『初・メッセージ記念短編』3/3:ギリムは見た!!!
どう書けばいいか悩んだ。
S様からのリクです。
その日ギリムは学院の終業後、リアとシェヴァの二人と別れ、久しぶりに執務だと張り切って宮城に帰っていったトライドと別れ、一人で市場へと来ていた。
テアドアは魔術工学科の実験が午後にあるため、遅く帰宅することになっている。
日用品と、魔術の媒体を購入するためである。
それというのも、翌々日の実技が危険度Bのエリアでの魔物討伐なためである。
奥地へと行けば運悪く竜に出逢うこともあると言われる地へ赴くとあって、手持ちの媒体で数が少なくなってきたものを補充すべきだと判断したからだった。
媒体というのは、魔力と親和性の高い物で主に石であったり、そのような意味合いの込められた陣の書かれた符であったりする。
魔力と親和性の高い物は、魔力の多く込められた物が多い。
魔石やら、呪符やらと呼ばれたりする。
魔石は、魔力の内包量が多く実体を持つものであるため、意志を反映する行程でより魔術の確実性を増す効果がある。
符は既に陣が書かれているためそれを使うことによって、咄嗟の魔術展開速度が上がるのである。
前衛型の魔術師には、必須の消耗品だった。
「これが、微妙に高いんだよな・・・」
仮にも、名門貴族の子息。さほど金に困るわけでもない。ギルドでも高ランクにあるため、収入だってそれなりのもの。
だが、それでも消耗品だ。幾つも買い込めば結構な値になってしまう。
財布の中身と折り合いをつけながら必要だろうと思われる数を購入し、他にも幾つか生活必需品の買出しを済ませて帰宅の途についた。
特に家の中に声をかける事もなく、ギリムは下宿先となっているシェヴァ名義の家へと帰宅した。
そのまま二階にある自室へと荷物を置きに行くべく、階段へと足をかけた。
のだが・・・。
「――・・・ぁっ・・・――っと!――をすっ・・・!?」
「ん?・・・何だ?」
細い、何か非難の意味合いを込めた女の声に足を止めた。
恐らくは、リアだろうと予想がつくが・・・。
「喧嘩か?珍しいな・・・」
あの終始過保護なシェヴァと、無気力な面倒事嫌いのリアが声を荒らげて喧嘩でもしているのか。
そんな推測を浮かべて、首を捻った。
どうせまた、何かしらシェヴァがやらかしたのだろうが・・・。
過保護が過ぎに過ぎて、リアに跳ね除けられることの多い黒髪の青年が思い浮かび、妙に納得した。
どうせ、あの不敵なシェヴァがのらりくらりと不満を押し返し、リアを黙らせるのだろうが・・・。
そういう問答があった後のリアは、どうにも機嫌が悪いことが多かった。
それにしても、彼女がここまで声を荒げることがあっただろうか?
