ハナ
初めて恋した女の人と。
なかなか進展しない。
でも、楽しく暮らしていたのだが。
恭一おじいさんがやってきて、真面目な顔してハナさんに『これからどこいくんだ?』と、聞いた。
ハナさんは下を向いて『いくところはない。だから好きなところに行くわ』と、言った。
恭一おじいさんがしばらく考えて、
『提案なんだが、この村にパン屋があるんだ。
天然酵母の他県からもお客が来る人気のあるパン屋だ。
人を募集していたようだよ。そこで働いてみては?』と言った。
『住まいは。そーだねー。ここでよければ、ここで寝泊まりしてみては?そうすれば、家賃かからないしな』と、続けて簡単に言った。
俺は驚いた。
ハナと暮らせるなんて!
楽しそうだ!(もう呼び名はハナになっていた。頭の中では)
俺はハナに向かって『ハナ!そうしろよ!恭一おじいさん達はマジ!優しいし。ここは楽しいぜ!
ハナの持ってるレスポールのギターの音も気になるし!!』と、まくしたてた。
すると、ハナは
『ちょっと!ハナ!とか、呼び捨てにしないでよ!
あたしはあんたの女じゃないんだから!やめてよねー。
おじさん!おばさん!よろしくお願いいたします!
パン屋さんで働いてお金ができたら!
居候のお金ちゃんと払います。』
そう言ってお辞儀した。
俺は夢中に嬉しくなって『ハナ!ここを紹介するよ!』とか『ハナ!友達も紹介する!』とか、ずっと言っていた。
ハナは次の日の朝早く、ほとんど夜に家を出て、パン屋に働きに行った。
俺は心配になり、昼ごろ見に行った。
店の外から手をふると、ハナはこっちを見てあっかんべーと、した。
そして、そこを見つかって店主に笑われていた。
午後3時ごろに終わって、帰ってきた。
ハナは『パン屋の仕事!楽しかったわー!』と、手足を伸ばして大の字になり、部屋の真ん中で寝転んだ。
さて、明日も頑張るぞーー!と、笑って言って自分の部屋に入ってしまった。
部屋の中からヘッタクソなギターの音が聞こえてきた。あのレスポールの音だ。
押さえきれないせいか、ビビってる音がある。
ミスってばかりで繰り返し同じフレーズばっかし弾いている。
何やってんだかと、思い部屋のドアをコンコンと叩こうとした時、小さな泣き声が聞こえてきた。
俺はそっとドアから離れて、俺も泣きたい気持ちでギターの練習をリビングでした。
次の日もその次の日もハナはパン屋のバイトだった。
休みの日になったら遊ぼうと思ったのに。
休みがなくて、俺はブーたれた。
朝ごはんを夜中2時半に食べてるハナの前に座って『いつ休みなんだよー。遊びに行こーぜー』と、言った。
ハナは『バーカ!もし休みでもあんたみたいなガキとなんか遊ばないわよ』と、言った。
『俺はガキじゃねーぞ』と、言い返したがそのセリフこそ『ガキっぽい』と、思った。
パン屋の定休日、この日はハナも休みだろうと俺は朝の3時からリビングに起きて待った。
ハナはすでに出かけて居なかった。
全くー、どこに行ったのやら。
俺はリビングでハナが貸してくれたレスポールをジャンジャカ弾いて楽しんでいた。
ほんと、このギターはいい音する!
夕方の5時に帰ってきた。
『おみやげー!』と、言いながらビニール袋にたくさんのうまそーなパンが入っていた。
俺は『パン屋行ってきたのかー?パン屋で働いてるのにー?』と、言った。
パン屋の人気店のパンを勉強のために買ってきたと、笑っていっていた。
俺は変だなーくらいにしかその時は思わなかった。
ハナは休みのたびにどこかあちこちのパンを買ってきた。
都内のパン屋の時もあった。
俺とは遊んでくれなかった。
ショッピングモールすら行ってくれなかった。
忙しいといつも言って。
そのうちにそれが当たり前で慣れてしまった。
俺は恭一おじいさんに『ハナがいつも忙しくてつまらねーよー』と、愚痴を言ったりしていた。
俺はそれでも、ハナが好きだった。
笑うと結構可愛くて、ハッキリと話す話し方も、細い指も好きだった。
そんなある日、ハナが恭一おじいさんに『話があるんですけど。2人でお話しさせてください』と、真面目な顔して真剣に頼んでいた。
恭一おじいさんはいいよと、返事して書斎にハナを通した。
なんだろ、話って。
俺はなんか嫌な胸騒ぎがした。
書斎から出てきたハナは。
今までと違う、喜びに満ちてるような顔をしていた。
頬に赤身がさし、胸を張ってるような。
全然違うのだ。
声をかけられずにいると、ハナがこっちに気が付き、ひとこと小さく『ごめん』と、言った。
それが、どんな意味のゴメンなのかその時はわからなかったけど、俺はなんか、なんか、よくないことなんだろうなと、思った。
俺はハナに聞いた。
『どうしたんだよ』
すると、ハナは静かに喜びを抑えるかのように言った。
『赤ちゃんができた』
俺は目の前が真っ暗になって
ひとこと、ふたこと、ハナに失礼なことを言ったような気がする。
『なんでだよ。俺、ハナが好きだったのに。
なんで?なんで他の男の赤ん坊できるんだよ!?』
すると、ハナは静かにまた。
『ゴメン。あんたがあたしを好きなのは分かっていたけど。
あたし、あたしを大切にしてくれる人見つけたんだよ。あたし、その人と結婚をするの。昨日、プロポーズされた。』
そして、ハナは言った。
『このレスポール、もうあたしには要らないから、あんたにあげる。お礼だと思ってさ受け取って。』
俺は受け取れないと、泣きながら言った。
そんなもの受け取れないって。
でもハナが『あたしだと、思って大切にしてよ』と、あんまりキレイな笑顔で言うから、俺は鼻水垂らしながら、涙でぐしゃぐしゃになりながら、そのギターを受けとった。
その日の夕方、ハナは恭一おじいさんの家からお辞儀をしてお礼を言って、受け取ってくれとお金を渡して出ていった。
後日知ったんだけど、ハナの相手の男はパン屋の店主だった。
真面目で優しい人、捕まえることができたんだな。
よかったじゃねーか。
と、ハナに言いたかったけど、言える日は来なかった。
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