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三章 決闘


「俺と戦え、エレナ」


唐突なアルファードの発言に俺たちは驚くことしかできなかった。

それでも動じることのなかったエレナが言葉を返した。


「なぜ私と?」

「勘だ、こいつの従者をやっているなら弱くはないのだろう?」

「……分かった。エレナ、俺もお前に戦ってほしい」


少し迷ったが、エレナに戦うように頼んだ。

というのも、決闘を通して得られるメリットが多いからだ。

一つは、アルファードの実力を知ることができること。

俺と離れている間にどれほどの成長をしているのか、それはアルファードに限らずケニーたちについても知っておきたいのだ。

もう一つは、エレナを知ってもらうきっかけにしたいからだ。

得体の知らないやつが、次期国王の従者っていうのはどうしても不審がられてしまう。

特に、出自をダシにする阿呆が出る可能性は高い。

せめて俺を守ることができるくらいの力はあるということを知られておけば、この学園で無礼(なめ)られることはない。


「その代わりにだ、アルファード」

「なんだ?」

「これが終わったら一緒に昼飯を食べよう」

「時間の無駄だ、断る」

「ならこの話はなかったことに…」

「…チッ、分かった」


少し不安げにミーシャが俺に小さな声で話しかけた。


「王子、アルファードは強いです。いざとなったら止めなければ……」

「安心しろ、エレナも強い」

「何を話してる?早く戦いたいんだが」


既に模擬剣を構えているアルファードがもう待ちきれないと言わんばかりの顔でこちらを見た。

対して、エレナは少し煮え切らない様子でこちらを見た。


「そういえば審判って誰がやりますか?公平な立場の方がやらなければいけないと生徒手帳には書いてありますが」


エレナがそう言った後に、俺もすぐ生徒手帳を確認した。

たしかに、「決闘規約」という項目にそのようなことが記されていた。

そうなると、俺はエレナの主という肩書き上、審判には不向きだった。

贔屓をするつもりはないが、傍から見たら不正をしたと思われかねないからだ。

ケニーとミーシャもそれは同様、アルファードと親交があるから審判をするのは難しい。

審判がいない以上、決闘は原則成立できないのだ。

どうするべきかと悩んでいたところ、一人の長身の男性が訓練場に入ってきた。

黄緑色の長髪に気づいた瞬間、俺は誰かが分かった。

ケニー達のように比較的頻繁に会っていたわけでもない。

ただ、その人の容姿は十年は経っているにも関わらず当時のままだったからだ。


「私がやろう。これで決闘は成立するはずだ」


学園長グレイマン・ダ・ヴィーダが登場したことに、その場にいた生徒は声を抑えられなかった。

その驚きは、決闘の審判をすることでなく、姿を現したことに対してだった。

どうやら学園長は滅多に生徒の前に現れないらしい。

なら何をしているのか。

それを知る生徒は、俺を含めこの場にはいなかった。


「構わないかい、二人とも?」


アルファードは頷いた。

同様に、エレナも賛同したようだ。


「制限時間は三分間。模擬刀が相手に当たった場合、及び対戦相手が降参を宣言した場合のみ勝敗を決する。使用武器は模擬剣のみ、神素(ギフト)の使用を許可する。審判はグレイマン・ダ・ヴィーダが務める」


「一切の情けを掛けず、」

「それが戦士の証である」


決闘開始(アルーケ・オーファン)


――ダッッ


開始直後、二人の戦士は大地を蹴った。

距離は一瞬にして縮まり、最初の一振りは剣が打ち合い、その反動で互いに距離を取る。


……


数秒二人は静止した。

互いの間合いを図るべく、牽制を続け…


ッッッッ!!!!!


仕掛けたのはエレナだ。

先程よりさらに早いその接近にアルファードは反応した。

しかし、攻撃の主導権はエレナに渡る。

僅かに崩れた姿勢をとったアルファードをエレナは見逃さなかった。

そこに打ち込まれる数発の剣撃、受け切るのが精一杯……かと思われた。

アルファードの剣を振り払いとどめを刺すため突きの狙いを定め放つエレナ、その渾身の突きをアルファードは右に躱す。

加えて、突き出されて無防備なエレナに向かい、すかさず回し蹴りを繰り出すが、エレナは刃の根元で防御した。


「……すごい反応速度ですね」

「ただの勘だ。そんなことより本気は出さないのか?」

「そちらも、まだ全力ではないのでは?」

「…この打ち合いだけで見抜くのか、少し本気を出せそうだ」


ジジジ……


僅かに走る電流、それは二人から発せられている神素(ギフト)である。

雷の特性は近距離における破壊力と速度。

それは基本的に武器に流し、武具を強化するものだが、扱いに長けるものは自身の体に雷の力を纏わせる。

互いに雷の神素(ギフト)を得意としている場合に起こるのは、速さが戦場を制する打ち合いである。


――ゴンッッッッ!!!!


