身分の低いわたくしが婚約者なんて不満ですよね
わたくしはエラ。
ストーニー男爵家の娘です。
この度ロッキンガム伯爵家の嫡男クライド様と婚約が成立しました。
いや、とても喜ばしいことではありますよ?
でもわけがわからないのです。
家格に差があり過ぎますよね?
もちろん先方に乞われての婚約なのですけれど、クライド様はいつも大体不機嫌な顔を見せていますし。
少なくともクライド様は納得いっていないと思われます。
ですよね、婚約者として連れ回すのに、家格の高い御令嬢の方が誇らしいでしょうから。
こんなことでうまくやっていけるのか、甚だ不安です。
何がどういうことで、わたくしのところなんかに縁談が来たのでしょう?
「お父様も詳しい理由は御存じないのですよね?」
「ああ。ロッキンガム伯爵家でエラの評価が高いことは事実なんだ。しかし理由まではわからん」
「気味が悪いですね」
「ハハッ、エラは出来のいい自慢の娘だよ。いい話であることを素直に喜ぼうじゃないか」
お父様の言う通りではあります。
でも貴族の婚姻は通常、互いにメリットがあって結ぶものでしょう。
ストーニー男爵家やわたくしはもちろん、格上のロッキンガム伯爵家にもらわれることは万々歳です。
が、先方のメリットは何でしょうか?
確かにわたくしの貴族学院でのスコアはいい方ではありますが、そんなものが古くからの名家であるロッキンガム伯爵家に喜ばれるとは思いませんし。
うちストーニー男爵家に見るべきものがあるのでしょうか?
いえ、お父様はわたくしの評価が高いのだと言っていましたね。
「エラは可愛いから気に入られたんじゃないのかい?」
「もう、お父様ったら」
政略上の婚約ですよ?
容姿の関係する余地はないではないですか。
大体クライド様はこの婚約に不満がおありのようですし。
「本当にわたくしはどうすればいいのか……」
「気にすることはないよ。自然体自然体」
「自然体ですか?」
「ああ。変に意識してエラらしさが失われると、評価されているポイントも消えるかもしれないじゃないか」
なるほどです。
さすがはお父様。
一理ありますね。
「わかりました。あまり気にせず行動することにいたします」
「正解だと思うよ」
不安がなくなることはないですが、少し気が楽になりました。
◇
――――――――――クライド・ロッキンガム伯爵令息視点。
貴族学院の同級生の中で誰が一番可愛いかって言われたら、そりゃあエラ・ストーニー男爵令嬢だ。
すらっと背が高く、フワフワのピンクブロンドに涼やかな目元、ちょっと厚めの唇の対比が絶妙。
メチャクチャ好み。
密かなファンもきっと多かったと思うんだ。
僕の婚約者になってくれたなんて夢みたい。
「いやあ、めでたいな。これでロッキンガム伯爵家のより一層の発展は間違いない!」
父上のテンションが高い。
ストーニー男爵家と家格の低い令嬢であるにも拘らずだ。
それには理由がある。
婆上が以前にこう言ったから。
――――――――――
『クライドの嫁は、ロッキンガム伯爵家の南にある領地の娘をもらうべきさね』
婆上は占い師をしている。
普段は街角で町人相手に占ったりもしているが、陛下にも頼られているくらいの凄腕なのだ。
『我が領の南ですか。候補の令嬢も数人に絞られそうですな。いや、一〇人くらいはいるか』
『エラ・ストーニー男爵令嬢がベストだね』
婆上の口からエラ嬢の名が出た時はドキッとした。
学院に入学して以来、ずっと気になっていた令嬢だったから。
もちろん貴族の結婚は惚れた腫れたじゃないことはよくわかってる。
ストーニー男爵家とは家格に差があるし、ムリだと思ってた。
なのにここへきて婆上の推しがあるとは。
鼓動が高鳴る。
『ああ、存じていますわ。エラ嬢は教会の慈善バザーにも積極的に参加してくださるのよ』
『結構知られている素敵な先輩ですわ。わたしの名前は知らないと思いますけど、図書室でわたしの届かない高いところにある本を取ってくださったこともありますの』
あれっ?
