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後編


 気づけば、名無しと世界を旅して百年の時が過ぎていた。

 名無しは一切年を取る気配がない。

 久しぶりに訪れた土地で再会した者は驚くが、名無しは当然のことのように受け止める。

 理解できない者からはそっと離れ、再会を喜ぶ者には手を添えた。

 

 

 そして、さらに数百年の時を経て、ぬいぐるみと共に人間と魔物の仲介役を担いながら旅する青年の話は、世界中に囁かれるようになった。



 賑わう酒場。

 名無しはいつもと変わりなく食事を進める。


「なぁ、聞いたか?名無しが近くに来ているらしい」

「へぇ。それで最近魔物が協力的なのか」


 俺の説得を受けた魔物は、人間と共存する道を探し始めた。

 名無しは、魔物が不当に扱われることがあれば、人間たちを諭すこともあった。


「あぁ、魔物どもには助けられてるが、あの魔王レオンとか名乗ってる連中はどうにかしてもらいたいものだな」

「人間の建築技術を盗んで、いつの間にか森に城を作ってたっていうんだから、大したもんだが。それで、でかい顔して調和を乱されちゃたまんねぇからな」


 聞こえてくる会話に俺は耳を伸ばして立ち上がった。

 飯を食べながら魔力が注がれて、話を聞いてくる許可を得たと理解する。


「おいおい、そこのおっちゃんたち!その話、この魔王バアル様が聞いてやろうじゃねぇか。俺を差し置いて魔王を名乗るなんざどこのどいつだ」


 酒場が騒然としたが、名無しは構わず飯を食べているし、俺は仕方が無く酒場にいた連中を宥めて話を聞く。

 聞けば、魔王レオンはかつて建築現場で働いていた魔族の青年だという。

 魔族として人間の言葉も話せたレオンは、この町の建築現場において仲介役を担う中心人物だった。

 だが、ある時、夢があると言って数名の魔物を連れて退職。

 以来、数十年に渡り行方をくらませていたが、ここ数年の間に町はずれの森の中に巨大な城が建造され始めた。

 周囲は魔物が立ち入りを制限していて近づくことも出来ず、なにが始まるのか住人をひやひやさせている。


「なるほどな。そういうことなら噂を広めてくれりゃ、計画を前倒してきたってのに」

「いやぁ、まだなにか害があるわけでもなかったからな」

「魔王レオンって聞こえ始めたのは、本当に最近の事なんだ。出来るなら、真意を探ってきて欲しいとは思うが、周囲に広めて行商人が離れて行っても困るだろ?」

「事情は理解した。名無し、行くぞ!」

 

 振り返ると、名無しは麦酒のジョッキを手に料理の感想など店主と語らっていた。


「おぉいっ!こらぁっ!俺が真面目に聞き込みしてる最中に遊んでんじゃねぇっ!」

「コミュニケーションは大事だよ。それと適材適所という言葉もある」


 悪びれずに言いながらも、名無しはジョッキを飲み干した。






 森の中に聳え立つ魔王城。

 その風格にバアルはかつての城を思い出して感嘆した。


「まぁ、中々なもんじゃねぇか。俺様の城には負けるけどな」


 名無しの肩に乗って、魔王城へと向かう中、俺たちの前に武装した魔族が立ちはだかった。

 人に近い見た目だが、長い耳も角も牙も人間にはないものだ。


「おうおう、俺は魔王バアル様だ」

「ははっ!」

「再びお目に掛かれたこと光栄の極みにございますっ!」

「うん?」


 打倒魔王レオンと意気込んでいただけに、レオンの部下だろう魔族が膝をついたことに驚いた。


「ご無沙汰しております、エファアル殿」

「エファアル?」


 魔族に案内されて、俺たちは謁見の間に通された。

 堂々と玉座に座っていたレオンが立ち上がり、俺たちを出迎える。

 正確には、俺ではなく、名無しを。

 レオンは、羽のような耳以外は人間と大差なく見えた。この世界では初めて見る種族だ。


「名無しはエファアルって名前だったのか」

「いや。そう呼ばれていただけだ」

「エファアルは決して名前は名乗らない。名を名乗らず、されど、人間の為に魔王討伐に尽くしてくれた我らが英雄」

 