雷の神素(ギフト)によって強化されたアルファードの脚は一度の踏み込みでエレナの間合いに入ろうとする。

…が、その急接近を見越していたエレナも同様、走力を乗せた剣で迎え撃ち、勢いを殺す。

勢いは一度止まったが、アルファードは自力でその剣を無理やり振り下ろそうとする。

剣が地に着くことは戦場では隙となる。

それを感じたエレナは腕に雷の神素(ギフト)で強化して迎え撃つ。

それでも剣の勢いは止まらない。

アルファードは雷の神素(ギフト)が流れているエレナの攻撃を、自身の筋力のみで押し切っていた。


一瞬口元を歪めるエレナ。

しかし彼女は自身の腕に更に雷を流し込み、アルファードの剣は徐々に押し返されていった。

後ろに下がったアルファードをエレナの俊足が追撃する。

左足から繰り出されたエレナの足蹴は、アルファードの右頬を蹴り抜いた。

吹っ飛ばされてすぐ受身をとったアルファードだが、顔を上げてすぐにエレナがいないことに気づく。

アルファードだけでなく、その場にいたほとんどが彼女を見失った。


ジ、ジジジジ、ジジ…



アルファードが両脚と両腕に電流を流す

空を見上げ、視線の先に彼女の姿を見つけたアルファードは迎撃の構えをとった。


「ハァァァァァァァ!!!」


迎撃の体勢をとったアルファードに、エレナは剣を振り下ろした。

高速落下の勢いが加わった彼女の剣は破壊の剣と化していた。

アルファードはその一撃を正面から迎え撃つのかと思ったが、その予想は外れた。

彼の剣の軌道は横から描かれた。

つまり、彼の狙いは敵の武器を()()することだった。


バキッ


横から強い衝撃を加えられたエレナの訓練剣にヒビが入る。

攻撃した場所は、さっきアルファードが回し蹴りを入れた場所だ。

おそらく、あの瞬間からこのことを計算に入れていたのだろう。

神業と言っていいこの技を誰が真似できるのか。

思いついても実行するものはいないはずだ。

少し剣を振るのが遅れれば、少し刃を折るための力が足りていなかったら、それは確実に敗北に繋がる。

真剣ならば、それは死を意味する。

しかし、アルファードは躊躇いなくそれを成し遂げた。

技術や身体能力も当然凄まじいが、最も恐ろしいのはその精神力と度胸だった。


振り抜かれたアルファードの剣は、エレナの武器を破壊した。

勝負はそこで決着したように思われた。

エレナの足払いがアルファードの姿勢を崩すまでは。


「――――――なっ!?」


思わず尻もちを着いたアルファードにすかさず(かかと)落としの構えをとるエレナ、咄嗟に反応したアルファードは彼女の攻撃を刀で受けた。

雷の神素(ギフト)を大きく纏わせたエレナの攻撃は全身に伝わった。

身体能力が著しく高いアルファードを以てしても、その威力は絶大だった。

アルファードが怯んだ瞬間に、先程破壊された剣の刀身を片手に握った。

リーチを失った彼女の唯一の勝ち筋、それは身軽になった体での接近戦だった。

それに勘づいたアルファードも、左に回り込みながら彼女に接近する。

その場にいた全ての者を虜にした激戦は終わりを告げた。


「そこまで。制限時間経過でこの勝負は引き分けとする!」


学園長が試合終了を指示した。

互いに刃をあと一歩のところでピタリと止め、剣を下ろす。


「良い試合でした、アルファード様」

「…たしかに、ここ最近では一番楽しかった。が……」

「?」

「制限時間の縛りは邪魔でしかないな。楽しさが削がれた」

「私は良いと思いましたよ、速さが重要な戦場ではどんな戦いでも素早く勝つことは有益なので…」

「実践寄りであったと?たしかにお前の意見も一理あるが、どうしても模擬戦では成立できないものはある」

「……殺生の有無でしょうか?」

「察しがいいな、その通りだ。命を懸けていない以上、それは真の力とはいえん。そうは思わないか?」

「私は正直強さに興味がありません。カミュ様をお守りするために、私は命を賭けるだけです」

「……気に喰わんな、狂犬め」

「恐縮です」


笑顔で答える彼女に、嫌悪の表情を見せるアルファード。

だが、その顔にはどこか強者と戦えたことへの満足感も隠れていた。

機嫌が良いであろう内に昼飯に連れて行ってしまおうと俺は二人のもとに駆け寄った。


「満足したか?アルファード」

「……手応えはあった」

