はじまりともつかないプロローグ
***警告
このお話は、不肖作者の妄想と趣味成分が多く含まれています。
最強モノ、チートモノ、及び逆ハーモノが苦手もしくは嫌いな方はすぐさま検索ページ等に戻り、他作者様の素晴らしい小説で口直しをお薦めいたします。
また、描写や構成その他もろもろが気に入らないと言う方も同様の対策を取ってください。
それでもお付き合いいただける、という心の広い方は砂町の妄想の世界へどうぞ。
楽しんでいただければ幸いです。
エゴで出来た私の自己中心的な視界の中で、ただ一つだけ異質なものといえば
それは、貴方だったのかもしれない
夏の日差し。日照時間が長いせいかまだ高い位置にある太陽が、昼下がりの教室の窓から容赦なく照りつける。
ゆとり教育だの何だのと、やたらと若者を甘やかす風潮にそって建てられた新校舎は御多分に漏れず冷暖房完備。
よって、容赦なく日が照りつけようが室内は至って適温。真夏の昼間に学校指定のセーターカーディガンだって必要になる。
日本の湿度の高い蒸し暑い夏に睡眠を阻害されることもない。
だから授業中に窓際の生徒がうとうとと船を漕いでいても致し方のないことだったりする。
「ね・・・むぃんだけど」
「おー、市生。皆眠いからなー、我慢しろよー」
ボソリと呟いたはずの言葉が、意外にも午後の教室に響いてしまったと気づいたのは、何を隠そう。今まさに授業を行っている国語科の教師、永田浩二の応えが返ってからだった。
「え、永セン。それって自分の授業がつまんねえと言ってんのと同じじゃね?」
男子生徒の・・・名前は思い出せないがお調子者で通っているはずの奴が、はやし立てる。
とたんに、授業終了まで五分をきった教室内は雑談ムードになってしまった。
笑いが起こり、そして誰もが大胆に顔を突き合わせて話し始める。
既に、休み時間のような賑やかさだった。
永田も、これ以上進めても仕方ないと思ったのか、諦めたように教本を閉じて課題プリントの配布を始めた。
「おい、市生。これ頼むな」
「え、何で」
「お前の責任、ほれ」
授業が早く終る原因の張本人とでも言いたいのか、さして不満にも思っていないくせに、永田は国語科担当でもなんでもない市生に紙の束を押し付けて教室を出て行った。
遅ればせながら授業終了と告げるチャイムが鳴り・・・。
「仕方ない」
押し付けられたプリントを抱え、やや気だるげに立ち上がった市生は一応はしっかりと、自分の仕事を果たしたのだった。
「現代文の人、これ課題プリントだって」
「あ、ありがと」
国語科担当の生徒に、それを押し付けることによって。
歩き慣れているはずの通学路を、一人で黙々と歩くのは高校入学から変わらない習慣。
通学の便も悪くない、同じ方向へ帰宅する生徒も多く居るはずの道で似た様相の制服を見かけないのは、部活動の盛んな校風において、それを感知しない市生自身がのうのうと帰宅部であるからだった。
他の生徒は今頃、皆で部室に集まったり、焼けるような日差しの下で汗を流しているに違いないのだ。
市生は一人暮らしだ。
別に、天涯孤独の身の上だったりはしない。ただ単に、急に決まった父親の転勤に彼女だけがついていかなかっただけのことだ。
高校受験で、難関校である倍率10倍強の高校に何となく合格してしまった娘を、両親と年下の弟は普通に一人暮らしのためにアパートの一室を与えて置いていった。
置いていったと表現したからと言って、市生自身がそれを悲観しているわけではない。
ただ、家事に時間がかかる、だとか、洗濯物が面倒だ。などと思うだけで、寂しいだの何だのと可愛らしい思考に至ったりはしない。
いつも通り、帰宅して、家事をして、寝る。入学から五ヶ月程が経って、生活のサイクルもようやっと形になってきたころだった。
変化なく、異常なく、滞りなく進む日々を市生は愛していた。
しかし、直後に彼女の前に顕れたのは変化であり、異常であり、そして
――超常であった。
「何、これ・・・」
足元に突如開いた黒い洞。
先が見えない、淀んで、影を覗き込んだ時のような虚無感を与える闇。
臓物を全て練り合わせて腐らせたらこんな色になるんじゃないかと思えるほどに悍ましい虚。
未だ煌々と照る太陽など物ともせず、いっそ異様に存在を主張している孔。
それは市生の足元にあって、それは下への空間を要した洞であって――要は
「そりゃ、おちるよね・・・――っ」
真っ逆さま。その表現に正しく、市生は日常から転落していった。
彼女が愛した日常は、いとも簡単に放り出してくれたらしい。
跡に残るのは、勤勉でない彼女の軽く膨らみのない通学カバンと、やがて何事も無かったように閉じてしまう人喰らいの孔だけだった。