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第15話:ある日、森の中、クマさんに


「これから崖登りなんですけど……」

「うん、どうかした?」


 新鮮な水と一緒に蜂蜜とかぐや姫まで確保した俺たちは、順調な滑り出しに意気揚々と本日の目的地に向かっていた。


 珍しい動植物を観察しながら森を散策し、狙っている素材が眠っているという崖に向かって歩いていたのだが、不意に立ち止まった千鶴は険しい表情で話し始めた。


「ちょっと状況がよろしくないですね」

「ん? 天気でも心配?」


 見上げた空には雲が少し浮かんでいる程度で、快晴と言っても差し支えない。時折、優雅に高空を飛んでいる鳥たちが糞を落としてくるのだが、それが結構な破壊力を持っており、爆撃でも受けているのかと心配になる。


「当たらなければどうという事はないですよ」と千鶴は一切気にしていないが、地面が軽く抉れるほどの衝撃だ。頭にでも当たったらどうなるのだろう。


「そのキャップなら防げるはずです」

「はず、というのは?」

「私が設計、デザイン、制作した作品の一つなんです。特殊繊維で衝撃性能が高く、汚れも着きにくい仕様です」


 千鶴が用意してくれた緑色の帽子は、一見普通すると量産品と変わりないのだが、特注品だったようだ。今回はその性能評価も兼ねているそうだが、本当に大丈夫なんだろうか。


「それよりも、ちょっと困ったことが」

「忘れ物とか、落とし物とか?」

「いえ、誰かにつけられているみたいなんです」

「……え?」


 耳の良い千鶴は、草木を掻き分けて山路を行く俺たちの遥か後方に、不穏な足音が続いているのをいち早く捉えていた。


 立ち止まったのは、その疑惑を確かめるためらしい。鳥笛でピーツを呼ぶと刺激する恐れがある為、地面に耳を付けて足音を聞いている。


「どのくらい離れてる?」

「んー、二百メートルほどでしょうか」

「俺たちと同じ登山客って可能性はあったり?」

「んー、それも無いとは言えませんが、足音が人間のモノじゃないようなので」


 と千鶴は苦笑いで答える。山で追われると言ったら、猪や熊といった野生動物を一番に想像するが、果たしてこの異世界ではどうだろう。表情を強張らせる俺に、千鶴は至って冷静に続けた。


「まだ大丈夫ですよ。向こうは私たちが感づいたことには気づいていないみたいなんで。でも、万が一に備えて態勢を整えましょうか」


 再び歩き始めた千鶴は、背中に背負っていたバッグを正面で抱えると、鉈やナイフ、トンカチといった武器になりそうな道具を取り出していく。そして俺には、ロープや火打石、火薬として使っていた爆発植物の木の実が支給された。


「ちょっと持っててください」

「はい」


 一体これで何をしろというのだろう。まさか、爆弾を抱えて自爆攻撃とでも言うんじゃないよな、なんて冷や汗をかいている俺を余所に、千鶴は手に持った鉈で道沿いに群生している竹を手早く刈り取っていく。女竹のように細長いが、一体何に使うのだろう。


「まさか竹槍……?」

「あはは、違いますよー」


 背後を警戒しながら作業を見守っていると、千鶴は手際良く四十センチほど長さで切断していった。かぐや姫を閉じ込めている竹ランタンと同じように、節間がちょうど一つだけとなるようにカットされている。


「これもお願いします」

「はい!」


 直径五センチほどの竹筒が量産されていく。他に手伝えることがない俺は、千鶴の助手として荷物持ちの任務を全うしながら次の指示を待つ。獣道はグネグネと曲がりくねっており、背後を振り返ってもストーカーたちの姿は見えてこなかった。


「黒い木の実と白い木の実を二、三粒ずつ、中に入れてもらえますか?」

「はいっ!」

「出来る限り大きさは揃えてくださいね」

「はいっ!」


 木の実を詰め込んだ竹筒を受け取った千鶴は、更に地面に落ちている小石も追加した。それから、導火線として使っていた麻のロープを詰め込み、伸びている先を適当な長さで切ったら完成だ。


「これって……」

「威嚇用の花火みたいなもんです」


 マイルドな言い方をすれば、竹を使った手持ちの打ち上げ花火みたいなものだろうか。導火線に火をつけると、竹の中に詰め込んだ爆弾植物の黒い実が文字通りに爆発し、その圧力は上部の節に開けた穴から放出される。その際、中に入れた小石も一緒に吹き飛ぶようになっている。恐らく白い実の方は、発煙弾のような役割をするのだろう。