「そうか、エレナは?」

「私は戦いが好きなわけではないので。ですが、これからも定期的に手合わせ願いたいですね」


その言葉にアルファードは快く首を縦に振る…と思ったのだが、どうやら少し不満げだった。


「まだ何か不満か?」

「……いや、それより飯に行くんだろ?行くぞ」

「その前に汗ぐらいは流していけよ、あっちに流水所があるんだから」

「めんどくさい」

「貴族の自覚ぐらいは持っとけ!ほら、行くぞ!」


そんな会話をしていると、先程審判を務めていた学園長がこちらに来た。


「挨拶が遅れましたね、カミュ・キーガン様。学園長の……」

「グレイマン様、ですよね。お久しぶりです」

「十年も経つとやはり変わりますね。より一層ユーリス様と似た容姿に成られた」

「勘弁してください。あの堅物と似ているなど侮辱と同義ですよ」

「いいえ、先程の貴方の眼光は御父上を彷彿させましたよ。あの戦いを感覚だけでなく理解を織り交ぜながら見るその眼は若き日の……」

「お褒めいただきありがとうございます。ですが、俺にとってあの男はそれ程の男ではありませんので…」

「……無礼をお許しください。親子の間柄でしか見えないものもありますからね」

「こちらこそ細かいことを頼んで申し訳ありません」


こちらに歩いてきたケニーとミーシャの目線が学園長と合った。


「お初にお目にかかります。グリードレッド家長男ケニー・グリードレッドと…」

「ダースロッド家長女のミーシャ・ダースロッドでございます」


目を大きく見開いた学園長がやや大きい声で言葉を発した。


「あの時の!?……いやぁ、時の流れは早いですね、本当に……」


ミーシャが不思議そうな顔をして学園長に問いかけた。


「私たちと会ったことがあるのですか?」

「ええ、確かミーシャ様の御兄様が六歳ほどでしたのでお二人は三歳辺りでしたかな」

「……初耳ですね、親からも聞いたことがありませんでした」

「やはりそうですか。私はあまり良く思われていなかったようでしたので、もしかしたらあまり話題に出さないようにしていたのかもしれませんね」


親父の執拗なまでの入学阻止は、もしかしたらこの学園長の存在があったからかもしれない。

面識はほとんどないが、少なくとも俺にはこの人が悪人に見えなかった。

人物の性格は行動にこそ表れるという経験則から見ても、この人の振る舞いは気品で溢れていた。

この人に関する情報があまり公開されていないところが疑念を生むのかもしれないが、その姿とカリスマ性を感じたものはそんな疑念を抱かないのだろう。

しかし、仮にそうであるとしてなぜ俺の親父の一派は彼を邪険するのか。

その理由は今の俺には分かるところではなかった。


どことなく申し訳なくなってしまった俺に、学園長は別の話題を話し出した。


「カミュ様、今お時間に余裕は……」

「大丈夫です。あと『様』は不要ですよ、学園長。ここでは俺たちは一人の生徒に過ぎません」

「……あぁ、分かった。カミュ」


???


その呼びかける声に、俺は不思議な感覚を感じた。



「……あ、ええとそれで、何か要件ですか」

「あぁ、少しの間エレナと話をさせて欲しい。構わないかい?」

「それはいいですけど、どんな要件で……」

「先日のことで少しだけお話を」


あ………


その瞬間、俺の頭の中に()()()()()()()()()()という会話 がリピートされた。


……


血の気が引くとはこのことを言うのだろう。


「せ、せめて命だけは……」

「そんな大層な話じゃない。十分あれば終わるよ」

「後処理がですか?」

「話がだ!しばらくの間構わないかい?」

「私は構いませんよ」


身なりを整えてきたエレナがそれに応えた。


「まだ交渉の余地があるということですし」

「頼むから命を大事にしてくれ」


はぁ、とため息を吐きながらも殺されはしないと信用した俺はエレナを待つことにした。

しばらくして髪が濡れたままのアルファードが戻ってきた。

ほっとけば乾くと言っていたが、ミーシャは無理やり水滴をタオルで吹き始めた。

姿は大人になっても、当時のような懐かしい空気を感じられるこの空間は、王宮の自室なんかよりよっぽど居心地が良かった。

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