魔術学院生活とやらのお決まりが
ちょっと日にち飛んだ。
けど、頑張った。
更に明けて翌日。
今日も嫌味なくらいに快晴、日差しも上々である。
どうやら、リトリシェル皇国のこうと付近は晴れの多い地域であるらしく。そして旅人たちによってついた呼び名が、「陽のリトリシェル」という何とも栄華を誇りそうなもの。
まあ、ようはこの皇国とやらは栄えている大国であるらしい。
歴史も長く、その中で延々魔術の研究に力を入れていたせいで魔術大国としても有名に。
その知識を世に広めようと学院を建ててみれば、それが大陸一権威あるものとされたわけだ。
リトリシェル皇国立学院、名実ともに超エリートを排出する歴史と実績にがんじがらめな学院である。
「で、お前らはそのバカでかい名前を背負うことになったわけだ。わかるか?」
というわけでリアがこのような無駄な話に耳を傾けるわけもなく。
「おーい、そこの・・・っとリアか。寝てねえで起きろ、つまんねえのはわかるが」
学院の、あてがわれた教室の席で爆睡中である。
その隣に座るシェヴァは、その眠りを妨げない程度にリアを撫でくりまわし、髪を梳き・・・などして時を満喫している。
この学院の、新入生の中では優秀だと判断されたものが詰め込まれたクラスの一角で、朝っぱらから危ない雰囲気を漂わせる変態が一人。
「おい、シェヴァ。起こさないでいいのか?」
「リアの眠りを妨げることは、教師が許そうと俺が許しません」
「・・・そうか」
やはりというか、ギリムも同じクラスだった。
席が自由なためか、この三人の顔ぶれはおなじみのものとなりそうだ。
因みにテアドアは魔具の開発に興味があるため、そちらはそちらで専攻が別れている。
「【風よ、彼の者に目覚めを】」
不思議な韻律を持った、意味のある言葉。
それがこの世界で、魔術を志すものにとって必要な知識である。
難易度に差はあるが、多くのものは陣と呪文己の魔力をもって魔術を行使する。
だから例えば、自分自身が陣のようなもので、自身の意志こそが呪文、己こそが魔力のような者がいたとすれば・・・。
教師が放った魔術は、リアを目覚めさせる程度に衝撃と痛みを与えるものだった。
迅速に呪文のみで行使されたそれは緻密で、今の所生徒たちの側には打ち消せる技量を持つ者などいないはずだった。
居ないはずではあったけれども。
例えば、世界一つを覆う影。
例えば、遍く命を食らう闇。
そんなものがいたとしたら、いてしまったとしたら。
人が為す児戯など、通ることができるはずはなく。
リアは目覚めない。その安らかな寝息は絶えたりはしない。
なぜなら、彼女に仕えるのが影と闇と夜、黒と藍とを従えるモノだから。
その昔、全ての汚濁を神々が押し込めた大きな大きな坩堝。
それが人の形をなしただけのモノ。
シェヴァ
その名の通りに、破壊と創造を愉しむモノ。
無意識かつ意識的に掬い上げられた一つの世界、その権化。
まあ要は・・・
「・・・んー、おきた」
「お早うございます、リア」
「話終わった?」
「ええ、終わりました」
リアはつまらない話を聞かされたせいで誘われた睡魔から逃れ、やっとこさ覚醒したのだが。
ややぼんやりとした頭で周囲を見回して、一言。
「ねえ、あんた何したの?」
教室中の生徒、ついでに教師までもが言葉を失った様子でこちらを凝視していれば、誰でもそう言いたくなる。
普通は自身が何かしたかと思うのだろうが、リアの場合は違った。
何かするなら十中八九シェヴァ。
これはもう、彼女の中での真理である。
「いえ、特には?」
「おまっ、あれがなんも無いって言うのかっ?教師の魔術無詠唱で打消しといて!」
飄々と宣ったシェヴァにギリムから、わかり易い説明が入った。周りも何だか、首ふり人形のように一斉に頷いている。
リアはキロリ、と隣に座って胡散臭い微笑を浮かべる変態を睨んだ。
「してるじゃん」
「俺は、睨んだだけですよ」
「――睨んだだけで、打ち消せるもんじゃなかったはずなんだがなぁ・・・」
俺もまだまだかな、と教師が声を落した。
少し自信喪失したらしい。
一応この教師、歴代では五指に入る実績を持つ魔術師であるのだが・・・。
それを知っている生徒は、一斉に首を横に振った。とんでもない、とそういうわけである。
「うちの変態が、悪いね」
「そうか、お前んとこの変態か・・・って変態!?」
というか教師にその口調はどうなのか、というツッコミはなかった。
「リア限定ですよ」
「なお悪い」
「そう言わずに」
「寄るな変態」
「隣の席です」
ギリムが、この二人に代わって教師に軽く頭を下げたのは、リアとシェヴァにはあずかり知らぬことである。
*****
豪奢な室内、その一角。
窓を背にするようにして革張りの椅子に腰掛け、執務机に黙々と向かう一人の人物。
皇都、皇帝陛下のおわす皇城の最上部に程近い執務室だった。
「殿下・・・」
「何だ」
「もうそろそろ、昼食のお時間ですので・・・」
執務はそろそろおやめになっては、という側近の声にも耳をかさず。
「この山が終わったらな」
ピシャリとそう言って、また黙々とペンをはしらせる。
因みに、今のやり取りの間に両者の視線が交わされたのは、最初の方の一瞬だけである。
側近の口から、溜息が漏れた。
このお方は、もう少し仕事から離れられないものだろうか。
目の前の、自分の主であり、皇族でもある青年を見るともなしに見て思う。
朝、日の明けきる前から目覚めて剣術の修業。ある程度動いたら汗を流し、朝食を食べる。
その後直ぐに執務室に篭もり、そのまま昼食を忘れて執務。
夕暮れになってやっと机から離れ、魔術の修行に入る。
日が完全に暮れてから夕食、その後は政の勉強。
真夜中になってから就寝。
これが、目の前の青年。曲がりなりにも、リトリシェル皇国の皇帝の弟君の生活だろうか?
まだ即位して五年とたたぬ兄である皇帝を支えたいという意気込みはわかる。
だが、本来の案件に加え自分でも色々と抱え込んできてはそれをこなし、もろもろの修錬も欠かさない。
自分も何度、皇帝陛下に直訴したことか。
何度、皇帝陛下に諌めていただいたことか。
それでもこのお方は、他のことに目を向けようとはなさらない。
どうしたものか。
執務も、あれほどまでにこなす必要はない。
むしろ、仕事を寄越せとせっつく主のために様々な部所から書類をまわしてもらっているのだ。
修行にしても、狭き門と有名な皇国が誇る学院の生徒たちにも劣らぬ熱心さだ。
元々才能がおありになるためか、成果が出れば出るほどに励みになるようで・・・。
学院・・・?
側近は閃いた。
これは名案だ、直ぐに皇帝陛下に上奏せねばならぬ。
陛下も弟君がいつ体を壊すかと憂いていらっしゃったから、きっと手はずを整えてくださるはずだ。
事は慎重になすべきだろう。
もしも悟られれば、直接陛下にお断りに行かれるかもしれないからな。
殿下、覚悟なさいませ!
不肖私、一命をもってこの計画をなしてみせましょうとも!
絶対にっ、休んでいただきます!!!
やたらと身分の高い仕事人間と、諌めるに諌められない側近のこと