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レモンの砂糖づけ  作者: 麦子
11/18

11.ごちそうさま

PG12要素があります。

「いただきます」



彼は確かにこう言ったのだ、とても律儀に。

食べたい発言の直後、まさかその対象があんぱんじゃなくてひとの唇だなんて予想もつかなかった。もしくはわたしの唇があんぱんに見えたのかもしれない…いやいやいや、それはない。そう考えている間にも坂田くんの唇は離れない。ときどきうっすらと目を開けてわたしの混乱っぷりを観察している。

かち合った瞳の奥、鋭い何かがギラリと光ったような気がした。



「…、…む!」

「…春ちゃん」

「んーー!」

「もうちょっとだけ、食べてもいい?」



キスなんてもちろん生まれてはじめてで、恥ずかしいことに二十歳にもなってキスの仕方も知らないのです。息ってどこですればいいの?止めていればいいの?目って閉じなくちゃいけないの?この行為に、終わりはあるの?

分からないからまばたきをすることしかできないわたしの肩をぐっと引き寄せて、更に苦しくなるキスに目眩さえ覚えた。



「ん、んっ」

「春ちゃん」

「さ、かたくっ、くるし、」

「口、少し開けよっか?ね?」

「やっ、」

「あーんして?」



がぶり。また食べられるわたしの唇。その内、身体ごと全部坂田くんにぺろりと食べられてしまうんじゃないだろうか。心臓がざわりと騒ぎだす。口内にぬるりと入ってきた生ぬるい触感にぎゅっと目を閉じた、その時。



「はい、猛獣捕獲〜」



やけに落ち着いた間の抜けた声。

ちゅっ。恥ずかしい音を立ててから、坂田くんの顔がずるりとわたしの胸に沈んだ。その頭の上にはたくましい肘が乗っている。涙目で見上げると呑気に焼き鳥の串を口にくわえてピースサインを見せつけてくる慧くんがいた。



「大丈夫すか?」

「え?…うん」

「あっそう」

「…焼き鳥いいなあ」

「春ちゃんの分は俺が責任持って全部食っといてやったから」

「…ひどいよ…」

「…」

「…」

「…だから、あの時も忠告しといてやったのに」

「え?」

「“ぼーっとしてるとあっという間に食われちまうぜ?”…ってな」

「…そうだったっけ」

「あーあ。だめだこりゃ」



すぐ近くにいる慧くんのため息がどこか遠くのほうで聞こえる。頭が真っ白けのまま、ふらりと立ち上がったわたしの手を慧くんが掴んだ。



「春ちゃんどこ行くんすか」

「帰る…」

「そっち駅と逆方向だよー?」

「うん」

「ひとりで帰れる?」

「うん」

「おーい」

「うん……あ、慧くん」

「なに?」

「あんぱんあげる」

「そんな潰れた物体、いりません」

「そっか、残念…」



パッと慧くんが手を離した。わたしは潰れた物体をぼんやりと見つめたまま、動けない。走る足は、どこにいった?



「春ちゃん」

「ん?」

「坂田はこっちで預かるから。…気を付けて帰りなよ?」

「うん…」


白目を向いたまま気絶している坂田くんをずるずる引き摺りながら爽やかに歩いていく慧くんの背中にぼんやりと手を振った。ぼんやりしてたら電柱に頭をぶつけた。痛い。手鏡に映った自分の顔はかつてないほどまぬけで情けない顔をしていた。赤い。




◎おまけの野上くん


その後。


「もしもーし、あっ、早乙女?ああ、うん、見つけたよー。うん?何してたって?空腹のオオカミがのろまなドジっ子ちゃんに盛ってました〜。んじゃ、今から連れていくから〜」



野上くんは二人に電話をしてみても繋がらなかったから、探しにきたみたいな感じです。

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