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四章 新たな出会い、一時の安らぎ

三章の続きです。


数分して、エレナが学園長との会話を終えて戻ってきた。

要件を聞いたところ、先日の件について補足をしていたらしい。

学園長の座は、帝国の皇帝とまでは言わずとも、それに最も近いくらいであると評価するものも多い。

次に会う時は生首なのではないかとヒヤヒヤしていた緊張のいが糸ようやく解けて、空腹が襲ってきた。


「ガッツリしたものか落ち着いたところかどっちに行きたい?」


ガッツリ


即答した。


「もう十四時前だぜ?腹減って倒れそうだ」

「早くしろケニー、少しでも早く飯を食って訓練に戻りたい」

「あいあい急かすなアルファード。……ならここは無難に肉でも食いますか。そこにステーキが美味くて有名な店があるからそこにします?」

「……そこって多分お酒メインのお店よね、あんたお酒飲みたいだけなんじゃないの?」

「変なこと言わないでくれよ。昼間っから酒飲むわけないだろ。遅咲きはこれだから…グフッ!!??」


ミーシャの右ストレートがケニーの溝内を襲った。


「早く立ちなさいケニー。お腹が空いたわ」

「…おん…まえ…自分でダウン取っといてよくもまぁ……」


理不尽ではあるが、これはケニーの自業自得だ。

長い付き合いとはいえ、女性への気遣いは怠ってはいけない。良い教訓である。

(うずくま)っていたケニーが苦しそうに立ち上がり、ようやく移動を始めた。


先程昇った階段を降り、校門を出て真っ直ぐ歩いて約五分で目的の場所に辿り着いた。

看板には「boheor(ボヒョール)」と店名が大きく彫ってあった。

外観はレストランというよりはバーみたいだと感じるが、他の客の食べているものを見ると巨大なステーキが鉄板の上で油を滾らせていた。

まだ昼時ということもあってか、店内には家族で来ていたり、カップルで来ている客もいて様々である。


そんな中一際目立つのは、同じ制服に身を包んだ客で囲んでいる席だ。

胸元に付けているのは黒いひし形の校章、そして俺たちと同じ赤のネクタイを着用している。

つまり帝国出身の一年生である証である。

部造作に散らした長髪の男子、肩にかかったパーマの茶髪が特徴的な女子、そしてやや幼い見た目をしている少年がこちらに目線を向けた。

生まれが違うから敵対視するというわけじゃないし、軽く挨拶だけしておこう。


「…カミュ王子か?」


長髪の男子生徒が俺に話しかけた。


「おっとご明察。どこかで会ったか?」

「親父が王国に行った時に見たと話しててね。特徴が一致したから」


その生徒は言葉は繋げた。


「名乗るのが遅れたな。俺はアーヴァ・ダ・リゲス。よろしく」

「……あ、リゲス公の息子ってことか!」

「そういうこと。サファイア色の瞳を持った色男だったと話してたよ」

「おーよく特徴をとらえてるな。いい目してるぜ」


アーヴァと名乗る生徒は違いないと綻んで、俺も笑った。

変に敬語で話されるより、こういう方が性に合っているが、王族としてどうかと思われてしまうのはほんとに窮屈だ。

現にケニーがアーヴァに睨みを利かせにいってるのがいい例だ。


「アーヴァさん……一応彼王族なんで言葉遣いは気をつけた方が良いかと……」

「これから共に学ぶ仲間なのに堅苦しい礼儀は似合わないだろ。彼と本当に友人ならそういう(しがらみ)は無くすべきじゃないのか」

「……こっちにも事情ってのがあるんでね」

「ピリピリすんなケニー。こっち来いよ」


雲行きが少し怪しくなりそうだったから無理やりこっちの席に引き戻した。

ケニーが横目で一瞬アーヴァを睨んだように見えたのは、多分見間違えじゃないのだろう。

国のお偉い様同士、ましてや帝国と王国で争ってたら悪い意味で目立ってしまう。

ここは穏便に済ませてまた後日交流を図ろう。

幸い向こうもあの少年がもう少しで食べ終える頃だ。


「早くしてよカイン、王国の人間の傍に何分座らせるつもり?」


向こうの席の女子生徒が突如そう言いだした。


「止めろマリアンナ。カミュたちに失礼だ」

「その人たちの味方するんだ、アーヴァ。……私帰る。()()()感染(うつ)るわ」


説教を続けそうなアーヴァを何とか言いなだめた。

目立つ言い争いを避けたいのはケニーやミーシャも同じのようで、気にしている様子を見せなかった。

しかし、それまでのやり取りに一切興味を示さなかったアルフォードが席を立ちマリアンナという女生徒の前に立った。


静かに佇むアルファードに尻込み、歯切れは悪いが口を開いた。


「な、何よ……」

「誰が腰抜けだ?」

「あんたたちのことを言ってるんだけど。そんなことも分からないくらい馬鹿なのかしら?」

「マリアンナ、お前いい加減に……」


アーヴァが言い終わる前に、アルファードの腕を抑えた。


「……手を離せ、カミュ」

「なら拳を下ろせ。女に手を上げるのは見過ごせない」

「戦場で敵が女でも同じことを言うのかお前は」

「ここは店内だ、戦場じゃない。戦士としてじゃなく男として振舞え」


俺に諭され少し落ち着き自分の席に戻ろうとしたアルファード。

