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第22話:我が儘姫②


 小さな身体に不釣り合いなほど大きな声で喚き散らかすかぐや姫に、思わずデコピンしそうになる。指を構えている俺を押さえながら、マユリが恭しく提案した。


「まあまあ、かぐや様。喉でも乾いたでしょう?」

「そうじゃな。中々気が利くじゃないかモジャモジャ」

「モジャモジャ……?!」


 綺麗な水が力の源であるマユリは、地底湖からの脱出で幾分力を消費しており、その美しさは再び損なわれている。綺麗だったストレートヘアは疲労の蓄積量と比例しているかのように少しずつうねり、顔の老化も進んでいる。モジャモジャというよりはモジャロン毛といった風貌で、精霊のような存在には見えない。


 俺はショックを受けているマユリに水を飲ませるついでに、かぐや姫にも水筒の水を差し出した。身体が小さいから、スプーン一杯でも十分な量だ。こぼさないように慎重に扱っている姿を見ると、精巧な人形でも見ているような気になる。


「どうですか?」

「うん、美味い! おかわりじゃ」

「それは良かった。蜂蜜もいかがですか?」


 千鶴はこの機を逃すまいと、次々に提案をしていく。狭い竹の中では身体が凝っただろうとマッサージを申し出ると、器用に指先を使って全身をほぐしていく。至れり尽くせりの状況に、かぐや姫も満更ではない様子だ。


「うむ、少し暑いな」

「承知しました。ほら、神谷さん!」

「……俺?!」


 近くに生えていたヤツデに似た葉を手に取った俺は、うちわ代わりに扇いで風を送る。フルーツが食べたいというかぐや姫に、マユリがよく熟れたカーキーの実を献上して暫くすると、その小さな頬は赤らんでいく。


「もっと寄越さんかぁぁあ」

「ちょっと食べ過ぎじゃないですか?」

「お主らと違ってまだ一つも食べきってないぞ!」

「それは体の大きさが違うから……」


 細々とした要望を聞いているうちに、かぐや姫の呂律や目の焦点は怪しくなっていった。やがて船を漕ぎ始めると、瞼が重く落ち、電池の切れた人形のように動かなくなる。心配になってよく見みてみると、静かな寝息を立てていた。


 発酵した果実のアルコール成分にやられたのか、それともやはり限界が近かったのか。カーキーの欠片を抱きながら、千鶴の手のひらで眠る様子は、まさに人形みたいで可愛らしい。


「……寝たか?」

「はい、ぐっすりです」

「ふう、やっとか」

「はぁ、肩が凝りました」

「お疲れ様」


 ようやく静かになったと、俺たちは安堵の溜め息をついた。かぐや姫を元の竹筒にそっと戻した千鶴は、肩や腕を回している。同じ姿勢でずっとかぐや姫を支えていたから相当疲れただろう。


「でだ。どうするよ、この子?」

「過去の経験から言うと、提案される難題を無視すればそのうち消えますけど」

「それってどの位?」

「一週間ぐらいはかかるかと」

「これを一週間か。んー、このまま放置するのも手だが……」

「それは流石に、ねぇ……」


 どうするべきか考えがまとまらない中、小休憩を終えた千鶴が立ち上がる。 


「ともあれもう夜ですし、野営の準備をした方がいいですよね」

「そうだな」

「近くに身を隠せそうな場所はあるかな?」

「どうでしょう、現在地が全くわからないので」


 千鶴が普段立ち入っている森からは、随分と離れた場所まで移動してしまっている。辺りには人が立ち入った形跡もないので、誰かに見つけて貰うのも難しそうだ。完全に迷子だが、既に夜も更けているので、下手に動き回るよりも夜行性の獣から身を隠すに徹した方が良いだろう。


 この世界では、場所が変わると生態系も大きく変化する。ここら一帯をどんな危険生物が縄張りにしているか、わからない。さっきの木霊のような怪物に寝込みでも襲われたら対処しようがない。


