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第18話:金の蚯蚓と銀の狼


「どっちから聞きたいですか?」

「んじゃ、良いニュースから」

「近くに水場があるみたいです」

「それはいいね。地下水でも溜まっているかな?」


 ちょうど足を洗いたい状況だからありがたいニュースだ。完全に迷子になっているので、飲み水を確保できるのも大きい。


「恐らくそうでしょうね。でも、地下水が湧き出ているという事は、寧ろ標高が下がっているかもしれません」

「それが悪いニュース?」

「いえ、悪いニュースは別にあって……」


 と徐に立ち上がった千鶴は、洞窟の壁に手を当てながら四方八方を見上げた。同じように耳を澄ませてみると、何かが近づいて来ている足音が微かに響いていた。


「まさか……」

「どうやらローンウルフたちも洞窟の中に入って来たみたいですね」

「しつこいな」


 狙った獲物は逃さないのが彼らの習性らしい。例え一匹になったとしても地の果てまで追いかけてくる姿からローンの名を冠しているとも言われている。


 洞窟内は立体的に交差しており、十字路の全ての方向から足音が響いていた。左右と正面の道から一体ずつ接近してきている。挟まれての戦闘を避けるために、くるりと踵を返した俺に対して、千鶴は正面を見据えたままだった。


「どうしたの?」

「ローンウルフとは別の奴です」

「っ?!」


 静かな呼吸の間に、千鶴は口早に言った。すぐに臨戦態勢に入る。


「三十メートル程先です。狼たちも数匹はコイツにやられたようですね」


 真っ暗な洞窟の先に意識を集中させると、岩壁がゴリゴリと削れているような歪な音が聞こえる。背後と左右からはローンウルフ、そして正面にはその狼を凌ぐ謎の怪物。完全囲まれており、退路はどこにも無かった。


「戦うしかないのかな」

「いえ、まだ手はあります」


 かぐや姫のランタンを俺に手渡した千鶴は、俺のリュックの中を探っている。


 グルルルと威嚇する狼の気配を直ぐ後ろに感じる。そして正面には、ズルズルと巨体を引きずりながら近づいて来る謎の怪物。


「こうなったら巻き添えですよ」

「まさか……」


 二ヤリと微笑みを浮かべているであろう千鶴は、例の竹筒をあるだけ取り出した。


「ちょっと警戒してて下さい」


 随分と雑だが重要な任務を俺に任せると、足元にしゃがみ込んでガンガンと地面に細工を仕掛けている。俺はこの隙に奴らが襲いかかって来ないように、四方に目を光らせた。


「覚悟は良いですか?」

「いや、どうだろう……」

「迷ってる時間はないですよ」


 正面を見据えると、ぬるぬるとテカリのある薄黒い皮膚をした蚯蚓が目の前まで接近していた。その体格は俺たちが通ってきた通路を塞ぐほどであり、潤滑液でも分泌しているのか、所々油色に光って見える。


「……ミミズか?! デカすぎるだろ!」

「デスワームですね。とんでもない所に入っちゃったのかもしれません……」


 特大の蚯蚓デスワームは立ちすくんでいる俺たちを捕捉したのか、ピクリと動きを止めると、エイリアンの卵みたいに五分割する口を大きく開けた。


 その内側には鋭い歯がびっしりと無数に生えており、トンネル工事で使うドリルのように身体を回転させると、周りの壁を削りながら迫ってくる。


 もしかしてこの洞窟は、こいつが地面を掘り進むことでできたのか。ということは、もっと大きなサイズの個体も存在する可能性があるのでは……。


「こんなに大きな個体がいるなんて……」

「やばい、やばいって」


 後ろに逃げようと振り返ると、いつの間にか、月の光のように銀色に輝く毛を生やした狼ならぬ狼男が暗闇の中に目を光らせている。すぐに飛び掛かってこないのは、俺たちの後ろにいるデスワームを警戒しているのだろう。