母上や妹もエラ嬢と接点があったのか。
しかも好印象みたいだ。
いいぞいいぞ。
『では決まりだな。ストーニー男爵家に婚約の申し入れを行う』
『クライド。エラ嬢を逃がすんじゃないよ』
『はい、婆上』
――――――――――
……という経緯だった。
特に揉めることなく、エラは僕の婚約者になってくれたんだ。
嬉しい!
いやいや、顔を崩しちゃいけない。
僕の緩んだ顔は見るに堪えないと友人達からよく言われるし。
「領からの報告でな。今年は豊作になりそうだとのことだ。いやあ、ラッキーガールを首尾よくクライドの婚約者にできてよかった!」
父上はエラをラッキーガール扱いだ。
豊作と関係あるのかなあ?
でも婆上の占いの結果だしな?
人智の及ばないところで、ロッキンガム伯爵家に貢献してくれるんだろう。
「邪魔するよ」
「ああ、お義母様。お出迎えもしませんで」
婆上が帰宅した。
あれ? 機嫌が悪そう。
どうしたんだろう?
「クライド。どういうことだい?」
「えっ?」
僕?
ビクッとして背筋が伸びた。
婆上はオーラというか、妙な迫力があるから怖い。
「どう、と言いますと?」
「今日エラを見つけたんだよ。で、悩みを聞き出した」
婆上はエラをマークしているが、エラは婆上の正体を知らないはずだ。
おそらく街角で占い師をしていてエラを見かけ、何かを感じて声をかけたんだろう。
エラの悩みとは何だろう?
「エラはあんたに愛されていないと感じているようだよ」
「誤解だ!」
僕はエラが大好きだよ!
それこそ貴族学院入学直後から!
妹がため息を吐く。
淑女を忘れてるぞ?
「私もお兄様はエラ様に優しくないと思っていたのよ」
「な……どこが!」
「ぶっきらぼうと言うか、仏頂面と言うか、不細工と言うか。三ブ主義?」
「不細工は関係ないだろう!」
「不器用に負けてあげるわ。とにかくお兄様はエラ様に対する態度を改めた方がいいわ」
「そうね。クライドの好意はわかりにくいわね。この前のお茶会で、全然会話が弾んでいない様子なのは気にかかったわ」
「母上まで……」
「実によろしくないね」
女性陣三人にジト目で見られるとツラい。
本当にツラい。
「婚約直後なんて、一番関係を深めなければいけない時期でしょう? 殿方がリードすべきなのは当然だわ」
「家族ならお兄様の機嫌はわかりますわ。でも付き合いの浅いエラ様に理解しろというのは甘えですわ」
「あんた油断し過ぎじゃないかい? エラほどあんたにピッタリの娘はいないよ。逃げられたらどうするんだい」
「ラッキーガールを手放すなんて許さんからな!」
集中砲火だ。
うう、会話が弾まないことくらい、僕だってわかってたさ。
でもストライクど真ん中の美少女が目の前にいると緊張するんだよ。
せめて父上くらいわかってくれないかなあ?
いや、エラが不安がっているのはよくない。
時間が解決すると考えていたのは確かに甘えなのかも。
ここは素直に教えてもらうべき。
「どうすればいいでしょうか?」
「クライドには任せておけん。ロッキンガム伯爵家の浮沈にかかわる」
ああ、父上は沈痛な面持ちだし、女性陣三人の目が何故か輝いている……。
何をやらされるんだ?
◇
――――――――――エラ視点。
「ごめん、僕が悪かった!」
次のお茶会でクライド様に頭を下げられました。
いえ、何事?
