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第12話:メイドとマンドレイクと異世界植物と


 川辺にリュックを隠した俺たちは、必要最低限だけの荷物を持って再び森の中に入った。千鶴は子どもの頃からこの辺りで遊んでいたため、地図がなくても自分がいる場所がわかるらしい。一体どんな便利能力だ。


「草木もよく見ると個体差があるんですよ」

「いやいや、どれも一緒だよ」

「それは初めから見分ける気がないからですよ」

「そんなこと言われてもねー」


 次に狙っている素材は、とある植物の根っこだ。散策しながら話を聞いていると、その植物の特徴に胸が高鳴り始める。


「それってもしかして」

「はい、マンドレイクと呼ばれています」


 異世界キター!

 俺の中のミニ神谷が雄叫びを上げている。これだよこれ、一番わかりやすい異世界植物。まさか実物を拝む日が来るとは。


「鳴き声を聞いたら失神してしまいますので、取り扱いは慎重に行わないといけません」

「それは任せてよ」


 マンドレイクは獲物が失神したところを襲い掛かり、根っこで首を絞めてくる。基本的には土に埋まっているため、木の根を食べる野生動物が獲物なる訳だが、時折、自ら飛び出してくるイレギュラーな存在もいるらしい。


「その時はどうするの?」

「鳴き声をあげる前に切断します」


 千鶴は手にしたナイフで掻き切る仕草をして見せた。さも簡単な事のように言うが、きっと俺には不可能だ。もしも教われた時には千鶴が何とかしてくれるだろうと、俺は少しビビりながらマンドレイクを探して姿勢を低くする。


 見つけ方として、まずは茎がなく、ロゼット型の葉が地面から直接広がっているものを探すのが一般的だ。イメージしやすいのはタンポポだろうか。


 他の特徴として、釣鐘状の花を咲かせていることがあり、花弁の色は生息地によって淡紫色や淡水色をしている。


 そして最大の特徴が、根っこが人間の形に似た複雑な形状をしているということだ。マンドレイクは午前中に戦った動植物の一つでもあり、地面から掘り起こされると赤子のように泣きわめく。


 その声は人間の脳に作用して、幻覚を見せたり時には失神を引き起こす。そうして混乱したり動けなくなったりした動物に襲い掛かって、手足のような根っこを使ってじっくりと窒息して殺し、地面に埋めて養分とする。


「神谷さん、ありましたよ!」

「ほんと!」


 俺は千鶴の声がする方へ向かった。


「これです」

「うわぉぉぉ……」


 思わず感嘆の声が零れた。千鶴の足元には、一見タンポポのような植物が生えている。しかし、よく見ると違うらしい。これが某映画では魔法植物として登場したマンドレイクかと、じっくり観察する。


「なんか、今回はやけに積極的ですね」

「そんなことないよ」


 引っこ抜きやすいように周りの地面を掘っていく。粘土質の地面は硬く、金属製のスコップでも中々骨の折れる作業だ。


 暫く掘り進めていると、小動物の骨が出てきた。捕らえた獲物を地面に埋めてという話は本当らしい。


「こんなものかな?」

「はい、それじゃあ引っ張りますよ」

「ちょっと待って、耳栓を!」


 俺はポケットから耳栓を取り出し、しっかりと耳を塞いだ。指でオッケーと合図をして、千鶴の作業を見守る。千鶴は「行きますよ」と口を動かし、葉っぱを根元から握り締める。


「キギャァァァアアアアアア!!!!」


 地面の上へと勢いよく引っ張り上げた瞬間、音波による空気の振動で周りの風景が歪んで見えるほどの絶叫が辺りに響き渡った。鳴き声によって身体が高速振動している所為か、根の周りについていた土が自動でどんどん落ちていく。


 耳栓をしていても、その鳴き声は聞こえるほどで、酷い耳鳴りのようだった。圧倒的な音量に気圧されてボーッとしていると、マンドレイクを振り回している千鶴が何かを必死に叫んでいたて。


