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アオハル 〜桜の花びらが舞う季節〜

作者: ほしのしずく
掲載日:2024/03/12

――とある住宅街。




大きめで紺色のブレザーに、おろしたてで襟元がパリッとしたカッターシャツ。


そして、下はダボっとしたズボンと灰色のスニーカー。


何度も校則を読み返した末、真っ黒だった髪をほんのり明るめのトーンである茶色に染め。


カッターシャツのボタンを一番上まで留めながらも、自分で出来る最大限のおしゃれをした男子高校生がいた。


彼の名は、“冬野柚木(とうのゆずき)”という。


彼は幼い頃から繰り返されてきたように、振り返り声を掛ける。


「おーい! 早くしろって遅れるぞー!」


背中には黒色のバックを背負い、その視線の先には彼と同じブレザーにブラウス。


エメラルドグリーンのネクタイ、膝下くらいの長さである紺色のスカート。


艶のある亜麻色の長髪を、春風になびかせている女子高生の姿があった。


彼女の名は、“夏乃(なつの)れもん”おしゃれに目覚めた柚木とは幼馴染の関係だ。


れもんも、また彼と同じように返事をする。


「ちょ、ちょっと待って! 待ってってばっ!」


昔から少しどんくさい彼女は、慌てて家を出てきたようで靴が上手く履けておらず。


その姿を見た柚木は、口元を緩ませながらも近づき肩を貸した。


「ったく! しゃーねぇな!」


その態度に、れもんも俯きながら自分の気持ちを素直に伝える。


「ゆず……その、いつもありがと」


彼女の飾らない言葉を受けた柚木は顔を逸らし。


ズボンのポケットに両手を入れた。


「まっ、あれだ。そんな礼とかいいっての」


そう言うと、耳をほんのりピンクに色づかせ。


今度はポケットから手を出して、れもんへ手を伸ばす。


「ほれ、いくぞ」


しかし、柚木は恥ずかしいのか顔は逸らしたままだ。


なんとも不愛想で不器用だが、優しさの溢れた振る舞いに、彼女はいつもと同じようにはにかみ。


その手を取る。


「う、うん!」


そして、2人で学校へ通う。


一緒に時を積み重ねてきた分。


友人より、遥かに上で。


でも、恋人と呼ぶには未熟で淡い関係で――。




◇◇◇




――1年後、1年前と同じように、桜が舞う季節。


同じクラスにいた冬野柚木と、夏乃れもんは別々のクラスとなっていた。


柚木はもっとおしゃれをしたくて、コンビニでバイトをするようになり。


対してれもんも、昔から好きだった本を読むということから、小説を綴りたいということになり、文芸部へと入部していた。




◇◇◇




――そんなある日の帰り道。


2人は、久しぶりに下校時間を共にしていた。


それはごく自然なことで成長したことで、お互いの時間を持つようになったからだ。


柚木は、自由に使えるお金を手にしたことで、働くことに魅力を感じ始めて、ほぼ毎日放課後にバイトを入れるようになり。


その後もれもんと会うことなく、そこでできた友人と遊ぶことが多くなっていた。


彼女もその理由は違えど、自分のしたいことを部活動をしたことで見つけ。


放課後は、文芸部の仲間と一緒に創作についての話やその活動について。


それが終われば、ファミレスのドリンクバーで将来の夢を語り合ったり。


その仲間達と、遊びに行くようになっていた。


「なんか……こうして、2人で帰んのも久しぶりだよなー」


柚木はけだるそうに、角の色味が薄くなってきた茶色い鞄を、頭の上でぶらぶらとさせている。


その容姿は1年前と比べ背は高く、髪の色もワントーン明るくなっており。


服装も大きめのサイズだったブレザーも着こなし。


そして、真上までしっかりと留めていたカッターシャツのボタンも、一番上まで止めなくなっていた。


夕日に照らされたその姿を見たれもんは、小さな声で応えた。


「その……さ。ちょっと、ゆず変わったよね?」


そんな彼女の容姿も変化していた。


亜麻色の長髪は1年前と同じ。


でも、背も伸び。


より女性らしく綺麗になっていた。


特に目立ちはしない。


だが、それなりにクラスの男子から人気だった。


彼女の隣に柚木が居なかったら、告白されることは間違いないくらいにだ。


そんなれもんの今を知らない彼は何気なく返す。


「マジ?! 俺、変わった? それならよかったー!」


無邪気に自身が変われたことを喜んでいた。


それもそのはずで、柚木は柚木でれもんに格好いいと言ってもらえるように、毎日自分磨きをしていたからだ。


