そんな事もあったかな
「そんな事があったのか?」
「・・・あったんだ・・・ったくよぉ」
俺の肝を潰すつもりかと思ったぞ、こいつ。
と、今日の実技での事の顛末をギリムにため息混じりで語られたテアドアの視線が、指差された人物――シェヴァに移った。
「何と言うか・・・流石だな?」
「どうも」
「どうも、じゃねぇ!!お前はもう少し自重しろ!!」
皇族の殺害未遂で極刑もおかしくなかったんだぞ!!!
至極もっともなギリムの私的に、シェヴァは飄々と言ってのけた。
「ならなかったでしょう?」
ギリム、絶句。
テアドア、失笑。
「こうも、自由になれたらな・・・」
遠い目でそんな事を言っていた。
シェヴァの言に対し「それは結果論だ」、と言い返せるほどに二人の心臓は強くないらしい。出来事へのインパクトがあり過ぎて、上手く反応も返せないのだ。
「・・・俺も、こうも開き直る者だとは思わなかったな」
実は居た。
リアが嫌って止まないトライド殿下。
そもそも、テアドアに事情説明の運びとなったのも、この雲上人が身分も考えずにノコノコと、学生の下宿となりかけているリア、シェヴァ、ギリム、テアドア合わえて四人の住む一戸建てにお邪魔しているからである。
そして、シェヴァの本性を垣間見ることとなったトライドは、こちらも何だか遠い目をしている。
そもそもこの雲上人。命を余すことなく掻き消されるような魔術を行使されそうになって、それを不問に付すあたり、かなり寛容かつ度量のある御方なのだが。
リアに貶されまくっているあたりで、もう残念なお人としか言いようがない。
哀れな話だ。
大人しく宮城で執務に携わり、臣下の言葉を聞いて休養を取るようにしていればよかったものを。
そうすれば、このような努力家真面目一辺倒キャラ崩壊の憂き目を見ずに済んだだろうに。
しかも、かまって欲しさに相手に突っかかる寂しんぼ――
「先程から、だがな」
ぎり、と引き絞るように眉間にシワを寄せ、それを懸命に揉みほぐしながらトライドが口を開いた。
「この身に対し不敬とも取れる発現が、呪言のように聞こえてくるのだが・・・」
そう、先程からトライドの耳にはボソリボソリと零される当て付けがましくかつ厭味ったらしい言葉の刃たちが突き刺さってきていた。
「空耳ですよ」
「いや、シェヴァの腕の中にいるそ奴から――」
「そ奴?」
「り、リア殿から聞こえてくるのだがなっ」
「当たり前、聞こえるように言ってる」
「矢張りかっ」
素晴らしい笑顔のシェヴァに訂正を入れられ、何故か止ん事無き身分である人物に敬称をつけて呼ばれたのは、リア。
どうやらシェヴァの怒りは、しっかりくっきり殿下の記憶に打ち込まれたようだ。ぶっとい杭で、ぐっさりと。
ギリム同様、ツッコミ属性でも所持しているのか。
トライドの反応はやたらと素早く、かつ五月蝿い。
リアは耳を塞ぎ、鬱陶しそうにシェヴァの肩に額を摺りつけた。
「ああ、五月蝿い」
「部屋に戻られますか?」
その甘える動作に、擦り寄られた男の表情は甘やかに蕩けた。
これはもう、とことん甘やかす路線決定である。
「その侵入者が帰れば問題ない」
「早急にお帰りください、殿下」
因みに、トライドはちゃんと戸口を潜って入ってきたのであり、その際しっかりと了承を取っている。
リア以外の、だが。
彼女は例のごとく眠っていたため、了承もへったくれもなかったのだった。
「・・・あー、何ですかね。殿下」
あんま、気にしないほうが身のためですよ。とありがたい苦労人一号、ギリムの教えを受けたトライドは既の所で大声を出すことをとどまった。
もう一度でも出していれば、シェヴァによって家から強制退去である。
「何と言うか、これがこの者達なのか・・・」
俺の世界も狭かったのだな・・・。
いえ、こいつらが変なんですよ・・・。
苦労人一号、二号。ギリムとトライドのため息混じりの会話が、傍で聞いていたテアドアの耳に何とも物哀しく響いた。
「さて、夕食でも作りましょうか」
何だかんだで日が落ち始め、それを窓から見たシェヴァがおもむろに立ち上がった。
「お、そうだな。殿下も食っていかれますかね?」
「ギリム、お前の敬語は根本からしておかしいぞ」
はあ・・・と溜息を吐くテアドア。どうやらギリムの親しみを込めすぎた敬語は、昔からのことのようだ。
しかし。
「そうか?テーリェにゃこれでいいって言われてるんだが」
ギリムが何気なく出した人物の名。その名前が出た途端――テアドアが目を剥いた。
「阿呆!お前、テーリェ殿下にまでそのような口調で接していたのか!」
「今更だろ」
「テーリェ?・・・ああ、帝国のテーリェ殿か」
そういう問題ではない!
