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前編


 それは、実に屈辱的な出来事だった。

 



 

 

 長い間、異界から現れる勇者に再封印を繰り返され、復活を妨害されてきた。

 だが、ようやく、封印を打ち破り、復活を成し遂げたのだ。

 魔族の者達は魔王城に集結し、歓喜した。


「人を喰らい、領土を広げ、我ら魔族が統べる世を創るのだ!」


 魔王である俺の復活により、魔族は一気に活発化した。

 人々の住む街を襲い、人間を奴隷にして、魔族の街へと変えた。

 貢献に応じて街や領土を与えていき、世界の半分を掌中に収めた。

 

 そんな時だった。奴が現れたのは。






 光の加減で赤みを帯びる美しい金色の髪と澄んだ金色の瞳に、ほんの一瞬、目を奪われた。

 その一瞬の間に、俺の首は体から離れた。

 肢体がバラバラに切り刻まれて、悲鳴をあげることも出来ないまま、俺は倒されてしまったのだ。



 



 あの時、俺はもう死んだと思った。

 むしろ、あのまま殺してくれればいいのに、と今は思う。


「よし、こんなものかな」

「てっめぇっ!よし、じゃねぇよ!俺様になにしやがったっ!」


 意識を取り戻した俺は、仇である奴を前に激昂した。

 しかし、奴はそれを物ともせず、体から魔力が抜かれると俺は動けなくなる。


「とりあえず、魂の定着は成功だな。色々と実験をしたいところだが、それはまた今度にしよう。おやすみ」


 おやすみじゃねぇ、と叫びたかったが、声が出ない。

 わかるのは、自分が人でも魔族でもない、なにかの中に収められてしまったということ。

 封印とも違う、魂の移植が行われたのだ。

 説明を求めたかったが、その為には俺の身体を抱きしめて眠ってしまったこいつが起きるのを待つしかない。

 一体、なにが起きているというのだろうか……。






 再び魔力が込められて俺は声が出る様になった。


「先に言っておくが、お前は動いたり喋るたびに魔力を消耗し、枯渇すると動くことも話すことも出来なくなる。余計なことはしないほうがいい」


 10分話せるだけの魔力を都度補充してやると先に宣言された。

 恐ろしい従属のさせ方をすると思いながら、ひとまず頷いた。


「お前の名前は?」

「バアルだ。お前は」

「……バアルか。さて、状況をどこから説明しようかな」


 名前を聞いたのに無視された。

 見惚れるほど美人なのは認めるが、こんなそっけない態度をされるのは初めてだ。


「おい、こら。俺様が名乗ってやったんだから、お前も名前を教えろ」

「名前は名乗らない主義だ。好きに呼べばいい」


 どんな主義だ。真名かどうかは別として、誰だって何かしらの名前を持っているものだろう。

 心の中でつっこむが、身体を掴まれて俺は慌てた。


「ぉ、おい!俺をどうするつもりだっ!」

「見せたほうが早いかと思って」


 そう言って見せられたのは鏡だった。

 鏡には名無しと、継ぎ接ぎで化物染みたウサギのような見た目のぬいぐるみが映っていた。

 右腕を上げると鏡の中のぬいぐるみの腕が上がる。


「は、はぁぁっ!?」


 俺は思わず叫んで、そこで魔力が一度尽きた。

 魔力が尽きて動けなくなっても意識はある。

 俺は目の前の光景に目を疑った。

 だらりと力なく垂れた腕と耳に、内心だらだらと冷や汗が流れる。


「このぬいぐるみは特別製だから、俺の魔力がないとお前は何も出来ない。封印されたも同然の状態になる」


 再び魔力が注がれたのがわかったが、ほんの微量だ。これではすぐに力尽きてしまうとわかると慎重になる。


「お前、俺をこんな姿にして、どうするつもりだ」

「封印ついでに俺の暇潰しに付き合ってもらおうかと思ってな。魂だけの存在であるお前は、何百年でも何千年でも生き永らえられるだろう」

「お前が死んだら終わりじゃねぇか。お前はどうみても人間。長命な種族じゃないだろ」

 

