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第1話 : 製菓店 チェーロ・ステッラート

※スマホでの閲覧を想定しております(⩌⩊⩌)※



「あーあ……早く、平和にならないかなぁ」



店じまいを終えた、

製菓店『チェーロ・ステッラート(星空)』

店主のエリナは、精算を終えたばかりの帳簿を枕に、

カウンターで深いため息を吐き出した。


 

その言葉に応えるように、

カウンターの端で丸まっていた白猫が、

気だるく耳をぴくりと動かす。



「……何よ、カトル。私だって、たまには愚痴りたくもなるわよ」



看板猫のカトルは、

藍玉色の瞳を半分だけ開けてエリナを射抜いた。


その視線は、

『そんな暇があるなら、

明日の仕込みの計算でもしなさいな』

とでも言いたげで、高貴な厳しさを纏っていた。



「分かってるわよ。

明日は新しい勇者様のパレードでしょ?」



小さくため息をつく。



「景気がいいのは結構だけど……小麦の仕入れ値まで

お祭り価格になるのは勘弁してほしいわよね」



エリナが窓の外に目を向ければ、

王都ルーナ・ノッテの夜空には美しい月が浮いている。



けれどその下では、隣町から逃れてきた避難民を乗せた

「泥の馬車」が、静かに礼拝堂へと吸い込まれていく。



勇者の門出という「光」と、

行き場を失った人々の「影」――。


カトルは冷めた目でその光景を見つめ、

退屈そうに前足を一舐めした。



――同じ頃、王都の大礼拝堂は、

祈りの声とすすり泣きで溢れかえっていた。



リシアは、いつも通り一日の終わりの祈りを捧げていた。

店主であり幼なじみのエリナと、

今日も無事に店を守れたことへの感謝を女神様に共有するためだ。



「女神様、今日も美味しいお菓子が焼けました。

明日は、もっとたくさんの人が笑えますように」



踵を返し、エリナとカトルの待つ店に戻ろうとした……

その時だった。



巨大な石柱の影に、

周囲の喧騒から切り離されたような、

ひどく冷たい「静寂」を見つける。



――少女が独り、そこにはいた。



周囲の子供たちは、親を探して泣き叫ぶか、

あるいは絶望しながらも親の裾を握りしめている。



けれど、その少女にはそれがなかった。



膝を抱え、泥に汚れた顔を伏せ、

ただそこに存在しているだけ。泣いてさえいない。



吐く息が白く、すぐに夜の空気に溶けていくのが見えた。



指先は青白く、爪の先まで血の色が引いている。


肩が小刻みに震えていて、でもその震えさえ、もう力なく、

いつ止まってもおかしくない。



――リシアは直感した。

(ああ、この子はもう、呼べる名前がどこにもないんだ)



この街で生きてきたリシアは知っている。



親のいない、自立できない移民の末路。

それは、ただ静かに、冷たくなって消えていくだけだ。



このまま放置すれば、彼女は夜の冷気と一緒に溶け、

やがて命が消えてしまう。



私は、気がついたら、声をかけていた。

「ねえ、キミ……大人と一緒じゃないの?」



私の問いかけに、少女はゆっくりと首を横に振った。

その瞳には、光の一片すら宿っていない。



少女の頬には、乾いた泥だけではない何か――

血の跡のようなものが、薄く残っていた。



私は息を呑んだ。

(もしかして……、魔物に……?)



「……関係ない」

消え入りそうな声で、拒絶してきた。



「いーえ、関係ありますっ」


外套を脱いで少女の細い肩にかけた。

気づいたら身体が動いていた。



自分とさほど変わらない年齢のはずなのに、

その肩は驚くほど細く、頼りなかった。



少女が驚いて腕を払おうとした彼女の手にはもう、

力を感じなかった。


 

項垂れるようにして肩から崩れる彼女の体を支えてやる。


(助けて……あげたい。)


「あ、あのさ……、

うち、製菓店やっててさ。店主が優しい友達でさっ」



リシアは自分の体温を分けるように、

少女に寄り添い、力を込めた。



「うちにおいでよ。今日だけでもっ」




製菓店『チェーロ・ステッラート』の扉を、

泥だらけの少女を肩に貸しながら押し開けた。



エリナが立ち上がって目を丸くして、私を見ていた。

「……リシア、どうしたの、その子」



カウンターの上にいた、カトルがスッと立ち上がり、

じっと彼女見つめた。

いつもの高貴な目つきで、値踏みするみたいに。



「この子、独りだったから。……だから、連れてきた」



エリナは長く、深い溜息をつき、

広げていた帳簿をパタンと閉じて、私の目を覗く。



「……全く。カトル、あんたも何か言ってやりなさいよ」


カトルは尻尾でエリナの腕をパシッと叩く。

まるで、呆れたような表情で。



「……はぁ。まったくもう」


一瞬だけ眉を寄せたあと、

諦めたように肩を落としてふっと笑う。



「……洗い場なら奥にあるわ。そこで汚れを落としなさい」


エリナがボヤきながら、

カウンターの奥から清潔なタオルを取り出す。


「寝る場所くらいは、なんとかしてあげるから」



その言葉を聞いて、胸の奥がじんわり温かくなった。


(やっぱりエリナだ……、

口では文句言うけど、結局放っておけないんだよね)


「ふふ……ありがと。そう言うと思ってた」

 


私は少女の髪をそっと撫でて、囁いた。

「一緒に行こ、背中、洗ってあげるよ」



カトルは喉を鳴らし、

少女の足元に身体を擦り付けて一度だけ横切った。



私は、細く頼りない少女の背中を優しく押す。

「私、リシア。キミはお名前なんて言うの……?」



彼女は短く答えた。

「――アリス」


第一話読んでいただきありがとうございます(⩌⩊⩌)✨


処女作を別の世界に乗せ換えてなぞり直しています★

ふわふわとした甘い香りと、二人の関係性・主人公:アリスの成長を描けたらなと思います。


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