「神谷さんっ、瓶っ! 瓶っ、早く!」

「ああっ、ごめん!」


 モウセンゴケの粘液が入った瓶の蓋を開けて駆け寄ると、千鶴はすかさずマンドレイクを腕ごと突っ込んで沈める。ブクブクブクと勢い良く気泡が零れた後、空気に触れた粘液が徐々に固まり、マンドレイクも静かになった。


 へたり込んだ千鶴を支えながら急いで蓋を閉め、しばらく様子を観察する。マンドレイクがもう動いていないことを何度も確認して、千鶴に合図をする。


「もう大丈夫だよね?」

「はい」


 と千鶴が頷いたのを見てから耳栓をゆっくりと取り外す。耳鳴りがするのは、超音波を喰らった影響だろう。


「焦ったぁ」

「神谷さん遅いですよ……」

「ごめんごめん、想像以上に声が凄くって」


 至近距離で鳴き声を浴びた所為か、千鶴は頭痛がすると頭を抱えている。


「大丈夫?」

「はい、ちょと休めば平気です」

「午前中の粘液は、マンドレイクを捕まえる為でもあったんだね」

「そういうことです。上手くいってよかった」


 ハブの焼酎漬けみたいに、赤い粘液の中に漂うマンドレイク。まだ生きているのだろうか。捕まえた個体の顔を改めて見てみると、絶叫しているような表情で何とも言えない気持ち悪さだ。


「眠っているだけなんで、取り出すとまた泣き始めますよ」

「割らないようにしないとだね」

「そうですよ。それに、これを使ってまた別の素材を捕まえるので、もう一つ必要です」

「ええ、マジかよ」

「大マジです。次は神谷さんの番ですからね」


……


 マンドレイクが入った瓶をそれぞれ抱え、満身創痍で川辺へ戻った俺たちは、しばらく水の流れを眺めて平常心を取り戻した。

「この鳴き声は本当に頭がおかしくなりそうだね」

「強烈ですよね」

「もう二度とやりたくないな」


 マンドレイクを最初に捕まえようと思った人は、一体何を考えていたのだろう。採取するだけなら、引っこ抜く前にシメてしまう方法や凍結させる方法なんかもあるらしい。


 しかし、鮮度を優先するのなら、モウセンゴケの粘液を用意する面倒さがあるが、今回の方法が一番とのことだった。他にも周りの地面ごと運んでしまう方法もあるだが、運搬が大変なので今回は選ばなかった。 


「そろそろ川の仕掛けを確認しましょうか?」

「うん、見てみよう」


 手を洗うついでに川底に沈めていた籠を引っ張り上げてみると、川魚が数匹捕まっている。


「おお、入ってるよ!」

「結構大きいのが穫れましたね」

「良かった、これで夕飯の心配はないね」

「それじゃあ、下準備だけしてキャンプ地へ向かいますか」


 魚を捌いた後は、荷物を抱えて再び森の中を歩いた。獣道のような山道を通る道すがら、千鶴は様々や植物の葉や木の実を採取していた。


 時折、この花には毒があるから近づかないようにとか、地面に残った足跡から野生動物の縄張りだから遠回りしようとか、千鶴は様々な知識を披露しながら森の中を突き進んでいく。


 やはり、この世界で生きていくには、自然に関する知識が重要だと改めて思い知らされる。


「もう直ぐ日が暮れそうだね」

「あと一時間ぐらいでしょうかね」


 川辺を出発してから二時間ほど経過していた。足場の悪い山道を歩きっぱなしなので、そろそろ足に限界がきている。


「もう少しですよ、この先の洞窟をキャンプ地にしてるんです」

「よし、がんばろう!」


 沈んでいく夕陽を追いかけるように俺たちは山道を進み続けた。辺りは一面同じような景色が続いている。千鶴を見失ったら一瞬で迷子になってしまうだろう。暗くなる前に到着したいものだと、悲鳴を上げる両足に鞭を打って千鶴の後をついて行く。