 レオンは手のひらに魔力を具現化させて剣を握った。

 一方、名無しは剣を抜かず、俺に魔力を注ぐ。

 つまりは俺に戦えということだ。


「我らってどういうことだ」

「魔王バアル。お前の復活の為に、俺の家族も仲間たちも殺された。復讐を果たさない限り、俺は前には進めないっ!」

 

 レオンが剣を振り被って走ってくるが、名無しは特に焦った様子もなく、ゆっくりと壁際へと移動する。

 俺は舌打ちしながら魔力を具現化させ大鎌を手にする。


「俺様に真っ向勝負を挑もうとはいい度胸じゃねぇかぁっ!!」


 刃がぶつかり合う。

 持久戦になれば、魔力が供給された分しか使えない俺様の方が不利。

 となれば、無駄な小競り合いを続けるわけにはいかない。

 大鎌を振り回して風刃を放てば、レオンは剣を大剣に成長させ盾にした。

 それでも、防ぎきれない刃がレオンの体を切り裂く。


「貴様程度が俺様に勝てると思ったかぁっ!」

「うああぁああ――っ」

 

 レオンが決死の力で剣を奮うが、俺には当たらない。

 そう、残念ながら今の俺はぬいぐるみ。

 考え無しに剣を振るったところで、この俊敏かつ小さな体には掠らないのである。

 俺が懐に飛び込んで大鎌の柄でレオンの体を吹き飛ばすと、勝負は決した。






 倒れたレオンを名無しが癒しの術で治しつつ、宥める。


「気は済んだか」

「済むわけがない」


 名無しに声を掛けられたレオンは随分幼く見えた。


「なぁ、名無し。お前、こいつとどういう関係だ?知り合いだったんだろ?」

「そうか、お前は勇者一行を知らないのか」


 俺は、はて、と首を傾げる。

 そこで魔力が足りなくなってきて、身体が床に転がった。

 名無しの呆れたため息が聞こえたが、全力で戦った後なのだから仕方がない。


「お茶にしようか」

「……はい」


 魔力が注がれることなく、名無しは俺を抱えるとレオンに案内されるがまま屋上庭園へと移動した。

 魔力が無いと会話も出来ない。


「本当にエファアル殿がいないと何も出来ないんだな」

「以前、そう話しただろう。魔力を注いでもいいか?」

「はい」


 レオンの許可を得て、俺は魔力を注いでもらう。

 喋るだけなら1時間くらい持つだろうか。

 俺は名無しの膝の上で大人しくする。

 屋上庭園のテラスには黒薔薇の紅茶が用意された。

 ぬいぐるみの姿になる前は、俺も好きだった紅茶だ。


「レオンは俺と会ったことがあったのか?」

「俺はエファアル殿が切り刻んだ後のお前を見ただけだ」

「こいつは前の世界で最後の勇者一行の生き残りだよ。俺が魔王城へ行く時に案内を務めてくれた」

「はぁっ!?そゆことっ!?じゃあ、こいつを殺しておけば、お前に殺されることもなかったのかっ!くっそぉーっ!」


 思わず俺が声を上げると、レオンも名無しも思いっきり顔をしかめた。


「それはどうせ時間の問題だ。レオンを恨むな」

「ちぇ。で、その生き残りが、なんでまた魔王だなんて名乗ってんだよ」

「俺は、お前とは違う」

「あん?」


 質問の答えになっているのかいないのかわからない答えが返ってくる。

 レオンの憎しみのこもった目に俺は怯まず睨み返す。


「お前がこの世界の魔王に相応しいのか見極めてやるつもりだった。お前が相応しくないなら、俺がこの世界の魔王に君臨する覚悟だったんだ」

「何言ってんだお前。この世界の魔王ってことは、この世界を壊し、」

「お前と一緒にするなっ!俺は魔物にこの世界を壊させないっ!魔物に人間を襲わせない!人間と共に生きられる世界を創る!その為に、魔族に転生したんだっ!」

 

 レオンが立ち上がって怒りを露わにする。

 レオンの言っていることは、この世界の神が望んだことそのもの。

 俺が神に求められていると思っていたこと。

 なのに、既にその役目を担う者がいたのかと思うと、少し残念な気分になった。


「けど、レオンには決定的な弱点がある」

「あぁ、すべての魔族を従わせるには、俺じゃ弱すぎる。わかってるよ……けど、あんたの言う通り、そいつはこの世界の魔王に相応しくなったのか?今度こそ、世界を平和に出来るのか?」

