異世界転移
さあ読み始めよう。これは読者と作者。俺たちだけの物語だ。
「皆の者、静まれ!!」
やけに響いたその声に、生徒たちは一斉に声がした方向を向いた。俺もその例外ではない。そこには髭を生やし、王冠を被った男がいた。いかにも王様だと言わんばかりの格好だ。しかし仮に王冠を被っていなかったとしても、俺たちはその男が王様だと直感で理解できただろう。それくらいの威厳がその男にはあった。
不思議なことに、騒ぎ出す奴は一人もいなかった。いや、騒げなかった。これはきっと捕縛系の魔法なんだと思う。ここは確実に日本ではないはずなのに、その男は日本語で話し始めた。
話された内容を簡単にまとめると
①ここは異世界であり、アクネット帝国という国であること。
②転移したのは全員同じ学校の生徒だということ。
③一人一つずつ「天職」と「武器」が神から祝福されるということ。
そして④一ヶ月後に勇者を決めるトーナメントを開催するということだ。
勇者になれるのは四人。つまり準決勝まで勝ち上がったやつが勇者ってことだ。この四人にはパーティーを組んで魔王を討伐する旅に出てもらうらしい。そして勇者になったやつには旅における豪華な食事と高級旅館での宿泊が約束された。
話が終わると、俺たちは水晶がたくさん置いてある部屋に連れて行かれた。
「ここで神からの祝福を受ける。水晶に並んで天職と武器を受け取れ」
ここでやっと体が自由に動くようになった。神からの贈り物に他者は干渉できないとかそんな感じなのかな?知らんけど。
すると早速お決まりのアレが起きた。
「俺たちを元の世界に返せよ!!」
「そーだそーだ!!何が神だよ!」
「ねぇー、スマホないんだけど、返して欲しいわぁ」
「警察に捕まるのがオチですよ。今ならまだ間に合います。僕たちを解放しなさい!」
どうする?見せしめに殺すか?それとも魔法を見せて現実だと分からせるか?それともそれとも……。
俺はこの先の展開が読めず、ワクワクしすぎて笑みが溢れた。すると一人の少女が声を荒げた。
「皆さん静かにしてください!!!」
生徒がみんな黙り、その少女の声に耳を傾ける。
「今まで皆さんが黙っていたのは何故ですか?動けなかったからでしょう?話せなかったからでしょう?現実逃避したい気持ちも分かりますが、これは現実だと認めるべきだと思います」
これは珍しいパターンだなぁ。あの少女はファンクラブが出来るほど人気の生徒会長で、容姿端麗、成績優秀。妬んでいる奴もいるが、尊敬している奴の方が圧倒的に多い。この場を収めるには一番の適任者と言えるだろう。
少し間を置いてみんなが小声で愚痴を言い合いながらも水晶に並んだ。
500人ちょっといる生徒たち全員に捕縛魔法がかけられていたことから、この世界の魔法技術はある程度進んでいると言えるだろう。まぁもちろん大量の魔道士で時間をかけて準備した可能性もあるが。それでも俺は楽しみでしかたなかった。
もしこの異世界転移の主人公が俺なら。この魔法技術が進んでいるであろう世界を乗り切るだけの力が手に入るはずだ。民のために魔王を倒す気なんてさらさらない。
これは俺のためだけの異世界転移だ。
いよいよ番が回ってきた。近くにいた神官に「水晶に手をかざして」と言われたので、俺は言われた通りに手をかざした。すると魂が抜けていくような感覚を覚えた。
気付けば、俺は不思議な空間にいた。広いと思えば無限のようにも感じるし、狭いと思えばゼロのようにも感じる。そんな場所だ。声も出せないし、動くこともできない。俺はただただ変化を待った。三十秒くらい待って、俺は何かに囁かれた。
「セルフィッシュが欲しいか?」
俺は「欲しい」と言おうとしたが、やはり声が出せなかった。するとソレは喧嘩を始めた。
「セルフィッシュ。彼はマモンが目をつけていました。彼も大罪武器の方が欲しいはずです。引きなさい」
「嫌なのだ。セルフィッシュはわがままなのだ。だからコイツはセルフィッシュのものなのだ」
大罪武器に興味はあるが、正直俺はセルフィッシュに惹かれていた。なぜかは分からない。けどコイツとなら大罪武器なんかよりも強くなれる気がした。
「嫌なのだ、離すのだ!!セルフィッシュはコイツと一緒になるのだ!!」
「いいからきなさい!!」
セルフィッシュの必死な手が、刀身が俺を掴もうと伸びてくる。しかし俺は動くことができない。
「手を伸ばすのだ!!」
そんなこと言われてもと思ったが、俺は考えを改めた。
これくらい成し遂げないと主人公になんてなれないよな。
「俺の元へ来い。セルフィッシュ!!!!!」
俺は想いの強さと気合いで手を伸ばし、セルフィッシュをこちらに引き寄せた。
読んでくれてありがとう!毎週火曜日と金曜日の12時に更新!