戸建てに住む学生身分
こんにちは。
やってきました。
朝、皇都の東地区にある比較的治安の良い一角にてリアの一日は始まる。
強盗殺人事件があった家とは思えないほど清々しい日差しを浴び、今日も彼女は目覚めに一発。
「だからもう少し離れて寝ろ」
「いやですね、我が君。俺は起きてるじゃないですか」
今日も朝っぱらから綺羅綺羅しい変態自称下僕男の額に拳を叩き込んだ。
しかし哀しいかな、全く効いていない上に言い返す不届き者がここにいる。
起きてりゃいいってもんでもない。
リアより眠るのが遅いシェヴァは、いつも寝付いたのをいいことに彼女を抱き寄せて眠っているらしい。
そもそも、こいつに睡眠は必要なのかという疑惑があるが。
まさか一晩中・・・寝顔を眺められているということは・・・。
「考えない方がいいな・・・」
「リア、今日の服はどうしますか?俺としてはこちらの・・・」
「勝手に決めて、派手じゃなければいい」
「わかりました」
じゃあ、俺は食事の用意に行きますね?
リアの着るものを枕元に置いたシェヴァは、そのまま部屋を出て行った。
階上の気配を探れば、もう二人とも起きているようだ。
下宿人の二人は、とても朝が早い。
ギリムは早朝から庭で剣を振り回して一汗かいているようだし、テアドアは早起きどころか徹夜もざらのようだ。
それで日中、普通の顔をして過ごせているのだから。こちらに来たとたんに体力壊滅的人間になってしまったリアとしては、羨ましく感じることもある。
なにより変態に世話を焼かせる口実を与えなくて済む。
「リア、食欲がないのか?」
「おー、ちっこいんだし食わなきゃ駄目だぞ」
「リア、俺が食べさせてあげます」
三者三様、好きなことを言ってくれている。
リアが目の前に並んだ朝食に手を付けていないのは、低血圧だからだ。
シェヴァと宿屋で過ごしていた頃は、朝に起きれることの少ない体調だったから関係なかったが。
頭の動きは鈍いし、体も重い。食べ物を食べるなんて労働は当然無理。以前は、朝は致し方なくバナナを一本食べていたような気がする。
お陰で、リアの家の炊事場にはバナナハンガーがある。それも二個。
バナナ一本の習慣に対して、今目の前にある朝食は。
オムレツ?のような湯気を立てるオレンジ色のもの。恐らくは野菜のソテーだろう緑色。肉の色は流石に一緒らしい、厚切りのベーコンを焼いたもの。
そしてバスケットにまとめて入れられている、バゲット。ボウルに入っている果物。
・・・多い。自分に割り当てられた皿の量は、他の三人に比べて少ないようだがそれでも多い。
「リア、残してもいいですから食べてください。残りは俺が悦んで片付けますから」
「私も協力しよう」
「俺もだな、まだ入る」
三人にかけられた声に、少し思考が止まった。
人と食事をするということは、こういう事なのか。
残しても、気にしない人がいれば片付けてくれる。
約一名、気にしないどころか悦んでいる奴がいるらしいが・・・。
フォークを取って、まずは緑色から攻めることにする。歯ごたえの良い、調度良い具合の火の通り加減に口元が綻んだ。
ベーコンは、多いのが分かりきっているから三分の一を残し、あとを男二人に半分ずつ渡す。
卵は、テアドアに手伝ってもらった。
バゲットは、シェヴァが半分に切ったのを渡してきたのを食べる。
テアドアが、皮を剥いて食べる果物を切り分けて皿にのせてきた。
少し腹の膨れ具合が気になるが、完食した。
綺麗に平らげた皿を見て、溜息を一つ。
「ごちそうさま」
以前は言うこともなかった食事の挨拶を、何故か言ってみた。
異世界お約束の、「何だ?その呪文は」イベントは無く。至って普通に全員で「ごちそうさま」と言い直す。
一つ違うとすれば、手を合わせる習慣はなかった。
*****
少し打ち解けたような気がしないでもないでもない朝食から場所を変え、今は教室。
因みに、座学の魔術基礎講義の時間である。
そもそも魔術とは何か。
答え:妄想の具現化。
これが、リアが魔術に対しての印象を教師の講釈を聞いて定めたものである。
身も蓋もない、がある意味で正しい。
この世界においても魔術とは、想像の具現化にその重きを置いていると言ってよいからだ。