「って、こっちもヤバい!」

「あちゃ……。挟まれちゃいましたね」


 二本足で立っているローンウルフは、木登りも上手そうな逞しい腕を垂らしながら前傾姿勢で威嚇してくる。臭いに嗅覚をやられているのか、頻りに鼻を気にしている様子だ。


 千鶴と背中合わせになりながら、サンドボードを構えて対峙しているが、何奴から対処すればいいのかさっぱりだ。


「どうしよう、どうしよっ?!」

「もう少しです……」


 金色の油色に輝くデスワームとの距離は五メートルもなかった。銀色の毛を逆立てる狼男たちも、俺たちの動きに合わせてじわじわと距離を縮めてきている。


「もう、ダメだ……」

「行きますよ!」


 千鶴はそう叫ぶと、火打石を勢いよく打ちつけた。その瞬間、飛び散った火花は辺りに充満しているアルコール成分に引火し、地面に埋め込んだ竹筒の導火線にも着火する。


 その灯火がデスワームの下腹部へと消えた数秒の後、激しい爆発音と同時に足場が崩壊すると、身体がふわりと浮かぶような感覚に襲われた。この世界に来てから幾度となく経験した浮遊感。


「神谷さんっ!」

「千鶴っ!」


 声のする方へ慌てて手を伸ばしたが、間に合わなかった。デスワームやローンウルフと共に、俺たちは暗闇へと落ちていく。


 獣人共々が発した阿鼻叫喚は、広い空間に飲み込まれて、湿潤な衝撃が全身を襲った。粘度の高い抵抗、呼吸は出来ない。無数の気泡が弾ける音が聞こえる。ブクブクと空気を出しながら、上を目指して泳いでいく。


「ぷはっ!!!」


 荒れた水面が音を立てている。辺りを警戒しながら漂っていると、近くで声が聞こえた。


「神谷さんっ!」

「すぐ行く!!」


 声がした方に泳いで向かった俺は、バシャバシャと暴れている千鶴を支えて落ち着かせた。


「もう大丈夫、力抜いて!」

「はっ、はい」


 ぐったりとした千鶴を抱えながら、岸に向かって泳ぐ。辺りにデスワームやローンウルフの姿はないようだ。水に沈んでしまったのだろうか。


「うわ、何だこいつら!」

「触らないように気を付けてください」


 千鶴が弱弱しく言った。周囲には海月の触手のような半透明の糸状浮遊物が浮いており、触れると痺れるような電撃が走った。千鶴もこいつにやられたのだろか。


「痛っ!!」


 やばい、どんどん体力奪われる。俺は電撃に耐えながら、なんとか足を動かし続けた。


「がんばれ、もう少しだ!」

「はい……」


 何とか岸まで泳ぎ着き、振り返ってみると巨大なドーム状の空間が広がっていた。その天井は星を散りばめたシャンデリアのような細い糸が無数にぶら下がっており、その先端が青白く光を放っている。


 図鑑にあったツチボタルの一種だろう。時折、電撃のような閃光が白い糸の中を震えるように走り抜けているのも見えた。


「千鶴が言ってた水場に落ちたのか?」

「そうみたいですね……」


 天井の一部に、黒く穴が開いているように見える場所がある。恐らく、あそこから俺たちは落ちてきたのだろう。もしも下に湖が広がっていなかったら、確実に死んでいるような高さだ。


「凄いな、ここ……」

「何とか助かりましたね」


 呼吸を整えた千鶴は、体に巻きついたツチボタルを引き剥がしながら言った。


「足下にこの湖があるってわかってたの?」

「いえ、広い空間があることはわかっていたんですけど、まさかそのまま湖に落ちるとは。下の通路に落ちればなんとかなるだろうって考えでした」

「なんにせよ助かったから良かったよ」


 湖は既に静寂を取り戻しており、俺たちが落ちてきた事なんてなかったかのようだ。天井を飾るツチボタルの光を受けて、静かに水面を輝かせている。


 透き通ってはいるが粘度が高いようで、水面は鏡面のように滑らかで独特の光沢があった。


「デスワームとかはどうなったんだろう?」

「一緒に落ちてそのまま沈んだみたいですけど、ローンウルフの方は、何匹かは上に残ったようですね」


 水面に浮かんでいるかぐや姫のランタンを回収した俺は、その灯りを頼りにすっかり水浸しになったリュックの中身を取り出していく。


 火薬となる木の実も藁は、防水性の高いメメロンの皮に入れていたので水没こそは免れたようだが、しっかり乾かさないと使えないだろう。幸いにもハチミツを集めた瓶は無事なようだ。


