「婚約破棄を――――絶対したくない!!」〜暗君制裁回避RTA24min〜
季節は秋。舞台は卒業パーティーが開かれている王立アカデミーの大ホール。
そこに聖女セシリアの肩を抱いた王太子たる僕の声が響いていた。
「君がセシリアを陥れんとした数々の動かぬ証拠と証言!次期王太子妃に相応しからぬ言動!よってこの王太子レオポルドはここにロレンサ・デルフィーネ・デ・アベラルドとの婚約破棄を――――」
響いて、響い、て――――
「――――絶対にしない!!!!」
「で、殿下!?」
「レオ様っ……!?」
急カーブを切った宣言に周囲と腕の中からどよめきが上がるが、こっちはそれどころじゃない。
何故ならこの断罪劇――というのも相応しくない茶番――は失敗する。失敗して僕は火だるまの全身やけどのミイラ状態になりそのまま廃嫡されて生涯を終える!
だって前世で読んだもん!!!!
私はこの逆転断罪劇『ロレンサ公爵令嬢の華麗なる逆襲』が大好きだった。大好きすぎて読んでる最中に信号無視のトラックに気づかず轢かれる程度には!!よい子はマネしないでね!
だからこの先の展開も知っている。私たちと対峙する形で凛と立つ深紅のドレスに身を包んだ、十代ですでに貴婦人の風格と威厳を持ち合わせる美少女、僕の婚約者ロレンサ様がすでにこの茶番の対策に万全を期している、つまり私への殺意フルパワーMAXだということを!!
よって私は二次元面の顔面暴力装置具合をフル稼働させて悲しい顔を作る!急げ!!周囲が呆気にとられてる間が勝負だ!!
「次期王太子妃……そう、僕という王太子がそもそも君に相応しくないんだ。ロレンサ」
「殿下……?」
でも急カーブの切り方がこれしか思いつきませんでしたアアアア!!
ロレンサ様が私をめちゃくちゃ胡乱な目で見てらっしゃる!すみません気づかないふりで通りまーす!!
「ここに辿り着くまで、君の尊厳と感情を傷つけ続けた……それ以外の道が思いつかなかった僕には」
「今更、何を仰っているのです……?」
ほんと今更何言いだしてるんでしょうねこの男は。でもすみません火だるまエンドだけは勘弁いただきたいので!
「ところでセシリア……」
「れ、レオ様……?」
腕の中のクソア、失礼自称聖女様をしっかりがっしりとらえたまま、私は柔和な笑顔にシフトチェンジ!!
シャンデリアの逆光背負ってハイどうぞ!
「王族への偽証は死罪だと知っているかい?」
腕の中の聖女様からヒュッといい音が出た。
「君は繰り返し僕にこう主張したね。自分は純潔の聖女であると。では万が一君が僕の王太子妃になった場合、初夜の時点で君は処女であるということになるが……」
私は懐へ後生大事に持っていたあるブツを取り出した。
「ここに、さる錬金術師より手に入れた『誓約の書~業火版~』がある」
これほんとはロレンサ様に使って返り討ち火だるまになる予定だったんだよ!馬鹿って怖いね!!私のことなんだけど!!
私以上の馬鹿たちー出番ですよー!!
「ウェスペル、ルキーノ、アドナン、イオニス、ソンブレロ」
セシリアと一緒になって、ロレンサ様がセシリアを陥れたのを見た、あるいは聞いたと私に吹き込んだあるいはその現場を見ていて何もしなかった側近五人の名を読み上げる。
ほんとはもっと沢山いるけどね〜!!時間がないからね〜!!
「誓約の書の前で『自らはセシリアと姦通せず一切の偽証にも手を貸していない』と僕に忠誠を捧げられる者だけ、僕の前へ跪くことを許す」
誓約の書は誓約条件と名前を記入することで発生する魔法文書だ。誓いを破ればこの業火版の場合、火だるまになる。セシリアの手練手管で骨抜きになったやつはここに名前を記せないだろう。
さぁー果たして結果は!?
「……ウェスペル……お前だけか」
「我が忠誠と魂は御身にのみ捧げております」
「信じよう」
私の前に跪いたのは、黒衣に銀糸の房飾りや縫い取りでごく控えめな衣装のイケメン護衛こと黒髪金目の青年ウェスペル。
確かこいつだけ原作でもミイラになった僕が死んだら後を追うんだよね。ちょっと怖いね!