ギリムの出した名前に著しく反応したテアドアが、何だか知らないが一気に説教モードに入った。
その横で、結局静かにすることを条件に放り出されなかったトライドも、何だか納得して頷いている。
「シェヴァ」
「リグラ帝国、皇太子です」
「ふうん・・・」
ギリムが名門の家の出だ、ということを実感する情報だった。
相変わらず、知らないことが多すぎるリアは大国の王位継承者の名前を呼び捨てにするギリムを何となく呆れた目で見た。
自分の事を棚に上げて。
「そなた、自国の主国の皇太子の名も知らぬのか?」
そなた・・・、うん言ってて違和感がないところが面白い。
美形は死ねばいい。
「知らない」
そして私が知らないこともあんたには関係ない。
何が悲しゅうて、縁も縁も持ちたくないどっかの雲上人に注意されねばならないのか。
トライドは眉を顰めて言った言葉に、リアは努めて冷静に返した。
「まあ・・・テライダは属国とは言っても特殊だからな。無理もないのか」
『何、特殊なの?』
『テライダは帝国の属国ですが、その民の持つ技術力と開発力は価値を認められています。どちらかというと、帝国に保護されていると言ったほうが正しいですね』
『つくづく似てる』
テライダというリアの偽の故郷だが。聞けば聞くほど日本に似ていた。日本も、技術力と加工力で世界に認められ、経済大国にまでのし上がった。
小さな島国かつ、第二次世界大戦での敗戦国というのにも関わらずだ。
「で、仕事とかないの」
皇子なんだからそれくらいあるだろ。さっさと帰れ。
「・・・生憎と、無い。しばらくは執務机にすら近寄れぬ」
側近達がこぞって邪魔をするのでな・・・。
勤労意欲が強すぎて邪魔されるとか、笑える。
ワーカホリックの多い日本人だが、それに似た人間にこの世界で会うとは思わなかった。
「何です殿下、放り出されたんで?」
「そのようなものだ・・・陛下にまで、仕事をするなと言われるとは思わなかった」
「お前に殿下の爪の垢を飲ませてやりたいぞ、ギリム」
ギリムとトライドを足して二で割ったら、結構いい線行くのだろうとリアは思った。
関係ないけれど。
*****
それでまあ結局。
リアが渋るのも構わずに、トライドは四人で暮らす家に居続け。
只今夕食を囲んでいる。
テーブルの上に乗せられた、大盛りのサラダ?に果物は普段どおり。テアドアがお気に入りだという店で買ってきたほかほかのパン。おかずは鶏肉をトマトソースで煮込んだような味の、緑色の煮物。流石に色まではそのままとは行かないらしいが、十分許容範囲だった。
何故だかは知らないが、メコもあった。
食べたそうに聞こえたからシェヴァが取り寄せたらしい。もちろん影のを使っての所業である。
「いただきます」
小さめの、見ようによってはお茶碗に見えなくもない木の器にメコ・・・米を盛りつけそれをフォークで食べる。
箸が欲しい・・・。
「どうぞ、リア」
「あるのか」
差し出されたのは、棒の両端どちらでも使える。利久箸タイプのものだった。
半ば呆れながらそれを受け取り、器用に米を咀嚼して。尚且つおかずも口に運んでいくリアを凝視する視線が三対。
ギリム、テアドア、トライドである。
異文化の食事風景に、興味津々であるらしい。
シェヴァも器用に箸を使っている。何故使えるのかは知らない。
こいつ、日本人なのか・・・?