「ちょっと辺りを見てきます」

「大丈夫なのか?」

「お陰様で体調はバッチリです」


 千鶴は軽い身のこなしで直ぐに見えなくなる。暫くして戻ってきた千鶴は、すぐ近くに休めそうな場所があったという。


「今日のところは、この木の上で野宿ですかね」

「……木の上?」


 ついていった先で見上げると、10メートル程の高さの木が、枝葉の上に雲のようなふわふわとした綿毛を宿していた。スモークツリーと呼ばれる落葉樹の一種らしく、濃い緑色の葉の上に淡い桃色の花柄が広がっている。綿のような感触で、肌触りも良い。


「これでよしっ」

「寝心地は良さそうだ」


 花柄のうえにシートを敷くだけで、即席のベットが出来上がる。恐る恐る横になると、俺の体を包み込むように沈んでフィットする。寝返りで地面に落ちてしまわないか心配だったが、これなら大丈夫だろう。疲労困憊だった俺は、まさに人を駄目にする寝心地の良さに瞼を閉じた瞬間、意識を失うように眠りについた。



※※


 翌朝、泥のように眠っていた俺は、目覚まし替わりの騒音で叩き起こされた。竹筒の中で寝ていたかぐや姫がここから出せと喚き散らしているのだ。

 寝相が悪かったので、ただ蓋をしているだけだと外に飛び出してしまうかと思い、紐で縛っていたのがいけなかった。


「朝からうるさいな!」

「出さんかぁああああ!?」


 ベッド替わりの木から降りると、直ぐにかぐや姫を外に出す。蓋を開けた瞬間、俺の顔面に飛びついてきたかぐや姫は、唇や瞼を執拗に狙ってくる。


「いたたたたたた」

「無礼者ぉおおお!!」

「無礼なのはお前の方だろうが!!」


 引き剥がそうともがいている俺を尻目に、千鶴は恭しく挨拶をする。


「おはようございます、かぐや様」

「くるしゅうない」

「朝食はいかがなさいましょうか?」

「そうじゃな。鰻が食べたい!」

「鰻ですね、かしこまりました」


 千鶴は早速召使いに徹しているが、注文の品を捕まえにいくのはもちろん俺だ。


 朝から食料集めに駆り出された俺は、水源センサーなる能力を持つマユリの案内に従って、ひとまず川を目指した。獣道を通り抜けて暫くすると、目の前は抹茶でも流しているかのような渓流が現れる。


「……なんだこれ」

「中々いい感じの場所だね」

「どこがだよ」


 顔をしかめる俺を置いて、マユリは緑色の流れの中へ躊躇せず入っていく。しゃがみ込んで確認してみると、禍々しい色の汚染物質がどこからか垂れ流しになっている訳ではなく、川底に蔓延る藻類によって緑色に染まっているように見えているだけだった。


「水質もまずまずってところだ」

「それはよかった」


 隠れる場所がこれだけあれば、何かしらの魚もいるだろう。水浴びで力を取り戻しているマユリを横に、俺は釣りの準備に取りかかる。


 かぐや姫が所望する鰻、のような生物を捕まえる良い方法はないかと持参したハンドブックを捲り、筒仕掛けを作製することにした。


 近くに繁茂する笹を束ねてモドリを作り、地面を掘ってミミズに似た何かを捕まえると、重石と一緒に筒の中にいれる。余り期待はしないが、岩陰にいくつかの仕掛けをセットして暫く放置する。


「これでしばらく待ちだね」

「それまでは普通に釣りでもするか」

「そうしよう」

 

 鰻が捕まらなかった時に備えて、俺たちは普通の川魚も取ることにした。釣竿を構えて一時間程が経過し、マユリに釣果を訊ねる。


「そっちはどうだった?」

「小さいのが二匹」

「こっちも同様」

「僕は要らないし、かぐや様も少しでいいから及第点ってところかな?」 

「だな。あとは本命か……」


 緑色の川に入った俺は、何か掛かっていることを期待しながら竹筒を上げた。重さはさほど変化がないようだがどうだろう。火の光で照らされた草むらの上で筒をひっくり返すと、光沢を放つ塊がボトンと落ちた。思わず「うぇっ」と声が漏れる。