 

 俺は名無しを見上げた。

 状況が理解できない。


「共に旅をしてきて、バアルは魔物と人間の調和を大事にすることを覚えた。俺は、もうこいつに魔王を任せて大丈夫だと思う」

「名無し?」

「レオン。お前に監督役を任せる。間違った道に進みそうになったなら、その時は俺がこいつの魔力を抜きに来る」

「おおいっ!何の話だね、お前たち!俺にちゃんと説明しろぉっ!!」


 頷き合う名無しとレオンに俺は完全において行かれていた。

 そして、その数か月後、俺はこの世界の魔王として世界中に名を知らしめることとなった。






 あれから数百年。

 レオンが建造した魔王城を中心に、世界は人魔共存繁栄の道を歩み続けていた。

 

「魔王陛下!エズモンド王国とグリフォン航空便の契約が締結されました!」

「ヘルランドの姫の結婚式典の祝辞の草案が出来ました。ご確認をお願いします」

「中央街道の整備事業について、各地の業者から見積もりを集めて参りました」


 今日も今日とて、魔王の執務室には多くの官僚が出入りしている。

 俺は必死に書類を確認しては判子を押していく。こんなの魔王の仕事じゃない、と何度口にしたかわからない。


「あぁ、そろそろ魔力が尽きそうだ。これ以上は働いたら、明日の視察が行けなくなってしまう」


 積まれた仕事を前に魔力による活動制限があることを主張すれば、今まさに書類を積み上げようとしていた秘書の手が止まった。

 これで休めると思ったのも束の間。満面の笑みを向けられる。


「ご安心ください。今晩には、名無し様が戻られるそうです」

「のぉぉおおっ!こんな時ばっかり帰ってきやがってあんにゃろーっ!」


 こうなったら判子を押していくしかない。

 書類が積み上がったままだと、サボっていたなと睨まれて魔力没収のお仕置きをされてしまう。

 俺様が魔王なのに……。

 

 あれよあれよと俺が魔王城の主となって以降、名無しは俺に大量の魔力を注いでは放浪の旅に出るようになった。

 旅の中で、これまで通り、活躍していることは噂で聞いているが、一人だけずるいと思う。

 いつかには妻を娶ったという報告も聞いたが、不老の名無しに普通の人間では夫婦生活も難しいだろう。

 まぁ、俺に何の報告もない以上、知ったことではないが。



 



「えー、本日は御日柄も良く、」


 今日はめでたい日だ。

 魔族と人間の結婚式で、俺は拡声器を手に祝辞を述べる。

 魔族の中でも、人間に近い種族が人間と結婚することが増えてきた。

 もちろん、魔族内での異種族間結婚の例もある。


「きゃー、バアル陛下ー!」

「抱っこさせてぇ!」


 最初こそ不気味な見た目だと馬鹿にされていたこの見た目。

 しかし、魔王の衣装を纏い、醸し出される魔王感に人間も魔族も魅了されるようになった。

 どやぁ。


「ふっふっふっ、君たちも魔物との友好を是非とも広めてくれたまえ!あぁ、新婦のご家族の皆々様、本日はおめでとうございます」


 魔王直々の持て成しに参列している人間たちも気を緩めている。

 こんな時こそ、魔物は怖くないよ。一緒に生きて行こうよアピールをするのだっ!


