肆:狐が人を化かした話
これはいつの話だったでしょう。長者の娘が狐にたぶらかされたことがございます。
夜な夜な人が寝静まった頃に訪ねてくる気配があるので長者が娘を問いただしたところ、名前も知らぬ青年が愛を囁きに来るのだと、頬を赤らめて答えられたのですね。
まあ長者の怒ることといったら!
村中の男や旅人を締めあげてまわりましたが、誰も身に覚えがありませんで。なんともおかしな話になったと思ったところで、茶店に逗留しておりました旅の僧侶、ええこれも長者の詰問にあった者ですが、その僧侶がこう言うのです。
これは狐狸の仕業に違いあるまい。拙僧に思案があるゆえ、長者どのも村の者たちも、ちょいと手伝ってはくれまいか。そうのたまったそうです。
僧侶の言葉に従って、村人たちは不埒な狐をとらえるために準備をいたしました。
まず狐に気取られてはならぬので銃と犬は固くしまい込みました。次に持参金のごとく金銀財宝と絹錦を用意して、長者の屋敷の一室に山海の珍味とともに積み上げて、そこに娘と僧侶のみを入れたのです。
ええ、婚礼と見せかけて罠を仕掛けたのでございますね。そして村人たちは屋敷の周りにひそんで、僧侶の合図を待って一気になだれ込むという寸法でございました。
いいえ、結局朝まで僧侶の号令はなく、痺れを切らした長者が駆けこんでみると、娘はもちろん用意した財宝は消え、山海の珍味は何者かに食い荒らされておりました。
ただ一人残っていたのは、酒の臭いをぷんぷんさせて高いびきの僧侶だけだったそうです。もっともこれも長者がゆすり起こすと尻尾を出して逃げ出したとのことで。金持ちというのも間が抜けたもの、いえこれは貧乏人のひがみでしょうかね。




