に驚きすぎて硬直してしまう。そんなわたしの肩に手を置いて冷静沈着に話しはじめたのは慧くんだった。



「早乙女、なに言ってんの。こんなちんちくりんに限って経験豊富なわけないって。アリエナイアリエナイ」

「ちんちくりんと見せかけて…、かもしれねえぞ」

「いや、百パーないって。だってちんちくりんだし」

「ちんちくりん…」

「春野さん、俺はちんちくりんなんて思っていませんよ?小さくて可愛らしいと思っているだけですからね」

「佐々木、それフォローになってないから」

「ちんちくりん…」

「つーか、坂田ならあそこにいるぜ。ベンチのとこ」

「ちんちく……えっ?」



早乙女くんの指差す方向には、大学内に設置されているおしゃれなデザインのベンチに堂々と仰向けになって寝転がっている坂田くん……と、露出度の高いお洋服を着こなすギャルの子が数人いた。

ぷしゅう、と気合いが入っていた心臓がしぼんだ気がした。



「春ちゃん?どうした?」

「気合いが足りなかったのかも…」

「坂田に平手打ちする気合い?」

「え!?ち、違うよ?」

「なーんだ、つまんねえの〜」

「…坂田くんモテモテなんだねえ」

「坂田はそれどころじゃないと思うけどなー?」

「え?」

「行ってこいよ、坂田んとこ。話があるんだろ?」

「早乙女、なにかっこつけてるんですか?なんだか気持ち悪いですね…」

「あぁ!?」



遠巻きに坂田くんを見る。うーとかあーとか唸りながら顔を両手で覆っていて、その腕に触れる手入れされたネイルの指先に心臓がちくりと痛くなった。なんだか泣きそうになって俯いた視線の先には動けない両足が映る。絆創膏はないはずなのに、情けないなま足。不意に暗くなった視界、イタズラ好きの王子様に奪われたはずのカンカン帽が深くかぶせられていた。



「何の気合いか知らないけど、俺はあのギャルたちより春ちゃんのほうが好きだよ?」

「え?あ、ありが…」

「からかい甲斐があるって意味で」

「……ありがとうと言いにくい褒めことば?だね」

「坂田、呼んできましょうか?」

「大丈夫!ありがとう佐々木くん」

「いえいえ」

「春ちゃん、どこ行くのー」

「もう一回気合い入れ直してくる!すぐに戻るよ!」



まだ芽生えたばかりの恋心を抱え直して歩きだすわたしの両足。気合い注入のためのあんぱんをふたつ購入して両手に抱えて向かう先は、恋の登竜門!




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