門限を過ぎて家に帰る少女を送り届ける話。
・唐突に始まって、唐突に終わります。
・文中に出てくる『かがやき園』とは、養護施設のことです。
・一部文章を訂正・付け足しました。
午後10時14分。
『かがやき園』と書かれたプレート、そして建物の前。3階建ての、大きな造りの建物。
夜も更けていて、辺りに建物を照らす街灯がないので外装の色はわからない。しかし、色は分からなくても人の存在はハッキリと分かる。
建物の前に、1人腕を組みながら立っている人の姿。
心なしか、響はその人から顔を背けていた。
「……っ!帝理ちゃん!連絡もなしに……!」
「あはは……。これは遅くなりまして……」
こんな響は初めて見た。
いつもは飄々としていて、葉に衣着せぬ態度を取っていた響帝理が目の前の女性に対してタジタジになっている。
「……なんか他には?」
「門限破って、ごめんなさい……」
「まったく……。謝るくらいだったらはじめっから約束破らないの」
「『他に言うことは……』なんて言ったのは南井さんの方でしょ……」
こんなツッコミをしている響も初めてだ。
何もかもが新鮮なこの景色。僕には、目の前の南井という方に響が心を開いているように感じる。態度が、全然違う。
「……なんで遅くなったの?」
「いやー……、ちょっとした作戦会議?かな」
「……『作戦会議』、ねえ……。でっ、それに付き合わされたのがそこにいる……」
……。
……あっ、僕に言っているのか。
2人に向けられた視線がどこかむず痒い。
「……あっ……、申し遅れました。僕、三笠屋高校3年の暁月まつりと言います。響さんとは生徒会で一緒になって。……ごめんなさい、こんな時間まで……」
「いえいえ、こちらこそすみません。たぶん、『作戦会議』を開こうと言ったのは、帝理のほうですから」
「いやいやー、もしかしたらまつりさんの方から……」
「そうなの?」
「……い、いえ……。私から言い出しました。嘘ついてごめんなさい」
普段の自信満々な表情ばかりを見せる響からは想像がつかないほどの、今現在見せているしょぼくれた、どこかバツの悪い顔。口はへの字。
南井さんにはどうやら逆らうことができないようだ。
「帝理ちゃん、あなたは先に家に入ってなさい。私は暁月さんに話があります」
「えっ、でも……」
「いいから。……もう夜も遅いし早く着替えてきなさい。…………みんな心配してたんだから」
「……分かった。でもっ……まつりさんには怒らないで。悪いのはきっと私、だから……」
「分かった。分かったから、早く中に入りなさい」
「……またね、まつりさん。また明日」
そう言い残して、響は建物の中に入っていく。そして、外には僕と南井さんの2人だけ。
響さえも掌握する南井さんに、僕は怖くならないはずがなかった。
「……あっ、あの……。本当にすみません、こんな時間まで響さんを……」
「……次はもうちょっと早く返して下さいね」
南井さんの微笑みが逆に怖い……。
「ねえ、暁月さん。帝理、迷惑かけていませんか?」
「……いえ、特には」
「あの子、自分の目標に向けて一直線だから……迷惑をかけていないかと思って。……良かった」
「南井さん、響さんは南井さんの前ではああいう感じなんですか?」
「『ああいう感じ』とは……?」
「南井さんの言うことならなんでも聞くような……。そんな態度のことです」
「あ、ああ。私、そんな風に見えちゃいました?……普段はもうちょっとおちゃらけてるんですよ?他の子を話で笑わせることも多いんです。……今日は、きっとバツが悪かったんでしょう」
響の『おちゃらけた』姿……。想像できないな。
「『おちゃらけてる』……。すみません、僕にはあまりピンと来なくて。僕や周りに見せる響さんというのは余裕のある、飄々とした姿で。こう言うのもなんですが、小悪魔っていう感じで……」
「……そうなんですか……」
「だから、今日の響さんの姿というのは新鮮だったんです。……すみません、変なこと聞いて……」
そう言って、僕は響のいるかがやき園を見つめる。
きっと、その中には僕にも、そして南井さんにも見せない響がいるのだろう。
そんなこと当たり前なのに……でも、やっぱり想像するのは難しい。
「驚きました?帝理が帰っていったのが普通の家じゃなくて」
「はい、正直驚きました。……でも、合点がいく部分もありました」
「『合点』……?」
「響さん、ここに僕を連れて来るのを嫌がったんです。『来なくいい。私のこと、嫌いになるから』と……。出会ってそんなに時間の経っていない男を、家の前まで行かせるのを躊躇う気持ちは分かります。でも、それで『嫌いになるから』なんていうのはおかしいと思ったんです」
「……あの子は、ここにいるのが負い目なのでしょうね」
南井さんが寂そうに笑う。
「僕はそうは思いません」
「えっ……?」
「ここにいることは別に負い目でもなんでもない。響さんは、南井さんに対して『自分』を出せているように思います。……ただ、『普通と違う』ことを知られることで自分の評価が変わってしまうことを恐れているのではないでしょうか」
「……」
「あっ、すみません……。他人がずけずけと……」
「いえ……。あなたは帝理のことをよく見ているのですね。でも、あの子にそんなことを思わせてしまうだなんて……私もまだまだです」
一瞬目があったが、とっさにそらしてしまった。
……恥ずかしさからじゃない。僕自身の『負い目』からだ。
「暁月さん、ひとつお願いがあります」
「なんですか?」
「帝理のこと、見守ってやって下さい」
「……」
「さっきも言ったように、あの子は目標に向けて一直線なんです。たとえ、それがどんなに困難なものでも……。自分の体が動かなくなろうとも、なんと言われようとも突き通してしまう子なんです。……だから、お願いします……」
「南井さんは、響さんの『目標』を知ってるんですか?」
「ええ、何となくは……。『常識を変える』……。無理だと思ってしまう、一筋縄ではいかないものですよね……?」
「その目標、達成出来ると思いますか?」
「『達成出来ない』なんて言ったら、可哀想じゃないですか。……あの子の頑張っていることは否定したくないです」
「僕もです。…………響さんのことは、任せて下さい」
我ながら、相当な道化だと思う。
僕の目的は、響の目標を頓挫させること。御厨会長の命令で、響のことを監視すること。
見守ることとは反対に、可能性を潰して冷徹に蹴落とす存在。何度も頭を下げる南井さんに、僕はかける言葉が思いつかなかった。