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第11話:メイドとピクニックと大燕の巣と


「量は十分集まった感じ?」

「はい! まずは一つ確保です」


 ジャージを着替えた俺は、乾いて糊のようにパリパリに固まった粘液をぺリぺリと剥がしながら、瓶詰めの液体を眺めた。拭いきれなかった髪の毛はハードワックスを付けたようにツンツンに固まっている。


 これが貴重な素材の一つだという。確かに一歩間違えれば自分が養分に去れてしまうから、採集難易度は少し高い。若干赤みがかった粘性の高い粘液は、美容液の材料としても使われているそうだ。


「空気に触れると固まっちゃうんで、一気に素早く集めないとダメなんですよ」

「もっと早く言って欲しかったな」


 上手い具合に茎を切り取ることができれば、その切り口から溢れる粘液を集めるだけでいいのだが、一度掴まってしまったからには、ああするしかなかったと千鶴はいう。


「結果オーライです」

「俺が生きてたからよかったものを」


 二泊三日の予定ということで、荷物もそれなりの量だった。慣れているからと千鶴は俺よりも大きなリュックを背負っているが、先頭を行く彼の足取りは軽い。あの細い身体のどこにこんな力が隠れているのだろうか。男という話の信憑性が増していく。


「二泊三日にしては荷物が多くない?」

「山をなめてると死にますからね。備えあれば憂いなしってやつです!」

「その格好でよく言えるな」とすかさずツッコむ。


 千鶴は森ガールのようなトレッキング用の恰好ではなく、安定のメイド服だった。白色と水色を基調としているので、森に迷い込んだ不思議の国のアリスを連想させるが、登山仕様に仕上げたものらしく、動きやすさと防寒性を重視しているとのことだ。


 出発前に俺もどうかと勧められたのだが、全力で遠慮した。その結果、無難なジャージ姿に落ち着くことになった。


「これ、学校の備品みたいだよね」

「そうですよ。うちのお店、近くの学校の制服も卸してるんで」

「あっ、そうなの?」


 なるほど、通りで身に馴染む質感が懐かしいわけだ。頭には緑色の帽子を被り、唐辛子色の肌と絶妙にマッチする赤色のジャージを着ている俺は、本当に唐辛子の怪物みたいだ。


「だから神谷さんが着ていた制服も、何とかしようと思ったのですが」

「結構ボロボロだったでしょ?」


 両袖は引きちぎれ、世紀末のワイシャツみたいになっていたはずだ。


「はい。ちょっと修復は難しかったですね、校章も取れていたので。でも、まだ捨ててはいませんよ」

「いやいや、処分してくれていいのに」

「それじゃあ、帰ったら新しいのを用意しますので」

「でも、それはそれで俺お金持ってないからなぁ」

「それは大丈夫です。今から採取する素材で十分元が取れますので!」と千鶴は親指を立てる。


 さすが自営業、そう言うところはしっかりしている。お金の心配はないとは、この事を言っていたのか。


「呉服屋っていうのは、よく森に入るものなの?」

「人によると思います。でも、特別な服を作ろうと思うと、どうしても市販じゃ手に入らない材料があったりしますからね」


 そういう時は自分たちで調達するか、収集が難しいものは専門家に依頼するそうだ。デザイナーと聞いて想像していた煌びやか仕事とはちょっと違うことまでするんだなと感想と伝えると、千鶴は自分たちが特殊なんだろうと言った。


「お婆ちゃんも私も、誰も想像したことがない服を作るのが好きなんです。だから誰も使ったことのない素材を使うことも日常茶飯事で、その分失敗も多いですけど」と答える千鳥は楽しそうだ。

「いいね。やりたいことがあるって」

「神谷さんは、夢とかないんですか?」


 俺の声のトーンに気を使ったのか、千鶴が遠慮がちに聞いてくる。


「うーん、探してるとこかな」

「神谷さんならきっと、素敵な夢を見つけられますよ」

「だと良いんだけどね」


 入山して数時間後、俺たちはあの怪鳥の巣があるポイントを通っていた。陽の高い時間帯に訪れてみると、その樹の大きさと高さに改めて驚かされる。


「ここら辺でご友人とはぐれたんですよね?」

「うん。それぞれ巣から転げ落ちたと思うんだけど……」

「何か目印が残されていないか、気にしながら進みましょうか」


 千鶴には、俺が怪鳥に連れ去られてこの森に来たことだけを話していた。素直に異世界からやってきたというよりは、まだ警戒されないと思ってのことだった。


 女王様たちのこともあり、異世界人ということで捕獲され、何かの研究材料にされかねないと思ったからだ。騙しているようで心苦しいが、もう少し時間が経ってから正直に伝えよう。


 連れ去られたという話を、千鶴は特に驚いた様子もなく聞いていた。人よりも大きな生物が当たり前に跋扈している世界なので、人が連れ去られたり、食べられたりとかは良くある事らしい。そんな世界あってたまるかって感じなのだが、これがこの世界の普通なのだろう。


