はとのまーく
♡じゃないよ、鳩だよ。
ようやく試験終了の時間が来て、日暮れ頃。
合格者は区切られたスペースに押し込まれ、その場でもって入学の承認を学院長であるヨボヨボの爺さんから頂いた。
どうやってもご老体。話してることは聞き取れないし、高い場所に突っ立っているのが辛いのか歓迎の言葉はいたって普通に終わった。
明日、明後日は配られた書類に従って学院生活のための準備を整えるようにとのこと。
制服代わりの、特徴的な厨二成分丸出しの外套は明明後日の朝、各々サイズに合ったものを配布されるらしい。
「で、この後二人は宿に戻るのか?」
「疲れた・・・」
「だそうですので、そうします」
「寮は、入るにしても明日からって話だしなあ」
俺も宿だな、とギリムが言って
「じゃあここでさようなら」という雰囲気になったのだけれども。
何故か、向かう方向が一緒だった。
「お前らもこっちか」
「ギリムもですか」
一応、この皇都とやらはその大きさもあって四方にそれぞれ宿屋区域が作られているらしいのだが・・・。
それでも、向う方向は一緒だった。
そして、思ったとおりのお約束。
「隣の宿かっ」
「煩い・・・」
ギリムと、二人組の宿は隣り合っていたわけである。
この偶然には、あまりのご都合主義にリアも嘆息。もはやツッコむ気力も体力も無い。そもそも、生まれた時からそのようなバイタリティを持ち合わせたことはあっただろうかと疑問を覚える。
とにかく、そのバイタリティを持ち合わせ。さらに体力が有り余ってそうなせいか、いちいちモーションの派手な奴に不満を漏らすくらいはする。
とそこへ
「あれ、ギリム。帰ってきてたのか」
「お、テア。飯の帰りか?」
「ああ、近くにいい匂いのする屋台があってな・・・」
新たな異世界キャラクターが現れた。
そしてどうやら、ギリムの知り合いらしい。
人としてそれはどうなのか分からないが、とにかくありえている緑色の短髪。男の髪型で言えばセミロング?だろうか、そこのところがよくわからないが。とにかく、緑頭の短髪襟足の長いカットの人と言うことだ。
さっぱりとした外見で、片手に何かの食べ物を持っている。
それを頬張りながら、感心したようにそいつは言った。
「何だ、もう友達が出来たのか」
「おー・・・?」
同意か疑問かどちらかにした方がいいと思った。
そしてこっちを見るな。
「赤の他人・・・」
「ただの行き会いです」
「それもひでえな、おい」
なるほど、と緑頭の――以下省略は頷き、こちら・・・正確には何故かリアに対して視線を向けてきた。
そしてそのまま、名を告げてくる。
「私は、そこの男の血縁でテアドア・リーウィエという。よろしく」
「そう」
この人は、相手の目を見ながら話すタイプの人間だ。そしてそれが当然だと自分に課しているらしい。
真っ直ぐな視線は時に煩わしい、特に・・・今日一日視線に疲れている状態では尚更に。
「・・・あー、小さいほうがリアで、大きい方がシェヴァっていう」
「そうか、リア嬢は大人しい方なのかな」
「いや、どっちかってーと面倒臭がり・・・」
「ギリム、それ以上言ったら口を裂きますよ」
なような、とギリムが言い切るまえにシェヴァがにっこり笑ってそういった。どうやら、リアに対する侮辱と取ったらしい。
事実だが。
そしてシェヴァの本気にギリムが硬直している頃、当の侮辱されたらしいリアはといえば。
「その、食べ物・・・」
「ああ、これか?」
味付きの肉を野菜と共に挟んであってな・・・中々に美味い。
テアドアの持っている食べ物に興味を惹かれ、鼻をひくつかせていた。
「よろしければ屋台をお教えするが」
その様子が、匂いに釣られて鼻をひくつかせる小動物にしか見えなかったらしいテアドアは、目元を緩ませながら提案するが。
そういう事にはめっぽう強い変態がいるのだった。
「ん、いい。シェヴァ」
「何でしょう」
「これを売ってる屋台の場所、わかる?」
「ええもちろん」
ギリムを弄っていた状態から直ぐにリアへ意識を向けたシェヴァは、当然のように頷いた。
この世のありとあらゆる情報は、彼の意のままである。たかが屋台の一つやふたつ、位置を特定する事など息をするより容易かったりする。
「飯はこれがいい、行こう」
「わかりました」
リアの希望とともに即断即決。
迅速に移動を始めた二人の背を横目で見ながら、ギリムはテアドアの持っているものを覗き込んだ。
「テア、それ何だ?」
「ダピムだ、美味いぞ」
この世界では、粉を溶いて鉄板に広げて焼いたものの上に味付きの肉、野菜などをのせ包んで食べる食べ物のことを、ダピムという。
テアドアは、そのダピムを夕飯として買い求めてきたのだ。
「お、じゃあ俺も行くか。お前も来いよ、あいつら足が速すぎて置いてかれる」
「・・・ああ」
ギリムは自然に、テアドアを誘った。
その心中を察してのことである。
「お前、可愛いもの好きだもんなあ・・・」
「仲良くなれるだろうか」
テアドア・リーウィエ、長身に中性的な容姿と口調のせいで気づかれることは少ないが。生物学上正真正銘の女。
そして、何よりの「可愛いモノ」好きである。
どうやら、リアの外見は彼女の食指をいたく刺激したらしかった。
*****
明けて翌日。空は快晴、日差しは上々。
至る所に、いつもよりも色の濃い影がちらほらと・・・。
シェヴァのせいである。
彼が影を操って、あるものを探しているのだ。