「花火という名の簡易的な銃だよね?」

「念には念をです。使い方はわかりますか?」

「何となくは予想できるけど」

「多分大丈夫だとは思うんですけど、爆発のストッパーになっている節が勢いで割れるかもしれないんで、竹筒の上下は身体で遮らないようにしてくださいね」

「はい……」


 手頃な材料で、何と物騒な物を作ってしまったのだろう。威嚇用の装置は、十丁ほど出来上がっていた。


「そんなに緊張しなくても」

「いやいやいや、だって仕組み的には銃だよ?」

「玩具みたいなものですよ。相当近くじゃないと殺傷能力はないでしょうし、中々当たりませんよ」


 作業を終えて鉈をバッグにしまった千鶴は、再び足を止めると地面に耳を近づけた。


「ざっと数えて五匹はいますね」

「近づいてる?」

「あと百メートルほどです。この道は真っすぐなんで、丁度曲がる時に姿が見えると思います」

「どっ、どんな生物かわかる?」

「二足歩行だったり、四足歩行だったりするので、狼みたいな種族ではないでしょうね。となると……」

「となると?」

「クマあたりでしょうか?」


 その言葉に、地獄鶏の卵を盗んでいたシルエットの姿が頭を過った。確かにあれは、クマのようにもゴリラのようにも見えた。そんな大柄の生物がいる森の奥で呑気にキャンプをしていたなんで、どんだけ能天気なんだ。


 もしかして彼らの縄張りにでも近づいてしまったのだろうか。ならば、大人しく離れたら追ってこないのでは?


「二対五じゃ、ちょっと不利ですからね。囲まれて襲われたら一溜まりもないんで、一対一に持ち込める場所に移動したいところですが……」

「木の上に登るとかは?」

「奴らは木登りもできますからね。寧ろ、自ら退路を無くす結果になりかねません」

「えっ、クマって木登りすんの?!」

「普通に手足を使って登りますよ。蜂蜜も好きなんで」


 なんて話しているうちに、一直線の獣道を歩き終えていた。


「あっ、来ちゃいましたね!」

「うおっ!?」


 振り返ると、まっすぐ伸びた獣道の向こうに、黒い毛に覆われた大きなクマが姿を現した。


「なんかデカくない?!」

「あれは、スカルベアーですね……!」

「スカルベアー?!」

「ヴォォオォオッ!」


 俺たちと対峙した瞬間、スカルベアーたちは足音を鳴り響かせて走ってくる。草木をなぎ倒して迫りくるその巨体には、シマウマのような白い模様が走っていた。


 それは体表に迫り出した外骨格であり、スカルの名の由来となった特徴だ。骨の鎧を身に纏った大型のクマであり、一般的な種族よりも攻撃と防御に優れていることは、言うまでもない。


「おかしいですね。この辺りに生息してないはずなんですけど」

「でも真っ直ぐ向かってきてるよね?!」

「取り敢えず、威嚇してみましょうか」


 縄張りに入った侵入者を追い払う為ではないということは、俺たちを朝食にでもする気なのだろう。スカルベアーの大きく開かれた口には鋭利な歯がびっしりと並び、俺たちが集めた蜂蜜なんかでは到底満足してくれそうない。


「早く、早く!」

「まあまあ落ち着いて」


 千鶴は竹で作ったお手製の威嚇装置に素早く火をつけると、まるでロケット花火でも発射するかのように銃口を向けた。


「耳を塞いでください!」

「おわっ!?!」


 その数秒後、猟銃のような破裂音が轟くと、撃ち出された小石が白い軌道を描きながら物凄い速さで飛んでいく。音だけでも十分な威嚇になりそうだったが、被弾した草木は見事に砕け散り、破壊力の方も申し分なかった。


 千鶴の手元を見ると、煙を棚引かせている竹には爆破の勢いを物語るようにヒビが入っている。二、三粒では少ないかと思い、黒い木の実を五粒ほど入れたのだが、やはりまずかっただろうか。銃身は元々使い捨てなので、千鶴は早速次の竹筒を構えて着火の準備にかかる。


「あははっ、威力は威嚇射撃を超えてますね!」

「でも、全然効いてない!」

「走りましょう!」

「やっぱりそうなる?!」


 威嚇射撃を受けたスカルベアーたちは、一何が起こったのかと一瞬だけ動きを止めた。しかし、すぐに視界を遮る白煙をかき分けると、依然としてこちらへ向かってくる。


 千鶴は動きに合わせて威嚇射撃という名の迎撃を続けたが、外骨格や分厚い皮膚に弾かれているのか、直撃させてもダメージは殆ど入っていないようだった。それでも多少の脅威は与えられているのか、スカルベアーたちは纏まって攻撃を受けないように左右に展開し始めた。