 長命な種族といえば、魔族かエルフだ。

 耳が短いこいつはどう見ても人間だ。いや、魔王である俺をぬいぐるみに移植したあたりマッドサイエンティストか。


「俺は不老だから」


 ふと、一人称に気づいた。

 美人だと思っていたが、こいつ男か。


「ただの人間じゃねぇのか」

「ただの人間、をどう定義するかによる」

 

 鏡の前から移動する途中に、音に気づいて視線を下げると、金色の髪を引きずっていた。


「なげぇ髪」

「髪には魔力が宿るから、伸ばせるだけ伸ばしてるんだ」


 流石にそろそろ重たいけれど、と言いながら、どこかに髪を引っかけて立ち止まる。

 俺はソファに放り投げられて、床板に引っかかった髪を解く姿を見つめた。

 丁寧に髪を取ると、めんどくさそうにため息をついて、氷の様な塊で雑に髪を束ね始めた。

 魔族の中にも魔力のために髪を伸ばす者はいるが、引きずるほど伸ばす者はいない。


(馬鹿なんだろうか……)

 





 俺は、奴を名無しと命名した。

 名無しは魔力の補充が面倒だからと、一方的に状況を説明した。


 俺がいた世界は、神様が人間と魔族が共存する世界を創りたくて創造したのだという。

 かつては、両者が互いの陣地を侵さずに過ごしたが、いつしか境界付近で小競り合いが目立つ様になり、対立する関係になってしまった。

 日々激化する諍いの中で、魔王が人間たちを蹂躙しようと行動を始めた。

 慌てた神様は、異世界から勇者となる者を呼び寄せて人間達に対抗させた。

 一度は均衡を取り戻したが、やがて、魔王の力が脅威的なまでに増大し、神様は人間に封印の術を与えた。

 魔王封印をきっかけに、封印を解こうとする魔族と、封印を維持しようとする人間の対立は続いたが、それでも均衡は保てる状態になった。


「しかし、神様は失敗した。他の神から要請を受けて異世界に送り出した者が、勇者が魔王の再封印をするために欠かせない人だったんだ。キーマンを無くした勇者一行は、悪魔を前に破れ、魔王は復活してしまった」


 魔王の存在は世界の核すら侵し始めており、世界を再創造する為にも排除しなければ都合が悪い。

 そこで、異世界から呼び寄せられたのが名無しであり、神の要望通り、魔王の魂を回収した。

 その後、世界は滅び、名無しが別の世界を旅している間に新たに創造された。


「今いるのは、再創造された世界だ。この世界では、今はまだ人間と魔族がそれぞれの住処に留まり干渉することなく生活している」


 バルコニーから外を眺めれば、長閑な田舎風景が広がっている。


「俺は、この世界で人間と魔族が共存する為の橋渡し役を任されている。そこで、魔族を従えるための傀儡としてお前を利用しようと考えたわけだ」


 ここでようやく魔力が注がれた。


「お前、こんな姿をした魔王に従う者がいると思うか」


 かつての部下達が今の姿を見たら鼻で笑うことだろう。

 歪でもウサギのぬいぐるみ姿に変わりはない。


「お前の魂は魔王そのものだ。俺の魔力ひとつで威圧感は十分に出せる。と、思う」

「そこは断言しろよっ!」

「……多分」

「おぉいっ!」


 叫んだところで身体から魔力が抜かれた。


「そういうことで、これからよろしく」




 


