森こそセオリーであるらしい
一話一話が短い。
ということに気づきました。
曰く、この世には多種多様荒唐無稽通常異常が絡み合った摩訶不思議な小説たちがある。
曰く、そのカテゴリの一つにトリップなるものがある。
曰く、カテゴリの訳は範疇である。
曰く、それは召喚されたり魔王を倒さなきゃいけなかったりするらしい。
曰く、誰かとの結婚を迫られる場合もしばしば。
曰く、突然の死の場合大抵は白い空間に飛ばされて自称神が出てくる。
曰く、転生トリップである場合能力を貰えることがある。
曰く、そのどれもはある日突然に起こるものである。
そして
曰く、最初の地点としては石造りの窓のない一室の魔法陣の上、森、はたまた見知らぬ豪奢な部屋のこれまた豪奢なベッドの上。他の礼も多々有り。
「という話を聞いたことがあるような気がしないでもないけどね」
確か、「そこに文字がある限り読み続けなければ行けない体質」であるらしい弟が、その中毒症状の一環としての知識を披露していたのを聞いていたようないなかったような。
要するにうろ覚え。テレビの通販番組を見るとも無しに見ていたせいか、あまり真面目に聞いていなかった。
はて・・・見ていたのはバラエティだったか?
まあ何にしても、あまり正確に記憶してはいないということで。
だからそう・・・違う例があっても文句は言えないのだろうが。
先程落ちてきてしまった薄気味悪い虚の中。そこに立つともなしに漂わされているのだ。
これだけは言わせて欲しい。
「――ムナクソ悪い」
「お前さんは口が悪いだろ、おい」
女の子が『ムナクソ悪い』ってどうよ?
そうそう、でも確かに否定は出来ないな。ここは心底
「「ムナクソ悪い」からな」
分かっているならこんな所に連れ込んでくれるな。
市生は片手に持っていたスーパーのビニール袋を引き寄せ、その中から清涼飲料水を取り出した。
無言でキャップを開け、飲み口と含んで喉を鳴らす。
まだほんのりと冷たい。残暑の気温とは言え、一応の冷たさを残しておいてくれたようだ。
喉を通る飲み易い液体が心地良い。少しは胸の悪さが遠のいたような気がして、市生は飲み口にキャップをはめた。それを再度、ビニール袋の中に戻す。
「おーい、何それ。俺にもくれよ」
「飲めるの?」
「飲める飲める、だからくれ。栓は取ってくれな」
いやー、水分摂取すんのいつぶりだろうな。
潤うわー。
お、これうまい。
再びペットボトルの蓋を取って渡せば、とたんにふっと掻き消える。そして、映画館のようにそこかしこから飲料を味わう声が聞こえる。
思えば不思議だった。淀んだ黒の中にあって、市生自身の体とスーパーのビニール袋。いわば外側から来たものだけがはっきりと視認できる。
そして、先程差し出したペットボトルは手の中にあったときが嘘のように掻き消えて、今は影も形も見えない。
つまり、この空間に住む何者かが取り込めば、そのモノは混ざってしまうと言うことだ。
ゾクリと、背筋が笑う。
「お、何。怯えてんの?」
違う。
「無理もないって、ここなら」
勘違いだ。
「なーんも無いもんな、ここ」
違う、違うんだよ。
市生は震える自分の肩を抱いて、それを押しとどめながらギュッと目を瞑った。
違う、間違いだ、勘違いだ。
「こっから出して欲しいだろ?」
いいんだぞ、泣き叫んでも。
足掻いてもいいね、面白い。
泣いて頼むのもいいかもな。
「ねえ、出して欲しいよね・・・?だったら、僕らのお願いきいてね」
言っとくけどこれ、強制だぞ。
いわゆる脅迫?だよね。
そうそう、それ。
――願い?脅迫?
それをしないとここから出さない?
馬鹿らしい。
「ねえ、あんたたちは何?」
俺達のこと?何それ。
聞く必要ある?
どうせ意味無いだろ。
無駄無駄、さっさと頷け。それで済むようになってる。
ああ、煩い。なんて煩い奴ら。
さっさと私の言葉を聞け。
「私も混ぜて、そこに」
怯える?出してくれって頼めって?
そんな事はしない。
もったいない。
せっかくの機会だって言うのに――とうに世界に見放された自分がここにいようといまいと
世界は何も変わらない。
「――そっちは、楽そう。ここは、楽」
であるならば、どこまでも停滞したこの場所に来たのも何かの縁。心ゆくまで漂っていればいい。
手から掻き消えていったボトルのように、この空間に混じってしまうのも悪くない。
「だから、混ぜてよ・・・私をさ」
・・・は?この娘何言ってんの?
混ぜてって言ったんだよ、出たいっていってない。
本気かよ、おい。
本気だよ、どこまでも。
どこまでも無意識に、どこまでも意識的に選ぶべきだと思ったんだから。
私は本気だ。
「本気。ねえ、ダメなの?」
駄目じゃ、ないけどなぁ。
あてが外れた。僕らのお願いきく娘を引き込んだを思ったのに。
ま、これはこれでいいだろ。
これはこれでね、また新しいの引っ張りこめばいいか。
賛成。ようこそ、初の女の子。
これで潤いが出るな。
「「「じゃ、いくからな(ね)」」」
「どうぞ」
変わらず、恐らくは三人で採決を取り終えたらしい。呼びかけられて、市生は自然に頷いた。
図らずもそれは、「願いをきけ」と言った彼らが出した承諾の条件と重なって。
それに気づいた時にはもう、市生の体は黒の中に溶け込んでいた。
遅れて、漂っていたビニール袋も掻き消える。
跡にはもう、何もなかった。
何もなかった。
まだまだ続く