別に、精霊やらなにやらがいないわけではない。しかし、それらはあくまで個体としてあるものであり、魔術を使うときに使役したり、はたまた契約して力を貸してもらう、などということもない。
いや、精霊と妖精に関しては召喚術で使役するという方法もあるが。
それらはあくまで意志を持ったものであって、ある意味で生物である。
から、魔術を使うときに手続きの通過儀礼のように酷使される存在では、断じて無い。
ならば、魔術とはどう行うものなのか。
魔術とは、魔力に意志を反映させ現実に干渉するもの。ただそれだけだ。
この世界に住む殆どのものが持つ魔力は、現実に意志を投影する特性を持っている。その特性を利用して、術を行使するから魔術と呼ぶのだ。
意志があればいいのなら、そこにどうして陣やら呪文が必要かといえば。
簡単だ、意志の投影という機能が、人間に備わっていないからである。
つまり、魔力が現実に干渉する特性を持っていても、人が魔力に干渉できなければそれは意味が無いものになるというわけだ。
そこで、陣と呪文だ。
これは、魔力に人の意志を投影するためのいわば、光の通り道を作るもの。人はそれでもって自身の魔力に干渉し、魔力が現実に干渉する。
二段階のプロセスを経て行使されるのが魔術というものなわけだ。
リアは、傍らの変態もといシェヴァを見上げる。
この男は、力の塊のようなものだと自身を評した。
力を魔力とするならば、魔力が意志を持って動いているわけだ。
この存在それそのものが魔術。
シェヴァが思えば影は動く。
シェヴァが命じれば闇は喰らう。
シェヴァが願えば夜は綴じる。
シェヴァが見つめれば、全ての黒と藍とに属するものが頭を垂れる。
こいつ、とんでもないチートじゃないか?
弟が言っていた「最強モノ」とやらの中に出てくる主人公は大抵「チート」とやらなのだそうだ。
多分自分は間違っていないはずだと、リアは思った。
自分もそうなのだということを、棚に上げて。
*****
高みから見下ろすように、その座はある。
今はその座に座る兄を、その弟は呆然として見上げていた。
「お前も、歳近い者と過ごせば少しは仕事からも離れるだろう」
「兄上、お言葉ですが――」
「既に決まったことだ、否やは聞かぬぞ。重臣たちも挙って準備を整えたと聞く、不足はなかろう」
皇帝である兄と、その年の離れた弟。玉座に頬杖をついて溜息を吐く兄に、発言を禁じられた口を噤む。
「あれらも、心配しているのだ。解れ」
「・・・非常に納得はいきませんが、解りました」
対して皇帝の方は、どこまでも仕事人間過ぎる弟を哀れに思った。自分がこの年だった頃は、城を抜けだして羽を伸ばすことに精を出したものだというのに。
まあいささか、伸ばし過ぎたかもしれないが。
同じく抜け出し癖のあった公爵家の令嬢――今は皇后との出会いを思い出して、軽く咳払いをする。
まあ、己のことはいいだろう。
結婚相手も、弟には好きにさせようと思っていることだし、色恋に目覚めても面白いだろう。
浮いた噂一つないとはな、少しは遊んでいるようだが・・・。
弟の結婚相手もまた、皇帝の頭を悩ませる種である。
まあ、とにかく。
幸い、弟の側近から打診された計画は思わぬほどうまく運んだ。
何しろ、皇帝、側近、並びに重臣達が揃いも揃って打ち込んだのだ。相手は優秀過ぎるきらいがあるとは言え未だ若造。海千山千の狸が寄って集って練った計画をどうすることが出来るわけもない。
皇后も、弟の執務を肩代わりすることに二つ返事で頷いた。元々、先々までやりつくされてしまったせいで其れ程の量でもなし。
自分の分から弟の方へと流れて行っていた案件が戻ってきても何ら問題ない。
「では、勅命だ。学院へ通い、魔術の研鑽を積んで来い。机に齧りつくのは程々にな、トライド」
「トライド・ベネル・レトラード。謹んで、お受けいたします」
皇帝直々の命、勅令をまさか弟一人の健康のために使う日が来るとはな・・・。
兄に命じられた彼からすれば理不尽な命にしかし、仕事人間であるトライド・ベネル・レトラードは、律儀に膝を突いたのだった。
皇帝のたった一人の弟の、やややる気の無い学院生活が始まる事となった。
そんな、ある日の昼下がり。
シェヴァのチートの辻褄合わせと、皇帝弟通学イベントの前フリ。