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第13話:メイドとキャンプと勘違い


「あははは、大丈夫ですか?」

「うわあうわああうあうあ」


 溢れ出る唾液の所為で、言葉にならなかった。千鶴は不敵な笑みというよりも無邪気に笑っている感じで、単なる悪戯みたいだ。


「まだ青い実はエグイぐらい酸味が強いんです。電気が走ったみたいでしょ?」

「口がぁぁ!」

「面白いのはここからですよ。そのまま水を飲んでみてください」


 言われたままに水筒を受け取った俺は、恐る恐る口に水を含んだ。するとあら不思議、サイダーでも飲んでいるかのような炭酸に似た刺激な喉をかけていく。微かに甘い風味があり、炭酸水とはまた違った感じで美味しい。


「うわっ、ウマッ!」

「絞った果汁と混ぜても美味しいですよ」

「その赤い方は酸っぱくないの?」

「これは青い実が熟したもので、酸味は消えてねっとりとした甘味が残っています」


 炭酸の感じを味わえるのは若い果実のうちだけだという。酸味の成分は疲労回復の効果があり、森を散策する時にはいつも携帯していくか、木になっている実を探すそうだ。

 そう言えば元の世界にもミラクルフルーツと呼ばれる赤い果実があった。食べたことはないのだが、酸っぱい物を甘く感じさせる効果があるらしい。


「カーキーと一緒に食べたらどうなるんだろう」

「きっと青い果実が持つ独特の甘味を楽しむことが出来きますよ」

「試してみたいな」


 千鶴に薦められ、赤い実の方も食べてみる。熟した果実には濃密な甘さがあり、揮発性の高い芳醇な香りが鼻腔を抜けていく。


「甘っ!」

「ジャムにすると美味しいんで、今度食べましょうね」

 

 食文化の違いというのは、異世界を楽しむ一つの指針かもしれない。それにやはり、腹が減っていては戦はできないし、冷静に物事を考えられなくなるものだ。この世界にはどんな食材があるのか、いざという時に備えて覚えておこう。


「良い匂いがしてきた!」

「そろろそ焼けた頃ですかね」


 火に当てていた魚の様子を見てみる。その美味しそうな匂いに又しても涎が出てきた。銀色の表皮はいい感じに香ばしく焦げ、白い湯気を上げている。


「洞窟の中で食べますか?」

「いや、折角だから星空でも眺めながら食べようよ」

「そうですね」


 カーキーという果実に、鮎に似た怪魚。飯盒でお米も炊いている。更に謎の植物が2種類も控えているようだ。随分野性的な夕食だが、これが大自然の中で行うキャンプの醍醐味とも言える。


「味付けとかはしないの?」

「塩でも美味しいんですけど、こいつですよ」


 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの表情で、千鶴は謎の植物を手に取った。散策中に集めていた物の一つだ。多肉植物のような質感で、表面は霜が降りているように薄らと白い結晶で包まれている。


「まずはそのまま食べてみてください」

「このまま?」

「はい」


 さっきのような事があったから、葉の先端を少しだけ齧る。恐る恐る咀嚼すると、しゃきしゃきとした楽しい食感だ。植物のような青臭さは殆どなく、その代わりにしっかりとした塩分を感じる。


「おっ?!」


 確かこれは、アイスプラントと呼ばれる野菜だ。祖父母がよく畑で育てていたから食べたことがある。地中のミネラルを吸収し、表面に塩の結晶を作ってる不思議な植物で、森では貴重な塩分として重宝されるとのことだ。


「これを魚と一緒に食べるの?」

「それもいいですけど、私はこうやって」


 千鶴はポケットから小さな容器を取り出した。中には同じようなアイスプラントが入っているが、水気が抜けてすっかり乾燥している。塩の結晶が、植物の葉を模して凝固しているみたいで綺麗だ。


「なるほど、香辛料として使うのか」

「そうです。これをこうして」


 乾燥したアイスプラントをグシャリと握りつぶすと、液体窒素で凍らせたバラの花びらのように細かな断片となる。千鶴はそれを白身の上に振りかけた。見た目はバジルパウダーのようで、無機質だった焼き魚がお洒落な白身魚のムニエルみたいな料理に早変わりした。


「うわぁ、美味しそう!」

「お口に合うかわかりませんけど」

「頂きます!」


 箸で掴んだ白身は若干固いが、口に運んで咀嚼を繰り返すと、鮎に似た味が口の中に広がる。塩味とアイスプラントの青臭さが絶妙に良いアクセントだ。食感としては弾力があり、やはり鮎とは違うのだが、こういう魚だと思えば悪くなかった。


 呉服屋で用意されていた食事も、一見普通の和食のようだったが、素材自体は俺が知っているものと似て非なる生物だったり植物だったりするのかもしれない。これからどんなゲテモノを口にする事になるのか。知らぬが仏、知らない方が幸せなこともあるんだなと思いながら喉を通す。