いや、外見で否定してる。
「リア・・・」
「何」
「ギリムの皿に、肉を入れていくのはやめて下さい。少しは食べないと体力もつきませんよ」
「俺は構わねえぞ?」
先程から、ちょこちょこと自分の皿からギリムの皿へと鶏肉を移しているリアを、シェヴァが窘めた。彼にしては珍しいが、彼女の体調管理も大切ということだろう。
話の腰を折る大食いは、視線で黙らせられたため、静かに食事に戻った。
「体力つくの」
「多少は」
「多少・・・」
リアは、食べることによって体力はつくのかという。目下最大の問題に直面していた。
食べればつくというのなら、少しくらい食欲を無視して食べてもいいような気もする。
「何だ。体力が無いというのは、体質か?」
「五月蝿い雲上人、消えろ」
リアに対するNGワードがトライドから炸裂、あえなく撃墜された。
トライド、硬直。
テアドアも、変な汗をかいた。
シェヴァは相変わらず、微笑んだままだ。
あー・・・
ギリムは、唯一まともに反応を返せる貴重な人材だった。
それだけ、シェヴァとリアの非常識に慣れてしまったということでもあるが。
テアドアは、一緒に暮らしてはいても学院内では別行動が多く、ギリムほどではない。
「・・・リア殿に、忠言しておくがな」
食器を置き、眉間を指で揉みほぐしながらそこにある皺を伸ばすと。重く息を吐きながら、トライドは言った。
「私だから許すが。他の貴族にそのような態度をとって、今のように済むと思わぬほうがよいぞ」
「何それ、脅し?」
「脅しでもせねば、改めぬだろう・・・」
「脅しても、改めないよ」
ギリムは、「あちゃー」とでもいうように片手で額を覆った。
リアのトライド嫌いも、相当のものである。
それ程までに、第一印象が悪すぎたのだ。
「・・・シェヴァ、よくよく言い聞かせたほうが良いと思うのだが」
青筋を辛うじて平静の表情で覆っている程度の、ギリギリの状態。
トライドは、それでも努めて冷静に会話を進めた。
「必要ありません」
「何故だ」
そしてそれを見事に打ち破る即答。
眉を顰める高貴なる人物に、欠片足りとも臆することなくシェヴァは言い放った。
「リアは、きちんと人を見ていますから。殿下がリアに敬意をはらうべき者だと判断されれば、自ずとそうなりますよ」
敬意を払われたいなら、それ相応の格を見せてみろ。
と、そういうわけである。
トライドは、実はこのシェヴァという青年こそが。最も質の悪い性質なのだと悟った。
それを巧妙に隠せる、年季と、仮面を目の前の黒髪の男は持っている。
「シェヴァ、年齢を・・・誤魔化してはいまいな?」
その姿に、宮城の古狸爺達を重ねたトライドは思わず問うた。
「――っく」
ふくくくくくっ、と吹き出す少女。
リアだった。
非常に珍しいことに、お愛想でもなく笑っている。
「・・・何故笑う」
「ギリムとっ・・・反応一緒っ!」
「ああ、確かに」
「そういえば言ったっけな、二回ほど」
少女の指摘に、シェヴァが頷き。ギリムが遠い目をした。
それぞれの場面での、黒髪の青年の規格外さを思い出してのことである。
「可愛いなあ・・・」
可愛いもの愛好家のテアドアは、初めて笑うのを見たリアの可愛さにしみじみとしていた。
のだが。
「テア、変質者かお前は」
「いやっ、違う!」
横目で咎めるように見るギリムに、視線の異常さを指摘され、大慌てで否定した。そしてそれはこの場合、最も良くない対応である。
「変質者は皆そう言うんですよ」
絶対に、誰か一人はこう言う者が出るからだ。
棚上げ言ったもん勝ちな人物、シェヴァだった。
「こいつに言われたくもねえだろうな」
「シェヴァは生まれついて変態。変態っていう生き物」
ギリムがボソリと呟き、リアは遠慮無く指さして言う。
しかし、二人は忘れていた。
相手が、シェヴァだということを。理解していなかったと言うべきかも知れないが・・・。
「俺がそうなるのは、リアにだけですよ」
実害は少ないでしょう?
――少なくない、むしろ多い。
この場に居る、シェヴァ以外全員がそう思った。
「どの口がそう言うんだよ・・・お前え」
がっくり、と疲れたような声を出す常識人その一。
「おや、何か不満ですか?」
「お前っ、今日のこと忘れたとは言わせねえぞっ?」
「今日?」
何かしましたかねえ・・・とニコニコ笑いながら言う男は、間違いなく非常識だった。
「非常識で済ませていいのか?」
「深く考えるな、ギリム」
「私も、今日は疲れた・・・」
苦労人二人に、雲上人を足して三人。
ついでに異世界から来た、規格外非常識の二人を足して五人。
リアの望むと望まざるとに関わらず。
トライドを含めた五人のパーティー、発足の運びとなってしまったらしい。
睡魔が襲ってきたんだ。