「しばらくここで休憩できそうかな?」

「ちょっと待ってください」

「ん、どうした?」

「何かいます……」

「えっ、また?!」


 千鶴は緊張した面持ちで体を起こすと、ランタンの灯りを隠すように言った。慌てて地面の泥で光を封じると、辺りがより幻想的に見える。と言うか、俺自身は紫外線を受けて蛍光しているから隠れようがない。


「来ますよ」

「ちょ、やば!」


 今度は一体どんな奴が来るのだろう。


 じっと目を凝らしていると、鏡のようだった水面が急に乱れ始めた。ふつふつと揺れて光を乱反射し、次第に激しさを増すと遂には沸騰しているかのように大きな水柱を上げた。


「ッ?!」

「お怒りのようですね……」


 バケツの水をひっくり返したように、辺りに大量の水がまき散らされる。再び全身びしょ濡れになった俺たちは、静かに様子を窺う。


「何だあれ……?」

「人、ですかね?」


 白く霧がかった湖の中央に姿を現したのは、小さな人影だった。大きさは俺たちと変わらないが、頭にはフードを被っていて表情は見えない。


「逃げる?」

「だとしても出口が分りませんよ」

「こっちに来てるんだけど!」


 この湖の主だろうか。どうやら俺たちのことを見つけたようで、水面の上を滑る様に移動してくる。近づいてくる人影が足を踏み出す度に、天井のタチボタルが震えるように光を放っていた。


 いつ放たれるかわからない攻撃の備えていると、数メートルの距離に迫った所で声が響いた。


「貴方が落としたのは、金のデスワームですか?」

「……ん?」


 二人とも返事に困っていると、よく響くバリトンボイスの声は同じ質問を繰り返した。


「貴方が落としたのは、金のデスワームですか?」

「……どういう意味でしょう?」

「金のデスワーム……?」


 似たような話を俺は知っている。

 森の湖に斧を落としてしまったキコリの前に、女神様が現れて尋ねるのだ。あなたが落としたのは金の斧ですか。違うと正直に答えると、今度は銀の斧を持ってくる。それも違うと答えると、キコリの正直さに感心した女神様が、金と銀の斧を両方くれるという話だ。


「それじゃあ正直に答えればいいんですね」と千鶴は言う。

「貴方が落としたのは、金のデスワームですか?」

「いいえ、違います!」

「それでは、銀のローンウルフですか?」

「いい「ちょっと待って!」」


 違うと答えようとした千鶴を慌てて止めた俺は、人影に背を向けて話す。


「どうかしました?」

「千鶴、一旦冷静に考えて。ここで『いいえ』って答えると、金のデスワームと銀のローンウルフを貰う事になり兼ねないよな?」

「おっと、それは危ない」

「そもそも落としたと言うより、一緒に落ちたって表現の方が正しいし、ここは……」


 湖に佇む人影に向かった俺は、手を口に当てて叫んだ。


「あのー!!」

「はい、何でしょう?」

「ちょっといいですか?」

「どうしました?」

「状況を確認したいんですけど」

「えぇ」

「そもそも俺たちは、何も落としてないんですよ。寧ろ一緒に落ちたっていうか」

「そうだったんですね。それでは、お二人は何も落としてないってことで?」

「はい、そうです」

「かしこまりました……」


 話が通じる人でよかった。安堵の溜め息をついていると、人影は続けた。


「そんな正直者のあなた方には、この金のデスワームと銀のローンウルフを与えましょう」

「っ?!」


 人影が両手を上にかざすと、再び水面が乱れ、金色に輝くデスワーム一体と銀色に輝くローンウルフニ体が浮かび上がってきた。どちらもメッキ処理を施されたような質感で、独特の金属光沢を持つ彫刻のようだ。


「どっちもいらないんですけど」

「遠慮なさらずに、人の善意は有難く頂戴するものですよ」


 岸辺に放り上げられたデスワームとローンウルフは、操り人形のようにカクカクと身体を動かしながら一直線に俺たちの方に向かって来る。




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