まあそれはともかく。
「で、殿下!私は――――」
「言い訳は聞かない。跪け。さもなくば黙れ」
ルキーノのいる方からどさりとかいう音が聞こえたけど無視してどんどん行くよー!!
「さて……自称純潔の聖女よ」
肩を抱いてる力がどんどん強くなってるのは私が力を込めてるんじゃなくて、セシリアが無意識のうちに体を逃がそうとしてるからですねー。
「我が婚約者ロレンサが君を陥れた、と僕に証言したうち主要な四人が誓約を拒否した。これは何を意味する?」
「そ、それは……」
「少し難しかったかな?では、 "はい" か "いいえ" で答えられるようにしよう」
ハイもーいっかい!
「僕に嘘をついたか?」
「あ、あ………」
逆光スマイル!効果はばつぐんだ!
これでセシリアは落ちたな。身にまとった淡い青のドレスやアクアマリンのアクセサリーが蒼白になった顔によくお似合いです。
「沈黙は肯定と見做す――――衛兵!」
「れ、レオ様!ちがいます!ロレンサ様は罪の意識がないだけで、確かに私に酷い言葉をッ」
「そんな当人の意識でどうとなる言葉遊びでまだ僕を騙し果せると思っているのなら、君は本当にすごいな」
馬鹿すぎて。
聖女の力って当人の性格に関係ないんだな~と原作を読んでた時の気持ちが蘇ってくる。
「皆、たったいま見聞きした通りだ!聖女セシリアことセシリア・デ・パブロス子爵家令嬢は王太子たる僕レオポルドに婚約者ロレンサが自分を陥れていると虚言を吹き込み、また嘆かわしいことに僕の未来の側近たる四名もそれに同調、協力したと発覚した!!夜会の途中にすまないが、この取り調べのため当人たちを拘束、別室へ移動させる!また――――」
あらためて、僕の朗々たる声が大ホールの中に響き渡る。
先ほどとの違いは、それに衛兵たちの動きや拘束されつつある元側近候補たち、それにセシリアの悲鳴のような声が混じっている点だろうか。
「――――関係者が別途浮上した場合は都度連行するのでそのつもりで。宴の途中退席は禁ずる。ではそれまで夜会を楽しんでいてくれ!」
できるわけねえだろ、という全会一致の視線を浴びるも気にしない。
だって僕は暗君なので!!
「……もっとほかにやり様はありませんでしたの?」
一緒に控室に移動したロレンサ様こと婚約者ロレンサが、腕を組みながら険しい顔でこっちを見つめている。照れるな。いや照れてる場合か。
ロレンサの青い瞳はまだ胡散臭いものを見るような目のままだけど、断罪開始時のような殺意マックスの冷徹さはその眼光から薄れている。
「なかった。いや、思いつかなかったな。僕の頭では」
ぽりぽり、と威厳も何もなく頭を掻く僕の傍らには、ウェスペルだけが控えている。
「それでロレンサ。今更なんだが」
「なんですの」
「婚約を解消してくれないか」
「――――」
すぅっと音もなく、ロレンサの目が細められる。
「理由をお聞きしても?」
「今回のことで思い知った。僕は、暗君だ」
否定の声はなかった。ですよね。
「王の器じゃない。いや完璧な王なんて存在しないことはよく解ってるが、それでもだ。聖女セシリアが入学するにあたって保護をするよう陛下から申し付けられたのは確かだが、それが保護の域を超えて増長させてしまった責任は、間違いなく監督不行き届きの僕にある」
「それはそうですわね」
「だろう」
苦笑しつつ、目の前に用意された紅茶を見下ろすが、ロレンサのように飲む気にはなれなかった。
「そして始末の仕方も大量に無関係な生徒を巻き込んだ、最悪な散らかりっぷりだ。今頃このことは陛下や母上の耳にも入っているだろう」
立つ鳥跡を濁しまくりというやつだ。
「そんな人間が王になって見ろ。君の苦労は目に見えてる。たとえ、王と王妃が支え合うものだったとしても、僕は誰かに寄り掛からなければ立てない王になるくらいなら、最初からそんなものにはなりたくない」
「……相変わらず」
かちゃりと、珍しく彼女の置くティーカップとソーサーから音がした。
「わたくしの意見は聞かずに、勝手に進めてしまいますのね。あなたは」
「……うん」