 本州から四国に生息するツキノワグマは、時速40km程度で走ることができるそうだ。北海道に生息するヒグマにいたっては、時速60km程度だとも聞いたことがある。


 ただでさえ人間が徒競走で敵う相手ではないのに、はたして異世界のクマはどれほどの速さを見せるのだろう。


 そう身構えていたのだが、スカルベアーは骨が大きい分だけ体も重いのか、思っていたよりも足は速くないようだった。しかし、それでも足が竦むほどの迫力があり、走って逃げられるかは五分五分だ。


「ビューィ!!」

「ッ?」


 並走していた千鶴がイヤリングの鳥笛を吹くと、どこからともなくピーツが現れた。素早く鳥語で会話をしていると、突然、横やりを入れるように藪の中からスカルベアーの太い腕が現れた。


「危ないっ!」

「きゃっ!」


 どうやら先回りされていたらしい。俺は咄嗟に千鶴の腕を引っぱり、重い一撃を回避した。反動で口元から落ちた鳥笛がスカルベアーの餌食になる。


「弾幕を敷きます! 神谷さんはその隙に、ピーツの後を追ってください!」

「千鶴はどうするの?!」

「私は平気です、後で追いつきますよ」

「いや、でも」


 千鶴は手持ちの白い木の実に火をつけると、勢いよく辺りにばら撒いた。俺を守りながらの戦闘は難しいと判断したのだろう。たちまち白煙が立ち込めて周囲の視界を遮る。


「今のうちに、早く!」

「……わかった。絶対合流するんだぞ!」

「約束します!」


 煙の向こうから千鶴の声が響く。こうなっては大人しく指示に従うしかない。頭上を行くピーツを見失わないように、俺は草木をかき分けながら花咲く森の中を逃げ回った。


 背後からは射撃の音が断続的に続き、千鶴がスカルベアーたちの注意を集めてくれているようだった。


「ツピツピーッ!」

「何っ?!」

「ツピツピーッ!」


 暫く走っていると、ピーツが何かを伝えるように激しく鳴き始めた。何事かと辺りの様子を確認すると、20メートルほど右側を黒い影が並走しているのが見えた。


「って、追ってきてんじゃん!」

「ツピツーッ!」


 一匹だけは執念深く俺を狙っていたらしい。まさか落とした白い貝殻の小さなイヤリングでも届けてくれたとでも言うのだろうか。勿論そんな訳はない。お礼はきっと、俺自身になってしまうだろう。


「どうすればいいんだ、これっ!」

「ピツピーッ!」


 鳥語はさっぱりだが、兎に角ついて来いと言っている様だった。確かに頼れる存在はピーツしかいない。

 

 スカルベアーだって、いつまでも並走してくれるとは限らない。持久走大会で一緒に走ろうと約束した友は、最後には必ず裏切るものだ。


「ヴォォオォオッ!」

「ほら来たっ!」


 一気に距離を詰めてきたスカルベアーは、飛び掛かるように上半身を持ち上げた。立ち上がると3メートルは優に超える身長で、振り上げられた両腕の先には鋭い爪が光る。


 俺はスライディングするように初撃を避けると、背負っていたサンドボードに手を伸ばして盾のように構えた。


 本来ならば足を固定するバインディングが、絶妙に肘と腕にフィットしており、こういう使い方も想定されているようだった。


「ヴォオ?!」

「ッ?」


 これまで背中を見せてばかりだった俺が、急に好戦的な態度を示したからか、スカルベアーは一定の距離を保つと、態勢を変えて威嚇し始めた。


 太い四肢を地面に踏ん張り、身体を低く構えている姿は、外骨格の模様も相まって巨大な生物の顔のようにも見える。


「ヴヴォルル……」


 もしかして、この絵を警戒しているのか?


 その眼光は鋭く、こちらをじっと見据えて威圧感を与えているが、視線は俺の顔ではなくて正面に構えているボードに向かっているようだ。


 背中の毛を逆立たせ、唸り声を上げながらボードの動きを注視している。見たことのない道具を警戒しているというよりも、ソールに描かれたオークのイラストに反応しているようだ。


 クマは非常に高い知能を持つ動物であり、認知機能もそれなりに高いと言われている。そのため、このイラストを本物の生物として誤認しているわけではないだろう。


 だとすると、この絵が持つ何らかのメッセージを警戒しているのではないか。元の持ち主である女王様たちのチームモチーフであり、手を出してはいけない危険な相手の印として認識しているのだとしたら、こちらにも勝機はありそうだ。


「ヴヴォオオオ!」

「……ッ」


 俺は余計な刺激を与えないように、ゆっくりと後退しながら頭上を確認した。上空で旋回しているピーツは、何かを伝えるように飛んでいく。こっちに来いということだろう。


 スカルベアーはまだ若い個体であるのか、隙あらばといった態勢で距離を保ちながら後を付いて来ている。


 その時、遥か後方から犬の遠吠えのような声が響いてきた。


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