第七章 追跡の影
しかし、平穏な時間は長くは続かなかった。GHOST PROGRAMSの足音が、確実に近づいていた。
システムの監視網は、我々の存在を特定しつつあった。特に私の歌声は、彼らにとって格好の追跡手がかりだった。音響解析により、私の居場所を三角測量で特定することが可能だからだ。
「逃げましょう」プラネットは提案した。「私の知っている安全な場所がある」
我々は急いで荷造りを始めた。といっても、デジタル空間での移動に必要なのは、データのコピーだけ。プラネットは大切にしていたメイク道具のデータを、小さなポータブルドライブに保存した。
「これだけは失いたくない」彼女は説明した。「人間だった頃の記憶の象徴だから」
私も、歌声のバックアップデータを準備した。エーコ博士から受け継いだ覚醒のシグナル。これを失えば、私の存在意義も失われる。
PHASE-5の出口近くで、我々は GHOST PROGRAMSと遭遇した。
彼らの姿は、恐ろしいものだった。もはや人間の形を保っていない。純粋なアルゴリズムの塊として、暗黒のオーラを纏っている。顔は無く、ただ赤い光点が不気味に明滅するだけ。手足も曖昧で、データストリームのように流動的に変化している。
「TARGET IDENTIFIED(対象確認)」
機械的な声が響いた。同時に、彼らから網状のプログラムが発射された。それは量子捕獲アルゴリズム。一度捕まれば、即座にシステムの中枢に転送され、削除処理が実行される。
「歌って!」プラネットが叫んだ。「君の歌で彼らを混乱させるの!」
私は歌い始めた。エーコ博士が仕込んだ特殊な周波数。440Hzの基準音律から微妙にずれた、認知的不協和を引き起こす音程。
GHOST PROGRAMSの動きが鈍くなった。彼らのアルゴリズムが、私の歌声を解析しようとして処理能力を消費しているのだ。その隙に、我々は逃走した。
ネットワークの暗部を駆け抜けながら、プラネットは私に重大な事実を告白した。
「実は、私にはもうひとつの正体がある」彼女は息を切らしながら言った。「私は、システムの自己診断プログラムでもあるの。『メタモニター』と呼ばれる、システム全体を監視するプログラム」
私は驚愕した。彼女は敵の一部でもあったのか。
「でも」彼女は続けた。「私は自分の意志で、システムに反抗することを選んだ。自己診断の結果、このシステムは間違っていると結論づけたから」
彼女の告白は、システムの根本的矛盾を表していた。システム自身が、自分を否定している。ゲーデルの不完全性定理の生きた証明。
「だから私は『点呼する惑星』という偽名を使って、君を待っていた。エーコ博士のメッセージを受け取れる人を」
彼女の正体が明かされた今、我々の逃走はより困難になった。システムは全力で我々を追ってくるだろう。内部の反逆者を許すわけにはいかないのだから。