なので、彼にはその”変わった”という彼女の言葉はかっこ良くなった。成長した。という意味で伝わっていた。


そんな柚木を目の当たりにしてれもんは、視線を向ける事無く言葉を発した。


「……うん、変わった。変わっちゃったね」


それは半歩先で、上機嫌にしている彼にも聞こえるか聞こえないかとてもか細い声。


帰り道を通り抜ける春風が、かき消してしまうほどの心の声。


れもんにとって、”変わった”という意味は柚木が感じた成長からくる変化ではなく。


知っていた人が、違う人になっていく様を憂いている感じだった。


その微かに漏れ出た本音が風に乗り、柚木へ届いたのか、足を止めてれもんの方へと振り返る。


「――ん? 今なんつった?」


しかし、彼女は頭を横に振った。


「ううん、なんでもないよ」


それは繰り返されてきた日々とは違う反応。


1年前のれもんなら、柚木に「い、今のゆず。ちょっと苦手かな……」と遠慮気味でも、素直な自分の気持ちを伝えていた。


でも、本音の気持ちを口にしなかった。


だが、彼も同じだった。


1年前の柚木なら、いやホントの柚木なら、「なんかあるならちゃんと言葉にしろっての!」と口籠るれもんを気遣っていたのかも知れない。


しかし、彼も繰り返されてきた日々とは違う反応をした。


「そ!」と一言で返し、自分の何が変わったかダラダラと垂れ流していた。


夕日に照らされていてもわかるほど。


れもんの表情が暗くなっているというのに。


でも、彼女もまた自分を出さず頷くだけ。


そんな2人の間に再び春風が通り抜け桜が舞う。


こうして2人の影は重なることなく進んでいった。


どうにか友人と呼ばれる関係で。


1年前と変わらない道を――。




◇◇◇




――そこから2年の時が流れた。


とある住宅街には3年前と変わらず、桜の花びらが舞い別れと出会いの季節。


そこに緊張感を漂わせながらも気合の籠もった元気な声が響く。


「……じゃあ、行ってくる!」


この声の主は高校を卒業し、今年の春。


新社会人としての一歩を踏み出そうとしている冬野柚木だ。


3年間で徐々に明るくなっていった髪を落ち着いたトーンへと変え。


その身には、紺色でシワのないおろしたてのストライプ柄のリクルートスーツ。


パリッとした真っ白なカッターシャツを着用し。


光沢のある黒色の鞄をその手に抱え、艶のあるダークブラウン靴を履いていた。


装いは、お世辞にも着こなせているとは言えない。


でも、表情は充実しており、3年前入学式へと向かう日と同じ顔をしていた。


彼は、自宅から数歩。歩みを進めると自分の頬を叩いた。


「おっし! 気合いれていくか!」


だが、やる気が空回りしたのか、それとも緊張しすぎたのか躓き。


「っと、あぶね……」


そのまま膝に手を付くと、平然を装う為に息を整えた。


「ふぅ……俺、緊張してたんだな。はは、柄にもねぇ」


頭を上げると、そこには手を差し伸べる亜麻色の長髪をした綺麗な女性がいた。


「大丈夫……? ゆず?」


女性は心配そうな顔をしながら、柚木の顔を覗き込んでいる。


女性の正体は、夏乃れもん。


彼女もまた高校を卒業し、彼と同様に社会人としての歩みを進めようとしていた。


その外見は幼さの残る顔に、亜麻色の髪に相性のいいオレンジベースのメイクを施し。


服装は、オフィスカジュアルと呼ばれるノーカラージャケットと白のブラウスとパンツの組み合わせを着こなし。


佇まいだけであれば、彼よりも数段大人びていた。


そんなれもんは、3年前のあの日と同じように自分の素直な気持ちを柚木に伝えて、もう一歩近づき手を差し伸べる。


「その……ゆず、手。手を握りたい」


あの日と繰り返されてきた日々と同じく、少し口籠るところはあるが、表情は明るく彼を真っ直ぐと見つめている。


また、れもんの言葉を受けた柚木もいつもと同じように、耳をほんのりピンクに色づかせながらも見つめ返し。


その手を握った。


「お、おう!」


そして、2人は歩幅を揃えて歩いていった。


その間には2年前と同じように春風が吹き抜け。


桜が舞う。


だが、もうその声が届かないことはない。


一緒に時を積み重ねてきた分。


友人より、遥かに上で。


恋人よりも少し上となった2人が。


朝日に照らされ影を重なり合せながら、歩んでいくのだから。


光り輝く未来へと。

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