特にクライド様に謝られるようなことは何も……。
「貴族学院の入学式で、僕は初めてエラを見た」
「わたくしは背が高いほうなので、目立つとは言われます」
「その時から君のことを好きだったんだ。そっけない態度に見えて、君を困らせていたかもしれないけど」
「そうだったんですか?」
「ああ。僕のこの顔は不機嫌なんじゃないんだ。エラに嫌われるのが嫌で、緩んだ顔を必死で引き締めていたんだよ!」
何とお可愛らしいのでしょう!
こんな素直に告白してくださるなんて。
キュンキュンしますね。
「でも急にどうしたのです?」
「うちの女性陣に責められたんだ。エラに逃げられたらどうするつもりだ。正直に自分をさらけ出したら、エラは絶対にわかってくれるからって」
確かに。
うまくいかない婚約なのではないかと、とても不安でしたから。
今はわだかまりが溶けていくような、爽やかな気持ちです。
「ありがとうございます。ロッキンガム伯爵家とうちのストーニー男爵家では家格に違いがあるでしょう? 何故わたくしが求められているのか、正直なところ戸惑っておりました」
クライド様が求めてくださったのですか。
伯爵家の皆さんが全員歓迎してくださっているように思えていましたが。
「いや、それは僕がエラが好きなのとは別の話なんだ」
「ですよね」
貴族の婚約ですものね。
家の事情を別にしては語れません。
とすると他にも要因があるということですか?
「ロッキンガム伯爵家の決定権は、大体婆上にあってさ」
「お婆様ですか? 当主様ではなく?」
何とクライド様の父方のお婆様は、有名占い師『王都の母』だそうで。
ええっ? 知りませんでした。
何度か相談していましたよ。
「とても話しやすい、頼りになる方ですね」
「エラが僕の態度に不安がってるんじゃないかって、婆上に指摘されたんだ」
「恥ずかしいです」
「婆上の占いによると、ロッキンガム伯爵家領の南から僕の婚約者をもらうと運勢がいいそうで」
「……なるほど、ストーニー男爵家領も南にありますね」
「南と言っても結構あるんだけどね。婆上はピンポイントでエラの名を挙げたんだ」
では『王都の母』のおかげで婚約が成立したのですね?
ありがたいことです。
「エラは婆上が街で占いをしていた時、厚手のショールを差し入れてくれたんだろう?」
「ああ、ありましたね。風が強い冬の日で、とても寒そうに見えましたので」
「いい子だって褒めてたよ」
何が幸いするかわからないものです。
「母上や妹もエラに好意的なんだ。教会のバザーでよく会うとか、図書室で親切にしてもらったとか」
「好意的に見ていただけるのは嬉しいです」
「父上なんか、ラッキーガールを逃がすなんて許さんと言ってるんだ」
「ラッキーを期待されても困ってしまいますが」
「いいんだ。その辺は婆上の判断だから」
心配事が全てなくなり、スッキリした気分です。
自然に笑顔になりますね。
「ああ、エラは可愛いな」
「ふふっ、ありがとうございます」
「今後も僕は言葉が足りないことはあると思うからさ。困ったことがあったら言ってよ。でないと僕が家族に叱られてしまう」
「わかりました」
「よかった」
ああ、クライド様の笑った顔はとても素敵ですね。
緩んでるなんてことはないじゃないですか。
今日から本当の婚約者になれたような気がします。
「妹の提案なんだけど」
「何でしょう?」
「スイーツを食べに行かないかと誘えって」
「ぜひ行きましょう! 食べ放題のお店がありますよ」
「スイーツショップに行くなら、母上がお土産を買ってきてくれって。エラのセレクトでいいからって」
「お任せください!」
わあ、テンションが上がりますね。
皆さんの応援を背中に受けて。
一歩前に踏み出せた今日がとても魅力的です。
「エラは僕の笑顔が素敵って言うんだ」
「ええ? エラ姉様ったら趣味だけは悪いですわ。お兄様の笑顔なんて、だらしない、締まりがない、見られないの三ない主義ですわよ」
「何だ、最後の見られないって!」
率直に言い合えるきょうだいはいいですね。
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