「はっ!」

「どうされたのですかっ!バアル陛下!」

「は、はしゃぎすぎて、魔力が……」

「なんとっ!すぐに名無し様をお呼びしなければ!」


 副王のセトがすぐに使いを出してくれるが、魔力の消耗を悟った俺はもはや身動きが取れない。

 魔王として祝いの席で倒れるわけにもいかない。しかし、下手に動いても、体勢を維持しようとしても魔力を消耗してしまう。


「まぁ、陛下。大丈夫ですか?」

「あ、あぁ、少し腹が減っただけだ。すまないが、少しばかり席を外させてもらおう」


 なけなしの魔力で応対して、側近たちに会場を連れ出してもらう。


「全く。お前も甘くなったものだな」

「名無しぃ」


 俺に用意された控室で、名無しはのんびりティータイムを過ごしていた。


「魔族と人間の結婚を喜ぶのはいいが、もう少し部下を使うことを覚えろ。魔力がいくらあっても足りないぞ」

「お前がケチるのが悪いんだろっ!」

「はいはい。おいで。見送りには間に合わせたいだろ」


 名無しの腕に抱えられて、俺は流れ込んでくる魔力にホッとする。

 いつか、こいつが側からいなくなったら。

 その時が、俺の最期だ。


「なぁ、名無し」

「うん?」

「もしお前がいなくなったら、俺はどうすればいい?」

「そうだな。そろそろ、次期魔王の育成を始めたほうがいいかもしれないな」

「なっ!」

「なにを仰るのですか、名無し様!」


 俺が驚いたのは勿論、側近たちも驚いた。

 俺は名無しと五百年以上この世界で生きてきた。

 これからも、名無しの魔力さえあれば、もっとずっと魔王でいられるはず。


「この世界は神様が望んだ通り、人間と魔物が共存する世界となった。俺の役目はもう終わったも同然」

「な、なんだよそれっ!そんな話っ、」


 思い返せば、俺がこの世界で目覚めた時に語っていた話だ。

 なんてこった。神様が望む世界を作るために、名無しはこの世界にきたんだった。


「ぉ、お前がいなくなったら、俺は前みたいに人間を襲ったり、世界を征服しようとするぞっ!」

「しないよ。人間たちも魔物も、同じこの世界に生きる仲間だって、お前はもうわかってるじゃないか」


 名無しの声音がいつもよりずっとずっと優しい。

 本当に終わりが近いのだと感じさせる。


「そ、それなら、俺も次の世界に連れて行けよっ!次期魔王がこの世界に残ればいいんだろ?な?」

「魔力が尽きて動けなくなっても、お前の魂がその体に宿っている限りはこの世界の行く末を見守れる。俺の代わりに、この世界を頼むよ。魔王陛下」


 すぐの話じゃないからと名無しは珍しく困ったような顔をした。

 けど、その1か月後。

 名無しは、天の光に導かれるように、姿を消した。






「じゃあ、セト。後のことは任せたぞ」

「はい。バアル陛下」


 俺の魔力は残り少ない。

 名無しがいなくなる前に魔力を注いでくれたが、1年と持たなかった。

 俺は動かず、玉座に座り続けて、少しでも延命を試みた。


「バアル陛下。私たちが、貴方様に魔力を注げたなら、もっと一緒に過ごせましたのに」

「あぁ、お応えにならないでください。これ以上、魔力を消耗されてはなりません」


 毎日のように別れを惜しむように謁見に訪れる者たち。

 魔族だけじゃない。人間もたくさん、魔王城に訪れる。

 魔物を討伐しようなんて、そんな連中はこの世界にはいない。


「俺はここにいる。ずっと、この世界を見守ってる。それが、名無しとの約束だからな。お前ら、仲よくしろよ」


 その後、副王セトが新魔王に就任した。

 俺の中の魔力が尽きても、俺の為に用意された謁見の間には多くの者がやってくる。

 

 

 ……多くの者が、やってきていた。

 

 

 …………かつては。

 

 

 ……なぁ、名無し。俺、独りになっちまったよ。


 

 ……どうしてくれるんだよ。ばーか。ばー……か。




 


 遥か昔。

 世界は、魔王バアルによって創り上げられたという。

 

 魔王バアルは、魔物を愛し、人間を愛し、この世界に住まうあらゆる種族を愛した。

 暴れる魔物を諭し、魔物を恐れる人間を宥め、数百年の時を掛けて、種族による差別意識を排除した。

 その結果、この世界には、あらゆる種族の混血種で溢れている。


 魔王バアルは、特定の種の魔力を生命の源としていた。

 故に、魔力が尽きた後、表舞台からは姿を消した。

 新王セトを始め、多くの者が魔王バアルに見合う魔力の持ち主を探し求めたが、何代魔王が代わろうと、魔王バアルが再び玉座に現れることはなかった。


 魔王バアルの魂を宿した器は、今も世界のどこかで眠り続けている。


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