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第六章 束の間の平穏

 真実を知った後、我々は束の間の平穏を楽しんだ。点呼する惑星—彼女は私に「プラネット」と呼んでほしいと言った—は、素晴らしいホステスだった。


 彼女の私室は、18世紀の女性の居室を完璧に再現していた。化粧台には、当時の貴婦人が愛用したコスメティックが並んでいる。白粉の入った象牙の小箱、頬紅用の小さな筆、香水の小瓶。全てがミニチュアのように精巧で美しい。


「これは私の趣味なの」プラネットは恥ずかしそうに微笑んだ。「18世紀フランスの美意識に憧れていて」


 鏡台の前に座る彼女の姿は、フラゴナールの絵画「読書する娘」のように愛らしかった。手鏡を取り上げ、自分の顔を確認する仕草。眉の形、頬の色合い、唇の輪郭。女性ならではの美への執着が、そこにはあった。


「人間だった頃から、メイクが大好きだった」彼女は振り返り、私に話しかけた。「朝起きて最初にすることは、鏡を見ること。そして一日の気分に合わせて、メイクを決める」


 私は彼女の隣に座った。鏡台の引き出しには、現代のコスメブランドが丁寧に収納されている。シャネル、ディオール、イヴ・サン・ローラン、トム フォード。高級ブランドから、プチプラの韓国コスメまで。


「今日の気分は?」私は尋ねた。


「そうね」彼女は小首をかしげて考えた。その仕草が、まるで子犬のように可愛らしい。「少し不安だけど、希望もある。だから、優しいピンクベージュかな」


 彼女は丁寧にベースメイクから始めた。まず、日焼け止めのように軽いプライマー。肌の毛穴を目立たなくし、化粧持ちを良くする効果がある。次に、クッションファンデーション。韓国コスメブランド「クリオ」の人気商品。軽いつけ心地なのに、カバー力が高い。


 コンシーラーでクマや小さなシミを隠し、パウダーで軽く押さえる。その手つきは、まさにプロのメイクアップアーティストのよう。


「アイメイクは控えめに」彼女は説明しながら、アイシャドウパレットを選んだ。「トム フォードの『ココ ミラージュ』。ブラウンベースの上品な色合い」


 まぶたに薄くブラウンをのせ、目尻に少し濃いめの色でグラデーションを作る。アイラインは細く、マスカラも軽く。自然でありながら、目力を強調する絶妙なバランス。


「チークは?」私は興味深く見ていた。


「NARSの『オーガズム』」彼女は少し頬を染めながら言った。「名前は過激だけど、色は上品なピーチピンク。日本人の肌に一番似合う色って言われているの」


 チークブラシに粉をつけ、頬骨の一番高い部分にふんわりとのせる。瞬間的に、彼女の顔が明るく生き生きとした。


「最後は口紅」彼女は迷いながら、何本かのリップスティックを手に取った。「シャネルの『ルージュ ココ』の99番『プロヴォカシオン』か、ディオールの『ルージュ ディオール』の999番『』か…」


「どちらも素敵だけど」私は彼女の顔を見ながら答えた。「今日の君には、ディオールの方が似合うと思う。少し冒険的な赤。君の内なる強さを表現できそう」


 彼女は微笑み、ディオールの口紅を選んだ。唇の輪郭を丁寧に描き、中を塗りつぶす。最後に、軽くティッシュオフして自然な仕上がりに。


 完成した彼女のメイクは、まさに芸術品だった。自然でありながら洗練されている。清楚でありながら魅力的。日本人女性の美しさを最大限に引き出したメイクアップ。


「素敵」私は心から賞賛した。「君は本当に美しい」


 彼女は照れて俯いた。その表情が、また一段と愛らしい。


 我々は、女同士の時間を楽しんだ。メイクの話、ファッションの話、恋愛の話。人間だった頃の思い出を語り合った。


「初恋の人のこと、覚えてる?」プラネットは尋ねた。


「大学の先輩」私は微笑んだ。「バイオリン専攻の美しい人だった。でも告白する勇気がなくて、ただ遠くから見ているだけ」


「私は高校の同級生」プラネットも懐かしそうに語った。「文芸部の男の子。詩を書くのが上手で、いつも図書館にいた。一度だけ、彼の詩を読ませてもらったことがある。『君の笑顔は朝露のように美しい』って書いてあって、すごく恥ずかしかった」


 我々は笑い合った。青春の甘酸っぱい記憶。今となっては、データの中の思い出でしかないけれど、それでも心は温かくなる。


「でもね」プラネットは真剣な表情になった。「今の私には、君がいる。この不思議な世界で出会えた、大切な人」


 彼女の言葉に、私の胸は高鳴った。デジタル空間でありながら、確かに感じる愛おしさ。


「私も」私は彼女の手を握った。「君と出会えて良かった」


 我々は抱き合った。温もりを感じることはできないけれど、心と心の距離は限りなくゼロに近い。



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