「どうですか……?」

「うん、美味しいよ!」

「よかったー」


 見た目はどうであれ、味は普通に美味しい。焚火に当たりながらのキャンプ飯というのがまた良いのかもしれない。何を食べるかよりも、どこで誰とどんな風に食べるかという雰囲気も大事だ。


「山に一人で入ることも普通にあるの?」

「そうですね。一人の時は基本的にここをベース基地にして、日暮れまでに戻って来られない距離までは行かないですね。だから今回は久しぶりの遠征になるからワクワクしてます。」


 千鶴は自然の中で過ごす事も好きなようで、キャンプが趣味だと言っていた。通りで手際がよい訳だ。しかし、森やそこに生息する生物について知識があったとしても、危険なことに変わりはない。


 そのことを呉服屋で待つお婆さんたちはどう思っているのか。可愛い子には旅をさせろ、みたいな感じで自由にさせているのだろうか。それとも強いと言っていたのは案外嘘でもないとか。


「どうかしました?」

「いや、キャンプが趣味っていうのも良いなと思って」

「最高ですよ!」


 目の前で燃える炎の明かりが、俺たちの顔を橙色に照らしている。辺りはすっかり日が暮れて暗闇に包まれていた。見上げると満天の星。異世界じゃなければもっと素敵なキャンプなのになぁ。


 キャンプ飯に舌鼓を打ちながら、千鶴と色々な話をする。そのうち、俺たちが出会った時のことに話題が移った。


「実はさ、千鶴を川から引き上げた後、大蛇に襲われて」

「えっ、そうだったんですか?! もしかして……」


 千鶴はそれまで、自分の身体に残っている痣は、流された際にぶつけた打撲傷だと思っていたらしい。その正体が大蛇だったと知り、少し驚いているようだ。


「千鶴を助けた後は、今度は俺が狙われて。川底に引きずり込まれそうになった時に、白い闘牛が突然現れたんだ」

「闘牛……?」


 千鶴は少し頭を悩ませた後、もしかしてと話し始める。


「そう言えば、神谷さんは学生さんでしたよね?」

「うーん、まあそうだけど……」


 どこまで正直に話すべきか、俺は判断しかねていた。千鶴にはお世話になっているし、悪い子ではないのだろう。しかし、不必要に自分が異世界から来た存在だとは知らせない方がいいのではないか? 教えたことでトラブルに巻き込んでしまう可能性もある。

 俺の濁した返事を肯定と受け取った千鶴は、話を進めた。


「それなら、ゴズー先生かもしれませんね」

「ゴズー先生?」

「はい、うちが制服を卸している学校の先生です」

「……というと?」

「攫われた生徒を探しに来ていたのかもしれませんね」


 ん? 何やら話が思っていたのと違う方に進んでいる気がする。俺が異世界転移してきたことを話していない所為で、とんでもない勘違いが生まれようとしていないか?


「神谷さん、もしかして……」

「ん?」

「通っていた学校の記憶がないとか?」

「あー、いや……」


 そうだな、確かに千鶴のいう学校に通っていた記憶どころか実績もない。俺が返事に困っていると、千鶴は「どうしよう、私の所為だ」と慌て始める。俺は、ひとまず「色々あったからちょっと混乱してるだけだよ」と笑顔を見せる。うん、嘘は言っていない。


「わかりました! 家に帰ったらすぐに学校に向かいましょう。きっと先生たちも心配しているはずです」

「そう、かなぁ? どうだろうなぁ」


 確かに、いつまでも呉服屋で世話になっている訳にもいかない。しかし、通学記録のない学校に行ったところで、門前払いになってしまうのがオチなのでは。そのまま警察なんかに連れていかれて、異世界人であることが発覚すれば一体どんなことをされるか。


「ということは、神谷さんの新しい制服はナラク学院のものを用意すれば良いんですね」

「んー、まあ、そこらへんは適当に……」

「あっ、すみません。先には一報だけでも届けた方が良いかもしれませんね」

「一報?」


 やっぱり、早い内に勘違いであることを伝えた方がいいのでは。そう考えている間にも、千鶴はどんどん話を進めていく。


「すぐに呼びますね」

「呼ぶって先生たちを?」


 もしかしてスマホのような通信機器を持っているのだろうか。髪をかき上げた千鶴は、形の良い耳を露わにすると、耳たぶで揺れる細長いイヤリングに手をかけた。


「イヤリング?」

「そうです。でも、緊急時に備えている鳥笛でもあるんです。これでぴーちゃんと会話します」


 鳥笛を使えば、指では表現できない音を出すこともでき、より複雑な指示が出せるという。まさか、あのシジュウカラを伝書鳩のように使うつもりか。


 これ以上間違った情報が拡散してしまってはまずい。今にも笛を鳴らそうとしている千鶴を俺は必死で止める。


「ちょっと待って!」

「どうしたんですか?」

「あっ、いや。実はね……」


 この沈黙が、暴走している千鶴の想像力を悪い方向に加速させてしまった。


「もしかして、神谷さんは」

「……?」

「学校から逃げ出したんですね?」


 これはダメだ。何を言っても違う方に向かってしまう。もしかして酔っているのか? そう言えば、さっき食べたカーキーの赤い果実は若干発酵しているような感じがあった。あれは果実が熟れすぎてアルコールができていたのでは?


