13.こいのびょうき
長いお昼寝から目覚めた蝉とかんかんに照りつける太陽が、これでもか!ってくらいに自己主張をはじめる7月。
天才でも馬鹿でもない中途半端な脳みそのわたし、只今ある病と格闘中であります。お腹はいつになっても満腹でコンビニのツナマヨおにぎりでさえも食べる気になれない。頭がぼーっとして心臓が情緒不安定。身体中がお風呂上がりの体温よりも高くて熱い。
お母さんは、“知恵熱”だと言った。だけど、本当の病名はきっと、“恋患い”に違いない。
だってずっと、坂田くんの顔が頭の中から消えてくれない。
「お大事にね」
飲み会の日から一夜明けても下がらない熱。お見舞いに来てくれたえっちゃんも帰ってしまったし、一日中ベッドと仲良く寄り添っているのにも飽きてきた。冷蔵庫にあるシュークリーム、食べたい。でも相変わらずお腹はいっぱい。恋の病というものは、どうやらとても厄介なものみたいです。
『ヤッホー。熱あるんだって?大丈夫すか』
そんな時に、なんの予告もなしに受信されたいじめっ子王子様からの画像つきメールを見て、ゲホッとむせこんでしまった。貼り付けられていた画像には、まぬけな寝顔を晒しているわたしがでかでかと写っていたからだ。流出されたら困る!と焦りながら、慌てて慧くんに電話をかけた。
「画像消してください…!」
『春ちゃん、声ガラガラ〜』
「がっ画像…」
『はいはい消します消します…多分ねー』
「多分!?」
『あの写メ、春ちゃんのお友達が送ってくれたんだよー』
「まっまさか…えっちゃんの仕業…?」
『そうそう、えっちゃん。あの子おもろいよなー』
「ふたりともひどいよ…」
仮にも病人のわたしの泣きそうな声を聞いても、平然とした態度のままゲラゲラと楽しそうに笑う電話の向こう側から誰かが咳こむ声が聞こえた。キョトンとして、慧くんに聞いてみる。
「誰か風邪引いてるの?」
『んー?まあ…ある意味?』
「どういう意味?」
『案外、春ちゃんと同じ症状だったりしてな?』
「わたしと?……お大事にって、その人に伝えておいて下さい」
「オッケー」
名前も顔も知らないそのひとに親近感を覚えながら、あれ?と首を傾げる。慧くんはわたしの病名を知っていた?電話越しから慧くんがそっと耳打ちしてきたことばに、氷枕がじゅわっと溶けてしまうくらい顔が熱くなった。
『坂田のこと考えすぎて、熱でも出しちゃった?』
「慧くん…エスパー…?」
『やべ、当たっちゃった』
「勘!?」
『春ちゃん、かわいいっすね〜』
「も、もう切ってもいいですか…」
『で?考えはなんとなくまとまったんだ?』
エスパー慧くんが、全部お見通しだよって、水晶でわたしの頭の中を見ているみたいに笑った。王子様は、魔法使いに弟子入りでもしたのかな?やさしい魔法にかけられた気分になる。
「あのね」
『ん?』
「食べられてもいいかもって、思ったんだ」
『大胆だね』
「それくらい、大好きなんだなってずっと考えてたの」
『いやいや、俺で告白の練習されても困るんですが』
「い、いじわるだなあ…」
走り出したばかりのわたしの手を掴んで、一緒に走ろう?とやわらかい牙を見せて笑ってくれた坂田くんの意図なんてずっと考えてもわかるわけがなかった。
でも、わたしの気持ちは変わらなかったから。だから、坂田くんのところまで走っていくって決めたんだ。王子様は杖をくるくると回しながら「精々頑張って?」と、りんごを噛る音を残して、呪文を唱えてくれた。
『お見舞いには行けないけど、代わりにイイモノあげる』
「イイモノ?」
『そんじゃ、お大事に〜』
五分後に送られてきた毒りんごよりも威力のありすぎる王子様からの贈り物のせいで、わたしの熱がぶり返したのは言うまでもない。
“知恵熱出したバカがここにももう一人”
坂田くんの寝顔の画像付きメールは、どんな強力な魔法よりも効果がありました。