異郷もとい異界の民ではあるけれど
あと一話くらいいけるかもしれないです。
「さっきから気になってたんだけどな?」
「何」
「何でリアは抱えられてんだ?」
「今歩けないから」
スタスタと歩き続けるシェヴァの右腕に腰掛けるリアは、ギリムの問に至って普通にそう返した。
不本意であることこの上ないが、今の自身の状態ではこうでもしないと移動なんて夢のまた夢。たとえ自分を抱えている男が至福の表情で、今にもほお擦りしてきそうな変態だとしても致し方のないことなのだ。
「足が悪いのか?」
「・・・違う」
「リアは、壊滅的に体力がないんですよ」
恐らくはギリムが言ったのが対外的にも一番頷けるものなのだろうが、正確な理由は言いたくないが。そうすると障害者認定されてしまうのもどうなのか。ある意味障害者とはっているような柔い体だが、イマイチ認めたくないというものだ。
「まず強化がなくては移動もままならず。そして疲労時には体全体の機能が退化するというおまけつきです」
「煩いシェヴァ」
そんな本当のことをズバズバ言ってくれるな。流石のリアも、変態の言葉に傷つくことはあるようだった。
しょんぼりと項垂れて、シェヴァの首を今自分が出せる最大の力をもって締め始める。
「落ち込まないでください、リア。俺がいるじゃないですか」
「変態一人を、何の慰めにしろっての」
「あー・・・一ついいか?」
しかし、リアの最大の力ではひと一人殺せないというのもまた事実。結果、痛くも痒くもない変態が増長して新たな世界に目覚めそうになったりならなかったりしながら、彼の主を宥めていた。
その光景をみて、挙手をする青年が一人。
言わずもがな、ギリムである。
彼は、至極当然な疑問を持っていた。
「お前らって、主従?」
「そうですよ」
「こいつは変態、それ以外の何者でもない」
果たしてこの二人の関係は何なのか。同郷というのはいいとして、明らかに年少の少女に慇懃に接する過保護な青年と、か弱い外見とは食い違う口調と言動を繰り返す少女。
片や主従だと主張し、片や変態と称す。
「・・・何となくわかった」
よく似た状態の二人を見たことがあったギリムは、どうせ同じようなものだろうと納得した。
「で、二人の専攻は何にするんだ?」
気持ちを切り替えて学生らしい話題に移る。
この点、この三人の中で一番まともな思考が出来るのはギリムかもしれない。
「魔術です」
「魔術らしいよ」
「俺と同じか」
どうやら三人とも同じらしい。
そして何故リアは伝聞形式だ?
またまた気持ちを切り替えて今度は属性について。
ギリムは自分の属性が土と火だと伝えて、あとの二人に訊いたのだが・・・。
「影ですね」
「私は知らない、シェヴァに訊いて」
・・・おい。
もう一度言うが、この中で一番常識的かつまともなのは実はギリムである。リアがまともに見えるのは、それ以上にまともではないシェヴァがいつも傍にいるせいだ。
シェヴァも大概である。
「シェヴァ、お前甘やかし過ぎじゃねえのか?」
「いいえ、まだまだイケます」
リアがシェヴァに訊けといったのは、事実彼女自身が知らないからであり。その方向ならシェヴァのほうがよほど詳しかろうと思ってのことだったのだが。それをギリムは誤解し、リアをあろうことか世間知らずの部類に感じたらしい。
まだ日は浅い関係だが、それでも連日変態の変質的過保護に悩まされるリアをだ。
リアは遠慮無く、ギリムの頭を小突いた。自分の本気の力など、猫パンチレベルだと自覚してのことである。
非常に認めたくはなかったが。
「ギリム、あんたそれ以上言ったら殴る」
「あ?何で」
「今でも過保護で苦労してんの、増長したらあんたのせいだよ」
「ってこたぁ・・・」
事実猫パンチ、痛がりもしない頑丈なギリム。
ああ哀しい・・・。
しかしここは涙を飲んで、目の前の空気の読めない男の認識を正さねばなるまい。
「服の着替えどころか、食事で食器も持てなくなる」
「・・・お前ら何してんだよ」
服の着替えは既に三回ほど、食事に至っては今までこの世界に来てから五回中二回。
シェヴァの変質的過保護が発現した回数である。
「俺の全ては、リアのためにあるんですよ」
「自重しろ変態」
うっとりとリアを見つめながら、その額に口付ける変態。
そしてその後頭部に、とても鋭い平手の一発が入る。
平手を放ったのは、彼の大切な少女ではなくもう一人の青年。
どうやら、ギリムも正しくシェヴァを認識出来たようだ。
異界の民、流れ者ではあるけれど
一応はどの世界でも、常識というものはあってくれるようである。