「まだそんなにビクビクしなくても大丈夫ですよ。あの鳥たちはここまで降りて来れません」

「それはわかってるんだけど」


 千鶴も一度、あいつに食われてみればいい。植え付けられたらトラウマというものは、そう簡単に消え去ってくれない。だからか、千鶴はとんでもないショック療法を提案してきた。


「それじゃあ、大燕の巣を取りに行きましょう!」

 

 ん? この子は一体何を言っているのだろう。


「……なんで?」

「何でって、洗浄液の材料の一つだからですよ」

「嘘だ」

「嘘じゃないですよ」

「いや、でもどうやって木の上まで……?」


 木の幹をなぞるように視線を上げていく。首を90度上に向けても頂上は見えない。


「まさか、登ったりなんて」

「そんな面倒なことはしませんよ」


 軽快に笑う千鶴は、腰に巻いたポシェットから何かを取り出した。


 一つ目は、球形に近いヤシの実みたいな見た目だが、サクランボよりも二回り程小さな豆だ。手に持ってみるとスナック菓子のように軽く、その表面は固い繊維が何層も重なってできているようだった。


 二つ目はブルーベリーよりも小さな黒い木の実で、花火の火薬のようなマットな質感をしていた。見た目よりも質量があり、密度が高そうだ。


「この白い豆は燃えると大量の煙を出します。こっちの黒い方は火が点くと爆発するんです」

「え?!」


 爆発と言われてすぐに千鶴に返した。これで一体何をするつもりなのだろう。爆発する木の実を使うということは、樹の根本でも壊して倒木させる気なのだろうか。


 木を見上げながら歩いていた千鶴は、一本の樹木に近づくと耳を当てた。俺も真似をするように促される。


「聞こえませんか?」

「何が?」

「雛鳥の鳴き声ですよ」

「んー?」


 目を閉じて耳に神経を集中させる。ミシミシミシ、パキパキパキと木が軋む音に交じって微かにピヨピヨと鳴き声が聞こえた。


「おお!」

「わかりました?」

「うん、この上に巣があるってことか」

「そういうことです」

「でも、どうやって上まで」

「それでこれですよ」


 地面にリュックを下した千鶴は、先端が斜めに切られた鉄製パイプと小さな金槌を取り出した。そして樹木の幹にパイプを突き刺すと、金槌でカンカンと打ちつけて穴をあけていく。


「実はこの樹の中は空洞になっていて、上まで続いているんです。だから」


 と突き刺さったパイプの中に先ほどの白い豆を転がして入れていく。最後に藁のような植物で出来たロープを差し込むと先端に火をつけた。


「危ないんで離れてください」

「おっ、おう」


 俺は指示に従って距離を取った。導火線のように燃えていく火が、パイプを通って穴の開いた樹木の幹の中に消えていく。次の瞬間、手持ち花火に着火した時のようシュッと燃える音がして、勢いよく白煙が出てくる。


「おぉ!」

「これで上にいる大燕の巣を燻製にします」


 恐らく、燻煙剤を使って蜂を退治するのに似た方法だろう。煙を使って動きを鈍らせたり、追い払ったりすることができる。今回の狙いは雛鳥を移動させることのようだが、果たしてうまくいくのか。


「親鳥が慌て始めましたね」

「よくわかるね」


 耳を澄ませれば、確かに聞き覚えのある鳴き声が上空に響いている。


「雛鳥はまだ跳べないので、親鳥が咥えて避難させるはずです。その間に次の準備へ取り掛かりましょう」

「うん」


 雛鳥がいる状態で木を伐採してしまったら、親鳥は家を失った上に子どもまで殺されたと怒り狂うだろう。そうなれば、一体どんな反撃を仕掛けてくるかわからない。


 ならば、巣を煙に巻くことで親の意識を子どもに向け、避難が完了した後に巣だけを手に入れた方が、作業としても効率的で安全ということだ。


「これは一般的な方法なの?」

「どうなんでしょうかね。私はお爺ちゃんに教えてもらったんですけど、凄く運動神経が良い人はそのまま木を登ったり、別の動物に取ってこさせたり、方法は幾つもあるみたいですよ」


 なるほど。植物に造詣が深い呉服屋だからこその採取方法みたいだ。大燕はこういった背の高い樹の上だけではなく、洞窟の中や巨大な建造物にも巣を作ることがあるらしい。


 生息地によって食べているモノも異なることから、燕の巣の成分に差があり、色味や質感、味や栄養価が変わっている。さらに、危険度が高い場所や入手困難な場所で採取された巣ほど、良い値段で取引されているという。


「それじゃ、始めますよ」

「うん」


 木の中の火が完全に無くなったことを確認した千鶴は、続いて大きさが疎らな黒い実を中に入れ始めた。そして、同じように導火線を差し込む。今度のロープはそれなりに長さがあり、離れた位置にある大樹の裏に隠れて火をつける。