 名無しが人間と魔族の橋渡し役をすると俺に宣言した翌日から忙しくなった。

 まずは世界の現状を把握してもらう、と言って、名無しは俺を連れて世界中を旅して回った。

 地理や歴史、各国の文化、主要人物に至るまで把握するように言われて、時折抜き打ちでテストされる。

 ちゃんと覚えていなければ、ぬいぐるみから魔力が抜かれて近隣の街の子供達のオモチャにされた。屈辱である。


「このぬいぐるみ気持ち悪い!」

「んだよこれ、ウサギはこんなじゃないぞっ!」


 子供達の教育が悪いとオモチャどころかゴミの様に扱われて、プライドはズタボロである。

 仕方なく、俺は名無しに教えられることを覚えるしかなかった。


「なぁ、名無し」


 移動中は、名無しのコートのフードの中が俺の定位置だ。

 長ったらしい髪はコートの中か、肩にかけさせている。


「なんだ?」

「なんで、お前はこの世界のためにそんなに頑張るんだ?」


 名無しは自分のことはなにも語らない。

 旅の中で出会う者たちにも、名前は名乗らず、俺と同じ様に名無しと呼ぶやつもいれば、旅人さんとか剣士さんと呼ばれている。

 そう、こいつは腰に剣を下げている。俺を切り刻んだ剣だ。忌々しい。


「お前がいた世界はどんな世界だったんだ?」


 ならず者に剣を振るうこともあれば、魔術を使うこともある。

 異世界を巡っている中で身につけたのか、魔術はいくつ系統があるのかわからない。

 俺よりも、こいつが本気になれば世界を滅ぼせるんじゃないかと思うくらい、強大な力を秘めていることは間違いない。


「なぁ、名無し」

「うるさい。魔力抜くぞ」


 行動の自由が奪われるのは嫌なので俺は黙る。

 決して美人が凄むと怖い、という怯えではないのだ。


「最近、街道沿いの森にゴブリンが現れるようになって困っているんですよ」

「わかりました。じゃあ、大人しくさせてきます」


 街の人の声に二つ返事で答える名無し。

 しかし、街を出れば、俺に出番だと言って魔力を注ぐ。

 こいつは戦えるくせに魔物相手には必ずと言っていいほど俺を使う。

 まぁ、理由はわからないでもない。


「おいこら、お前らぁっ!人間襲って遊ぶなんざ、つまんねぇことやってんじゃねぇぞっ!理由があるなら聞いてやるから教えやがれっ!」


 ゴブリンの前に出て俺が叫ぶと、奴らは俺の魔力に恐れをなして震えあがる。

 特別人間を襲う理由がある訳ではなく、ただ、ふらりと行動範囲を広げてみたら人間がいて、驚く姿をみて愉快だったと言う。

 実にくだらない理由だ。


「しゃぁねぇやつらだな。人間ってのはな、姿形が違うだけで共存可能な生き物だ。魔物同士だって意志が通じなくても共生している奴らはたくさんいるだろ?」

「はぁ……」

「けど、奴らは魔物狩りなんてするような連中ですよ。油断すればこっちがやられちまう」

「そうだ。その前に魔物には逆らえねぇって教えてやらないと」


 口々に主張する連中に俺は待て待てと宥める。


「それは、お前たちが人間に恐怖している証拠じゃねぇか。あいつらはきっと襲ってくる、なんて先入観を持って、殺気出して近づくから襲われるんだ」

「なっ、別に俺たちは人間なんざ怖くねぇっ!」

「いいや、怖がってるね。怖くないなら、別に普通に仲良くなればいいじゃないか。暇だから遊んで欲しいだけなんだって示せば、言葉が通じなくてもわかりあえる」


 俺が必死にゴブリンを言い包めている間、名無しはただ木に寄りかかっていた。

 少しは手伝え、と思うが、流石の名無しも魔物の言葉を聞くことは出来ても、発声器官を魔物に合わせることは出来ないらしい。

 だからこそ、魔物の前には俺が出るしかない。

 ちなみに、俺が人間の言葉を理解出来て、人間にも魔物にも通じる言葉を発声出来るのは、名無しがこのぬいぐるみに施した仕掛け故らしい。

 詳しくは知らないし、異界のよくわからん技術を知ったところで何の得にもならないから聞かない。


「おい、名無し。こいつらに人間とのかかわり方を教育してやろうぜ」

「うん。丁度行商人の馬車の音が聞こえてくるから、謝罪ついでに荷運びでも手伝わせよう」


 名無しがなにを言っているのかはゴブリンたちには通じていない。

 俺が奴らを納得させるべく懇切丁寧にまた話をしなければならないということだ。

 こんにゃろう。


「あぁ、良く出来たご褒美に魔力を少しくれてやろうか」

「わぁーい!名無し大好きぃ」

「気持ち悪い」


 気持ち悪い見た目に作ったのはどこのどいつだ。けっ。

 不意に頭をなでるようにして注がれる魔力に荒んだ気分は安らいでいく。

 自由に行動できると言うのはいいことだ。


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