 川の底と保護色になる様に、青緑色をしている生物はどうやらウナギ属の魚のようだ。長い体をくねらせながら、必死に逃走を謀っている。 


「これを食べるのかい?」

「いや……」


 グロテスクな見た目にマユリも眉を顰める。鮮やかな青緑色をしているだけで、こんなにも食欲が失せるとは。そもそも食べられるのだろうか。図鑑を捲って確認しする余裕はない。


「千鶴ならわかるかな?」

「持って帰ってみるか」

「そうしよう」


 籠に入れるために捕まえようと身を屈めたところで、俺は手を止める。


 このヌルヌルとした虹色の光沢を放つ分泌液は触っても大丈夫なのだろうか? 


 ここは魔法みたいな力が存在する異世界だ。色こそ違えど見た目は只の鰻に似ているが、この体液には身を守る為に毒物が含まれていても不思議ではない。はたまた電気ウナギのように電撃を放つ可能性も。


「これ、そのまま触っても大丈夫かな?」

「どうだろう、いけるんじゃないか?」とマユリは杖でつついている。

「ダメだったら?」

「その時は、その時さ」


 マンドレイクの薬液は万能薬としても有名だから、最悪の事態は免れるだろうとマユリは他人事だ。


 覚悟を決めた僕は、一気に両手で鰻擬きを掴みにかかった。鰻擬きは襲撃に抵抗するかのように、ヌルヌルの分泌液を放出してくる。


「これ、難しい!」

「そこをグッと、動きに合わせて、三点締め握りだよ!」

「そんなん言われてもわかんねぇよ」


 細い身体からは想像できないほどに鰻擬きの力は強く、ゴリゴリとした隆々な筋肉の動きに振り回される。格闘しているうちに、鰻擬きは俺の手首に巻き付いてきた。


「あれ? これ、やばくない……?」

「んー、洒落たブレスレットに見えなくもないが」

「無理があるだろ!」


 キリキリと締め付けられる手首は血流を失い、痺れるような感覚が走っている。


「ヤバい、早く外さないと! ちょっとマユリ!」

「えぇー。触りたくないんだが」

「潔癖症か?!」


 右手に絡まった鰻擬きに左手でつかみかかるが、分泌液によって全く握れない。近くの岩にぶつけてみても、ゴムのような弾力のある筋肉に遮られ、打撃の効果も今一つだ。川の中に腕を突っ込んでみても解放してくれる気配はなかった。


「完全に怒らせたようだね」

「何とかしてくれ」

「もうさ、そのまま帰ろうよ」

「そんな余裕ないんだって」


 皮膚が赤く染色されている所為で変化が今一つ分からないのだろうが、通常ならば血の気が引いて真っ白になっている状態だ。


「そう言えばさ、何で全身赤いの?」

「今する話か?!」


 マユリと出会ったのは暗い洞窟内であり、外に出たのも日が暮れた時間帯だった。後で話すから、と急かす俺に、マユリは「仕方ないな」と杖を握り直す。

  

 俺の腕を締め付けている鰻擬きに先端を構えると、即座に放たれた閃光が鰻擬きの身体を包み、見る見るうちに金色に染めていく。


「おおぉぉ」

「これでいいかい?」

「助かった、のか?」


 本物の金になった訳ではなく、あくまでもある種の石化が施された状態であるらしい。確かに圧迫力からは解放されたのだが、その変わりに趣味の悪いブレスレットが腕に巻き付いたままだ。質量も変わっていないので、地味にきつい。 


「どうやって取るの?」

「無理だね」

「何で?! 地底湖では操ってたじゃん」

「あの時とは条件が違う。ここはホームじゃないし、力も足りない」 


 引っ張ったり、叩きつけてみたりしたが、本体には傷一つついていない。鰻擬きの金色ブレスレットを腕から外すのを諦めた俺は、そのまま残りの仕掛けを確認することにした。


 釣果としては魚が四匹に、青緑の鰻擬きがニ匹だ。加えて悪趣味なブレスレットとくれば、まずまずの成果だろう。







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