「危ないんで絶対に身を出さないでくださいね」

「えっ?」

「それと耳も塞いだ方がいいです!」


 しゃがみ込み、両手で頭を抱えるように耳を塞いだ千鶴に習って、俺も身を屈めた。次の瞬間、ババババババッと爆竹が連続で爆発するような破裂音が鳴り響き、粉塵のような煙が辺りを一瞬で包み込んだ。


 思っていたのと、ちょっとどころか大分違う。散り散りになった木片がパラパラと降ってくる中、枝葉に交じって大燕の巣もドスンと落ちてきた。


「ふーぅ、何度やっても興奮しますね!」

「えぇ……」


 大胆過ぎる方法に唖然としながら、俺は巣のあった大樹へと近づいた。立派な幹は木っ端微塵に吹き飛んでおり、巨大な切り株となった根本しか残っていない。


「この黒い木の実は、大きさによって爆発するタイミングが違うんです」


 大きさの異なる木の実にまとめて火をつけると、着火後に爆発するタイミングが異なるので、連続するように起こる。その時差を利用することで、最初の爆発で吹き飛んだ実が空洞な幹の中を通る途中で爆発していき、大きな樹を下から上まで内側から破壊し吹き飛ばすという寸法だ。


「派手過ぎない?」

「それよりも大燕の巣ですよ!」


 千鶴は真っ先に地面に転がっている巣に向かって駆け出していく。どうやら雛鳥の避難は無事に済んでいたようで、中は空っぽだった。


「やりましたよ、神谷さん。上物です!」

「そうなの?」


 座り込んだ千鶴は、嬉々と巣の解体を始めた。その手元を見てみると、大きさも長さも疎らな木の枝を接続するように、黒っぽいゼラチン質の物質が付着している。手に取ってみるとヌメヌメしている。


「これが燕の巣ってやつ?」

「それは雛の糞ですね」

「うえ、ばっちい!」

「あははは、こっちの白い方です」


 千鶴は笑いながら、半透明な繊維質を取り出していた。なんだか乾いた春雨みたいな見た目をしている。これが高級食材か、一体どんな味がするんだろう。


「ある程度集めたら、洗浄するために川の方に行きましょうか」

「うん、そうしよう。手をいの一番に洗いたい!」


 十分な量の燕の巣を集めた後は、あの夜に凡そ俺が通ったのと同じルートで川へ向かった。懐かしさの感じる川の音に、疲れで停滞しつつあった足が活力を取り戻す。


 前日までの雨で川が増水していないか心配していたのだが、少し流れが速いていどで殆ど濁ってはいない。これなら川魚なんかも捕まえられそうだ。


「おお、戻ってきた!」

「神谷さんが火起こしをしようとしていた場所ですね」


 そこには俺が文明を築こうとしていた痕跡が残っていた。やはり卵は盗まれており、何も残っていない。そのまま上流に向かって川沿いを歩いた俺たちは、千鶴を引き上げた場所まで向かった。


「あっ、よかった。まだ残っていた」

「何ですか、それ?」


 一見するとただの板を拾った俺に、千鶴が尋ねる。


「借り物というか」

「そうだったんですね。すみません、気づかなくて」

「いやいや、見つかったから大丈夫」


 助けた時のごたごたで、女王様から譲り受けたサンドボードをそのままにしていたのだ。雨が降ったこともあり、流されているかもしれないと思っていたのだが、最後に手放したのと凡そ同じ場所に落ちていた。


「ここらへんで、ちょっと休憩しようか」

「そうですね。ちょうどいい時間帯なのでお昼にしましょう」


 背負っていたリュックを地面に下ろし、お婆さん手作りのお弁当を取り出す。適当な岩に腰かけた俺たちは、昼食を取ることにした。


 大自然の中で頂く弁当は何とも言えない美味さだ。自然の中でリフレッシュするとはこんな感じなのだろう。二仕事終えたこともあり、少しゆっくり過ごすことにした。


「何かピクニックみたいだな」

「夜はキャンプですよ」

「キャンプと言う名の野宿でしょ。この森で一晩過ごすのかぁ」

「大丈夫ですよ、安全な場所があるんで。日が暮れるまでにそこに移動します」

「そうなの?」

「はい。いつも使ってるんで、安全は保障します。快適かどうかと言われたら疑問ですけど」


 お昼休憩した後、最初の作業は夕食となる素材の確保だった。パキパキに乾いた粘液を川の水の洗い落とすついでに、魚を捕まえるための罠を仕掛けた。筒の中が返しになっていて、一度入ったら簡単には外に逃げられない仕組みになっている。


「これで暫く放置していたら魚が捕まっていると」

「そのはずです。捕まっていなかったら夕食は抜きですね」

「えー」

「だから他の食材も集めながら素材収集に向かいますよ!」


 午前中には体力を使う素材収集だったので、午後は簡単な作業をすることになった。千鶴の簡単が俺の簡単とは等しくないことを知っている俺は、気合いを入れて後をついて行く。






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