「到着しましたよ、ここです」

「疲れたぁー」


 千鶴が指差した先には、見上げる程の急斜面がそびえ立っている。一見すると何もない岩壁だが、大きな岩を動かすと中へと続く入り口が隠れている。


「何か隠し通路に入るみたいだね」

「そうですね。他にも幾つか洞穴があるみたいなんですけど、奥まで行ったことはないのでどうなっているのかわかりません」

「怪物とか何か潜んでそうで怖いよね」

「ダンジョンみたいですよね。そこに潜っていく物好きもいるんですけど」


 ダンジョンと聞くと急に異世界っぽくなってくる。やっぱり冒険者とか勇者とかがいる世界感なのだろうか。


「でも安心してください。私たちが寝床にしている洞穴は行き止まりの空間ですから」


 千鶴はそう言うと、茶室のよう小さな洞窟の入り口へ四つん這いになって入っていく。


「中は意外と広いんだね」

「入口を岩や草木で塞げば、安全な隠れ蓑になりますよ」


 千鶴の後に続いて中に入ると、想像以上に広い空間が広がっていた。身長177cmの俺が両手を上げて背伸びできるぐらいには天井が高い。


 床の広さは十畳程だろうか。テーブルや椅子に小さな棚もあり、最低限の道具は既に揃っている。まさに山小屋として使われている場所のようだ。


 壁側には大燕の巣があった大木と同じ物が真っ二つになって置かれており、その内側には緑の藻がびっしりと生えている。


 これによって洞窟内の酸素濃度を保っているのと、天然のベッドとしても使っているとのことだった。まるでカプセルホテルにでも泊まっているような狭さだが、その閉塞感が逆に安心を与えそうだ。


「普通に生活できそうだね」

「ここに来る度に、ちょっとずつ改装してるんです」

 

 千鶴は瓶詰めにしたマンドレイクを棚に飾っている。何という悪趣味だろう。俺はその顔を壁側に向けてから千鶴の後を追って外に出た。


「それじゃあ夕食の準備に取りかかりましょうか」

「よし、まずは火起こしだね」


 入り口のすぐ近くにある少し開けた場所で火起こしを始めたのだが、当然、俺が試していたような原始的な方法ではなく、集めた木材にマッチを使って火をつけた。ついでにランプにも火を灯すと、いよいよキャンプ感が強くなる。


「取り敢えず、魚は塩焼きにでもしましょうか」


 千鶴はバナナの葉のような植物に包んでいた魚たちを取り出すと、早速調理を始めた。一見すると独特の婚姻色をした鮎のような魚だったのだが、よく見ると目が四つあり、正直食欲が湧かない外見をしていた。


 捌く作業は全て千鶴にお任せし、魚の顔は極力見ないようにしていたのだが、口からお尻に鉄の棒を突っ込まれた魚たちは、苦悶の表情でこちらを見ている。


「火にかけますから、そっちを持ってもらえますか?」

「うん」


 口からはみ出た鉄を持ち、安定した火を囲むようにY字の枝を地面に二本突き刺して、物干し竿のようにぶら下げる。


「焼けるのを待つ間に小腹を満たしましょうか」


 そう言って千鶴はリュックの中から林檎のような果実を取り出した。


「カーキーっていう果物なんですけど、とっても面白い味がするんです」


 手渡された果実の見た目は、青林檎の様だった。手に持った感じや匂いは林檎そのものだが、一体どんな味がするのだろう。


「大丈夫、ちゃんと美味しいですから」


 そう言って、千鶴は赤色のカーキーに噛り付いた。何ともなさそうに咀嚼し、美味しいですよと笑みをこぼす。


「じゃあ、頂きます」


 パリッと歯が黄緑の薄皮を割る感覚。そのまま一齧りし、果汁が舌に触れた途端、口の中に電撃が走った。意識に反して、際限なく涎が垂れてくる。


「あががが!?」


 まさか、謀られた?


 突然の裏切りに恐怖の面持ちで顔を上げると、千鶴は「してやったり」といった表情でお腹を抱えて笑っている。





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