マリアンヌという少女もさっさと店を出ようとテーブルから離れようとした。


「王子まで腰抜けなんて最悪ね」


極めて小さい声で放たれた捨て台詞は俺にしか聞こえないくらいの声量だった。

しかし、俺の向かいに座っていたエレナもそれを聞き逃さなかった。

席を立ったかと思うと明らかに怒りを顔に張り付け、彼女に近づいていった。


「エレナ戻れ」

「ですが……」

「俺のことは気にすんな」


納得してない様子でエレナは席に戻った。

隣のアーヴァたちの席に座っていたカインという生徒が食べ終わったところで、アーヴァたちは店を出ようとした。


「本当にすまない。あいつはずっとあんな調子で王国を毛嫌いしてるんだ。後で言い聞かせておく」

「そんなことは別に気にしてないさ。けど何であいつは俺らにこだわるんだ?」

「明らかに変化があったのは四年前だ」

「…『シェラクの悲劇』辺りが一番でかい事件だな」

「察しがいいな。彼女の母親と姉はそれで命を落としている」

「王国も救援を送ったからな。ただ決着はすぐについた事件だった」

「ああ、二日でシェラクは焼け野原になった」

「それがきっかけとして、何で俺らはチキン扱いなんだよ?」

「それは本当に分からない、何か事情があったんだとは思うが……」

「いいよ、気にしてない。長話(ながばなし)してすまない。ありがとう」


会話を終えて、アーヴァたちは店の外へ出ていった。

気を使ってくれていたのかみんな黙っていたので何か気の利いたことでも話そうとすると……


「お待たせしました~」


ウエイターが俺たちの注文した料理を持ち運んできた。

ケニーとミーシャ、そしてもちろん俺は目を輝かせ、フォークとナイフを手に取った。

鉄板の上で熱せられた分厚い巨大なステーキが油を落とし、その油が跳ねる。

空腹の状態でこんなものを見てしまったからには食わずにいられない。

ナイフを通して肉を一口サイズに切り、フォークで刺した一片のステーキの熱気を息で少し飛ばして口の中に入れた。



……


……うまい


咀嚼するたびに溢れる肉汁、香ばしい香り、どんな風に作ったかも分からない謎の絶品のソース。

はっきり言うなら、王国で食べたどんな料理よりも美味かった。

そう感じたのは俺だけであるはずはなく、全員の顔を見ればこのステーキへの感想は聞くまでもなかった。

しかし、先ほどのマリアンナという少女の態度がどうも俺の心に残ってしまった。


アルファードは訓練場、ミーシャは近くにあったコスメ店、エレナは学園長と少しだけ用事があるとアルファードに着いて行った。

俺は特に用事もないし寮に戻ることにし、ケニーも一緒についてきた。


「なんか懐かしい感じですよね、四人が揃うのは」

「今はエレナもいるから俺は少し新鮮だよ」


………


「ケニー、アルファードがあぁなったのは…」

「……多分王子は察しがついてるでしょうが、当然二年前の遠征です」

「それが知れただけでも十分だ。いつかあいつ自身に聞くさ」

「あいつがさっきの女子にキレた理由は分かるんです。でもそれは自分がそう言われたことじゃないと思います」

「だろうな、凶暴になっても優しいっていう芯はそうそう折れないか」

「はい。見てるこっちの身にもなれってやつですよ……」


無意識に、俺の口からは小さな笑い声が(こぼ)れていた。

そんな世間話をすることは昔なら特別ということはなかった。

昔は誰かの家に行っては日が暮れるまで遊んでは、結局誰かの家に泊まっていた。

きっとあの頃の日常っていうのはそういうものであって、それが続くことを何とも思っていなかった。

ただ、同じ時間は永遠には続かないということだけは考えておくべきだったと思う。

俺よりも年上のケニー達は、十歳を過ぎた辺りから顔を合わせる機会が少なくなっていった。

残された俺とアルファードも二人で遊ぶ機会はあれど、二人が居ない空間に違和感を感じてしまい、気づけばお互い疎遠気味になっていった。


しかし、俺たちは再びこの学園に集結した。

同じ学び舎の生徒として。

きっと、この学校に来ていなければこんなことは起きていないだろう。

それぞれが変化を遂げた。

同時に、変わらないものもあった。

貴族としての責任の強さと裏腹に情けない一面もあるケニー、美容に気を遣うようになったが根はやんちゃなままのミーシャ、言葉遣いや態度は荒くなったが本当は優しいままであるアルファード。


空を大きく見上げて体を伸ばし、深く深呼吸をする。

全身をリラックスさせて……


「また集まれてよかった、本当に」


そう心の中で呟いたつもりだった。

ケニーがこちらをニヤニヤした顔で見ていることに気づくまでは。


「……声出てたか」

「俺も嬉しいっすよ王子ぃ」

「うるせぇ」


いじりに来たケニーを軽く小突いた。


どこにでもある些細なやり取りが酷く幸せに感じられるのは、長い間無意識に寂しさを感じていたからかもしれない。


……まあそれが事実だとしても、調子に乗るから絶対にこいつらに言わないが。


「あ、王子荷造りまだでしょ?手伝いますよ」

「せっかくだし頼もうかな。ありがとう」

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