「ナラク学院はエリート揃いの厳しい学校だって聞きますから。大変だってんですね」と涙ぐむような仕草まで見せる。どうやら千鶴は泣き上戸らしい。顔を赤く染めながら握ってきた手は温かく、アルコールで体温も上昇しているようだ。


「わかりました。一報するのは止めます。でも家に戻ったら学校に行きましょう。大丈夫ですよ。きっと先生たちもわかってくれます」

「わかってくれるのかなぁ」

「わかってくれますよ!」


 いや、無理だと思うなぁ。

 千鶴はすっかり逞しい妄想の世界に入り込んでおり、俺が何を言っても通じなさそうだった。取り敢えず、家に戻るまでに勘違いを解かないといけない。


 今日のところはひとまず、このまま酔っぱらって記憶を失うことを期待して、赤いカーキーの残りを全部食べさせよう。


「ちょっとしんみりしちゃいましたね。最後にデザートで気分転換しましょう」

「デザート?」

「とっておきです」と千鶴はもう一つの植物を慎重に取り出した。

「これは?」

「メメロンという果物です」


 その名前の通り、小振りなメロンを思わせる見た目だが、手に持ってみると全く違う果菜類であることがわかる。


 半透明の表皮は分厚く張った弾力があり、固いゴムボールに極限まで水を入れたような感触だ。果肉が詰まっているような質感というよりも、液体で満たされているような重さがあった。


「つるが伸びていた跡があるのわかりますか?」

「ここ?」

「はい、そこをねじりながら引っ張ると取れるんですよ」

「なるほど」


 短く切られたつるを摘まんだ俺は、言われた通りにねじりながら引っ張ってみた。


「あっ、ちょっと待ってください」

「えっ?」


 次の瞬間、シャンパンの栓が抜けたようにシュポンッと爽快な音が鳴ると、ビー玉程の大きさで空いた穴から、勢いよく中の液体が飛び出してくる。


「やばいやばいやばいっ!」

「早く飲み干して!」


 慌てて口を付けると、蛇口に繋いだホースから勢いよく水が流れてくるように、耐え難い水圧であっという間に口の中が一杯になる。両頬をリスのように膨らませた俺は、ゴキュゴキュと音を鳴らしながら、ドロドロの液体を胃に流し込んでいく。


「大丈夫ですか?」

「焦ったー」


 中身はすっかり無くなってしまい、手元には萎んだ風船のようなによれよれとなった表皮が残っている。水を貯めたり、物を入れたりと、再利用する方法がいくらでもありそうな素材だ。


 メメロンも爆種植物の一種であり、パンパンに膨らんだゴム質の表皮が元に戻る力を利用して、中にある種を蓄えた水分と一緒に飛ばすことで子孫を増やしていく。


 おそらくペットボトルロケットと同じ原理だろう。俺が知っている植物だと、テッポウウリが近い。液体はゼリー状で吸湿性に優れ、種が育つまで乾燥するのを防ぐ役割を持つ。味も美味しいので、小動物に食べられることで更に広範囲に種を広げることも可能だ。


「爆弾植物か、また物騒なやつだ」

「液体の中に何か入っていませんでしたか」

「確かに」と口の中に残った異物を舌の上に乗せる。

「その黒いのが小さな種で、シャリシャリしてて触感が良いんですよ」


 噛んでみると、キウイの種のようなクリスピーな触感で美味しい。


「これの飲み方はですね、この栓を開けるんじゃなくて」


 と千鶴は近くにあった細い枝を掴むと、折って尖らせた先端を針のように突き刺した。開いた小さな穴からピューッと液体が溢れてくる。それを上手に口に運んで飲んでいく。


「栓を抜いちゃうと制御できないんで、こうやって小さな穴を開けるんです」

「先にそれを言ってよ」

「いやいや、説明しようとしたら神谷さんが先に抜いちゃたんじゃないですか」

「もう、またびしょびしょだよー」


 濡れたジャージを脱いだ僕は、千鶴が用意していた予備の服に着替えた。一体、どれだけ準備が良いんだ。明日もきっと汚れる仕事が待っていると、容易に想像できる。


 こうして楽しく夜は更けていき、怒涛の一日目が幕を閉じた。



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