然程時間もかからないだろうから、然程厚みのない事の発端についてでも話してみようと思う。
始まりは、ある一言だった。
「女子寮と男子寮は別れてるんだろ?お前ら大丈夫なのか」
「何なら、私と同室にならないか」
片や真剣に、片や自分の想像の未来に浮き立った声で
ギリムと、何故か昨日知り合ってから何かとくっついてくるテアドアが言ったそれ。
「問題ありません。俺達は寮に入らないので」
「「・・・は?」」
至極当然と言われた回答に拍子抜ける二人。
以上が、事の発端である。
流石というか、血縁関係にあると反応まで似るらしい。
リアと、元の世界の弟も是非ともこの二人を見習うべきだろう。
何しろ、未だかつて趣味、嗜好、言動にて姉弟と証明できるようなことをしたことがない。
まあ既に関係のないことだが。
「じゃあ、どこか借りるのか?」
「今、探してます」
「今?」
・・・現在進行形で探している、という意味だ。シェヴァの言に首を傾げている二人には、ここで喋っていていいのか?という色がありありである。
因みにリアは、テアドアの持ってきた甘い菓子をつついている。どうやら可愛いもの好きは、餌付けの方向で接近していくことに決めたらしい。
会話をしながらも、横目でちらちらと見ている様子は「触る、撫でる」という欲求を必死に抑えているように見えて不審者さながらだった。
女性でなければ許されないだろう。
「テアドア、リアをいやらしい目で見ないでください」
「なっ・・・わっ、私は別にっ」
「何、テア」
リアは、普段余程変質的な視線を浴びているせいなのか。変態の熱視線に対する感覚が鈍くなってしまったらしいので、シェヴァに指摘されて狼狽えるテアドアの声でやっと目の前の菓子から視線を上げた。
シェヴァは他人を指摘する前に、自分のほうを改めたほうがいいだろう。
相変わらず背後に陣取り、もう諦めてしまったのか抵抗しなかったリアを膝にのせて悦んでいる己のほうが余程いやらしいという自覚は彼にはないようだ。
ギリムはスルースキルを手に入れているため、何も言わない。
テアドアは「大きな兄に抱えられる小さな妹」というシチュエーションがまた萌ポイントなため、自身の欲求のために何も言わない。
「な、何でもないっ。菓子の味はどうだっ?」
「甘いよ」
「そ、そうかっ」
小学生同士の恋愛じゃないんだから。
と、リアは思っていた。
彼女自身、テアドアに好意を抱かれているのはわかっているが。同年代どころか友人の一人もいなかった経験からもわかる限り、近寄る気がない。
蹴飛ばしても張り付いてくる過保護変態は例外である。
数分後、シェヴァが当面の住処を見つけた。
そしてそこが何故か・・・。
「部屋が三つあんのか?」
「ええ。二階に二部屋、一階に一部屋です。炊事場などもありますね」
「戸建て捜してたのか、よくこんな表示も出てない場所見つけられたな」
表示も何も出ていない、それでも持ち主がどうしようか思いあぐねている物件。
そんな物件があるとすれば・・・。
「・・・しかし、ここに住むのか?」
「見た感じ、とり憑かれそうな家だな」
「以前、住んでいた一家が強盗に遭ったようですね」
そして、すでにそんな家の利権を手に入れているシェヴァ。
持ち主も、持っているだけで怨まれそうな物件を早く手放したくて仕方がなかったようで、口で上手く転がされて二束三文で手に入れられたらしい。
「・・・一家強盗」
「いかにも、といった風合いだな」
哀れ、といった視線を向けられているリアは、それでも何も感じていないらしかった。
「この家、使えるの」
「まめに手入れはしていたようです。粗末にすると恐ろしかったんだそうで」
「ならいい、入って」
幽霊やら何やら知らないが、シェヴァという男が自分に有害なモノを寄せ付けるはずがないので何も思わない。
その点に関して、リアは全幅の信頼をシェヴァへと寄せていた。
そして、それを察して表情をどろどろと、甘やかに蕩けさせている変態。どれだけだらしない表情を浮かべようとも、美形補正というものは見るものに都合よく表現させる事ができるらしい。
何やら理不尽さを感じたので、その頬をつねっておいた。
リアの考えたとおり、シェヴァは家に入る前に怨霊やら染み付いた何やら黒いものたちを闇で喰らって(・・・・)いたようで。
庭付き戸建ての庭を抜け、洋風内開きドアを開けて中にはいっても背筋を悪寒が駆け抜けたりはしなかった。
シェヴァの顔がツヤツヤしていたりはしたが、それ以上綺羅綺羅しくなってどうするとリアに頭を叩かれただけ。
家の内装は洋風で、中々落ち着いていて素晴らしい。
何はともあれ、住居は決まり。
ついでに、期間ごとに食費その他もろもろ兼家賃と労働力を納めるという条件で、ギリムとテアドアも二階の二部屋にそれぞれ間借りする事になった。
トリップお決まりの、パーティー結成イベントここに完結。
リアの頭の中では、そんなテロップが流れていた。
地元でもないのに、どうして都合よく物件を見つけられたのかだとか。
見た感じ、あれほど持ち主を怯えさせていた物件に平気な顔をして入れるこいつは何者だとか。
入る前は禍々しかったはずの家が、ドアを開けた途端ごっそりその雰囲気を失ったことだとか。
昨日会ったばかりの同級生に、ギリムとテアドアの二人は色々と疑問があったが。
取り敢えず、シェヴァは職に困ったら不動産屋になるといいとだけ思ったり思わなかったり。
リアとシェヴァの同室がすんなり受け入れられている件について。