「聖女の力を持っていても精神の神聖性が担保されているわけではないとも申し上げましたのに」
「うん」
「側近たちの言葉でも、確かな物的証拠や第三者の証言をもっと集めてくださいとも申し上げましたのに」
「うん」
ほんとにいいところねえな。僕。
「なのに最後は、こんな形で私の汚名を晴らすために廃嫡の危険までおかして」
「……うん?」
気のせいか。いつも気丈なロレンサ様の声が震えているような。
「ロレンサ――」
「ほんとうに……ばかなひと」
「えっあっ……!」
切れ長の瞳が青く潤んでその輪郭を滲ませたかと思うと、透明なものを零していた。
白粉も頬紅も、完璧に整えられていたロレンサの頬に一筋の流れができている。
あと、右上の方からなんか舌打ちが聞こえてきたけど気のせい?いやそれより。私は慌ててて胸ポケットのハンカチを抜くと立ち上がろうとして膝を強かテーブルにぶつけ、痛い思いをしつつなんとかよたよたロレンサのところまで辿りつくと、彼女の深紅のスカートの傍に跪いて、握りしめたハンカチを何とか差し出した。
「泣かないでくれ、ええと」
「誰のせいだと思ってますの」
「うん僕のせいだね、いや、でも、君のためなんだ」
「あなたみたいな危なっかしい人、独りで放り出す方が恐ろしいですわ」
ハンカチは受け取ってくれたけど、なんか婚約解消は頑として承知してくれない雰囲気が。
と、そこに。
「独りではございません。レオポルド様にはこのウェスペルがついておりますので、ロレンサ様に置かれましてはお心置きなく御解消頂ければ」
「ああ、この事態になるまで静観し続けた銅像のような護衛さんね。お前のような人間しかいないから恐ろしいと言っているの」
あ、あれー?
なんかウェスペルのひっくい声に負けず劣らずロレンサ、いやロレンサ様のひっくいお声が。
そしてなんか二人の間にばちばちと散る火花みたいなものが、見えるような。見えないような。
おかしいな。ここは大人しく切り捨てられて廃嫡スローライフコースのはずだったんだけど。
「レオポルド様はお心のままに振舞われる姿が最も愛らしいのです」
「秘めたる裁量能力を引き出してこそレオポルド様のお姿が映えるというものでしょう」
なんか、僕を抜きにして盛り上がってるし。膝痛いし。ちょっと終わるまで座ってよ…………
こうして、王立アカデミーの卒業パーティを揺るがした逆断罪事件は、首謀者たる聖女セシリアを始めとする多くの逮捕者を出した。
王族に対する偽証は死罪。だが実際のところロレンサが嫌がらせを受けた以外の被害が出ていなかったことと、僕による婚約破棄という最大のライン越えが瀬戸際で食い止められたこと、全員が未成年というのもあり、首謀者セシリア及び関係者たちは貴族の身分剥奪の上、全員が労役という刑罰に処されることになった。セシリアの神聖力は労役者たちの効率増強に使われるらしい。
一応私も、監督不行き届きだった責任をとって助命嘆願らしいことをしたが、陛下の目にそれがどう映ったかは定かじゃない。
結局、当代の聖女を犯罪者にしたというその責任取って、僕は廃嫡されたしね。
第二王子には俺のスローライフを返せとか散々文句を言われたけど、だってなっちゃったもんはしかたないじゃん。
そんなわけで、僕は王城の隅っこでのんびり暮らしている、というわけでもなく。
「旦那様、まだ終わっておりませんわよ!」
「も、もうちょっと休ませて」
「レオポルド様、クリームティーをお持ちしました」
「わーウェスペルありが」
「勝手に甘やかさないで頂戴!」
アベラレルド公爵家の入り婿として、ロレンサにしごかれウェスペルに甘やかされながら過ごしているのだった。
「ロレンサもほら、口開けて」
「!!な、なにを」
「いや、書類で両手塞がってるみたいだから」
「レオポルド様、私の両手もポットとカップで塞がっておりますよ」
「ええ……?」
スローライフには程遠いけど、まあ、火だるまミイラ死よりは大分マシなエンド……かな?
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