いつも、うんざりとした態度で発言する事が多いというのに・・・。
シェヴァ、お前何をしたんだよ・・・。
相当の事がなければ、あの少女が喉に負担をかけるような声を出すことはあるまいに。お前はどんな逆鱗に触れたんだと、ギリムは階段にかけてあった足を後退させてリアとシェヴァの部屋へと向かった。
近付くたびに、断続的にリアの声が響き、それにゆったりと返すシェヴァの低音が鮮明に耳に入る。部屋の戸が少しだけ開いているので、普段よりも音漏れがしているのだろうが・・・。
「――ょっと!いい加減にっ」
「何をです?」
「その手を退かせ!言いがかりばっかりっ」
「言いがかり・・・ですか?」
聞いていて、思ったより言い合いが逼迫しているような気がした。
思いっきり出歯亀で、あまりよろしくないが・・・。
放っておいてもそれはそれで、後味が悪いような気がするのだから仕方がない。
リアの日頃の苦労?は、見ていて哀れに思える。
余計な手出しにならない程度、出来る範囲で止めに入ってはいるが・・・。
「いい加減にしてよ!何そのっ、馬鹿みたいな話!」
「馬鹿?どこがです」
「全然わかってないしっ、もう嫌っ、何言っても無駄ならもういいっ」
「もういい?俺は納得していませんよ?」
「納得なんて・・・っ私の言ったことを何一つ聞いてないっ」
「聞いていますよ」
「聞いてないっ」
痴話喧嘩の域なのか、それともそれ以外なのか・・・。この二人の場合判断がつきにくい。
何時だって原因がシェヴァにありがち、というのは言えるが。
だから何やらかしたんだシェヴァ・・・。
そして続いたのが、とうとう堪忍袋の緒がぶった切られたらしいリアの一言。
「もう嫌だっ・・・嫌い・・・っ」
オイオイオイオイ!あんな過剰過保護男にそれを言ったら・・・。
「―嫌い・・・?」
シェヴァの、虚の底から響くような低音が耳へと届いた瞬間――
気温が、少なくともギリムの体感温度が五度ほど下がったような気がした。
「あんたなんかきら――ぃっ」
再度言おうとしたリアの声が、不自然に途切れる。
「・・・言わせませんよ、リア?」
ある意味で死刑宣告よりも恐ろしく思える。
死刑はありえなくとも、何かしら酷い目に遭う予感を抱かせる声。
やばいだろ、おい・・・。
ギリムの額を汗が一筋伝った。
それ程に、シェヴァの不機嫌な気配というのはそら恐ろしい物がある。
室内の物音は、それっきりパタリと聞こえなくなってしまっている。
ますますマズイ気がするのだが・・・。
部屋への戸の隙間、僅かなそこからギリムは悪いと思いながらも中の様子を伺った。
極限まで足音を忍ばせ、覗き込む。
――・・・・・・・・・・・・、おい。
そして何も言わずに、後退した。
足音に注意しながら、そのまま自室へと戻る。
自室入り、買い込んだ物を袋から出し、所定の位置へとしまって――一呼吸。
「――あいつら、デキてたのか・・・」
盛大な溜息が出た。
言えよ、おい。
言わなくても察する場面は多いけどよ、宣言しといてくれ。
呆れつつ、痴話喧嘩だったかと安心する気持ち半分。
リアも苦労するだろうと、案ずる気持ち半分。
何しろ、あの規格外が相手だからな・・・。
取り敢えず。
戸の前から後退する直前、ちらりとこちらを見た視線と自分の視線がかち合ってしまった気がするのだが・・・。
ギリムは、先程見てしまった情景を思い出す。
寝台の上に同じ色を纏う少女を組み敷いて、こちらを流し目で見る黒瞳と不敵に笑んだ口元が自棄に鮮明に記憶に焼き付いた。
ついでに背筋が寒くなった。
やばいものを見てしまった。
最低でも釘くらいは刺されるだろうと、常識人としての苦悩を抱えながら覚悟する。
完全なる出歯亀をしてしまったわけだから、それくらいは甘んじて受けるべきだろうが・・・。
階下で、やたらと緻密な。いうなれば皇帝の寝室にでも張るような結界が展開された気配を感じ、嘆息する。
その気配にしたって、意識を向けなければ気づかないほどの微かな微かな変化である。
「・・・リア、強く生きろよ」
厄介な男に目を付けられた、哀れな少女の冥福?を祈りながら。
ギリムは本人が聞いたら面倒そうな顔をすること請け合いの激励を、誰に言うともなしに呟いた。
俺も、我が身が可愛いんでな・・・。
――しばしば、体力は無いものの食器くらいは持てるはずの少女が何故、それすらも出来ない状態になるのか。
ほぼ一日中、移動もままならない程消耗する羽目になるのか。
嫌でも理解してしまった、ある日の午後。
これどうにか書き上げた。
次話からは、本編に戻る。