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レモンの砂糖づけ  作者: 麦子
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1.おおかみのえくぼ

友達の間で風邪が大流行している6月。

天才でも馬鹿でもない中途半端な脳みそのわたしは風邪というものに患ったことがない。ついでに言うと恋の病というものにも患ったことがない。恋とか愛とか惚れた腫れたという感情がよくわからないまま大学生になってしまったわたしを周りの友達はこう言います。のろま屋、と。



「隣、座ってもいい?」



だけどわたしも一応はお年頃の女の子なわけで、大学内でとってもかっこいいと評判のある男の子に不意打ちで肩をとんとんとたたかれて話し掛けられたものなら、普段はおだやかな心臓もまんがみたいに飛び出そうになるくらい驚いてしまうのです。



「…!…!?」

「おわ、…っと、」

「あ…」

「あっちゃー」



慌てすぎた肘がふで箱にクリーンヒット。

わたしがぼけーっと傍観している間に男の子特有のおおきな手がバラバラと床に散らばったシャーペンたちをひょいひょいと拾い上げてくれていた。足元でふわふわと揺れる茶色の髪の毛を、ただただ見つめるだけのわたし。

ハッと我に返ってワンテンポ遅れて椅子から立ち上がろうとしたら「ん」と手渡されて、中腰のまま「ありがとう」と受け取るまぬけなわたし。

訪れた沈黙のあと、遠慮がちに顔をそっと覗かれる。



「…えーと、隣、いい?大丈夫?」

「…え!!…はっ!」

「あ、やっぱだめか。友達とか座るよな?」

「う、ううん!座らない…です!」

「え?そうなの?」

「は、はい。なので、わたしなんかの隣で良かったらどうぞご遠慮なくお座りください」

「まじで!やった!」



ぱあっと顔をきらきらさせてガッツポーズをするのは、「大学の女の子100人に聞きました!抱かれたい男の子」(ともだち調べ)ナンバーワンの坂田くん。

嬉々とした表情を浮かべながら鞄をがさごそと漁っている彼はきっと気付いていない。女の子たちの熱い視線。プラスわたしの視線。はじめてこんなに近くで坂田くんの顔を見た。多分もうこんな機会はないだろうから目に根性焼きする覚悟で坂田くんの整った横顔を見つめる。

「春野…さん?」坂田くんがわたしのノートに書かれたわたしの名前を読み上げた。



「はい!春野です!」

「あーそのー」

「?」

「友達は?今日来ねーの?」

「風邪です」

「風邪?」

「39度の高熱が出た…って、夜中にメールきてたんですよ」



ぱかりと携帯を開けて友達から送られてきた文面から辛そうな雰囲気が伝わってくるメールを坂田くんに見せると、苦笑いして頷かれた。…どんな顔をしてもかっこいいひとっているんだなあ。変に納得。



「坂田くんは?」

「えっ?」

「坂田くんはお友達のところに行かなくてもいいんですか?」

「あー…えーっとー…」

「?」

「実は…俺の友達もみんなそろって風邪でさー」

「そうなんですか!…やっぱり大学に風邪菌が潜んでいるということなんですかねえ…」

「…ってか、あのさ」

「はい?」

「俺の…そのー…名前、知ってたの?」

「はい。坂田くんは有名人ですから」

「有名人?」

「かっこよくて抱かれたいって!」

「ぶほっ、」

「みんな言ってますよ」

「げほっ…あー…そ、そうなんだ…」



お話をしながら思ったのは、朝ごはんのあんぱんはあとから食べようと決めたこと。いくら色気がないわたしでも男の子がいる前であんぱんに噛り付く度胸はありませんから。ちぎって食べるのは邪道。あんぱんは噛り付く食べ物だと思っております。

あんぱんについてひとり脳内で語っていたわたしの隣で、一度飲んでいたコーヒー牛乳を中断させた坂田くんが鞄から取り出したのはチーズバーガー。朝からボリュームがあるものを食べるなんて、女の子にはない思考回路である。がぶりと豪快にチーズバーガーに噛り付く坂田くんはまさに男の子。

おおきな二口目を食べたところで、坂田くんが動きをとめた。



「あ、ピクルス」

「苦手なんですか?」

「苦手…」

「わたし、食べましょうか?」

「へっ?」

「ピクルス、すきなんですよー」

「…いいの?」

「はい!」

「んじゃ、よろしくお願いします」

「いただきます」



ぱくり、と一口。なんだか楽しそうにモグモグと口を動かすわたしを見つめている坂田くんの視線に、急に恥ずかしくなった。口を両手でそっと隠す。



「おいしー?」

「んむ」

「にしても、やっぱ女の子って口ちっさいよなー」

「ほうへふか?」

「うん、すっげーかわいい」

「んぐっ」



ざわめく教室で囁かれた最強の殺し文句。そして、頬杖をついてへらっと笑った坂田くんは、わたしの歯形つきのチーズバーガーにまた豪快に噛り付いたのだった。




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