冬の入り口
あるもうすぐ冬の朝、女の人がバス停に立っていた。
その人はバスを待ってるようだったが。
そろそろ寒くなってきた。
朝には白い息が出る。
俺は相変わらず、恭一おじいさんとかずはおばあさんのところに住んでいた。
マコトからちょっとづつ
勉強を教わるようになった。
英語数学物理。など。
苦手だった数学が少しづつ面白くなってきた。
マコトはリエちゃんと仲良く付き合っていた。
たまに、俺も入れてくれて。
3人で遊んだりもした。
都内の楽器屋に、3人でいったりもした。
そもそも連れて行ってくれたのは恭一おじいさんなんだけど。
俺はマコトが学校行ってる間暇で、散歩したりしていた。
ある日、恭一おじいさんの家の近くのバス停に女性が立っていた。
ショートボブで、ダボっとしたらセーターとストレートのデニム、ムートンのスリッポンを裸足で履いていた。
ギターのハードケースを持っている。
高そうなギターなのかな。そう思いながら、ブラブラ歩いて近づいた。
その人に声をかけて、聞いてみた。
『こんにちは。ギター弾かれるんですか?
ずいぶん高そうなギターですね』
『ケースがすごい』と、言ってギターの方を見た。
女の人はクルッとこっちを見て『そう。あたしのお宝のギターが入ってるの。
この前、全財産はたいて買ったばかり』
そうはっきり言った。
俺は驚いて聞いた。
『何のギターですか?』
ショートボブの女性ははっきり答えた。
『ギブスンのラスポール、70万したわ』
俺は『ひえーーーー!』っと、叫んでかたまってしまった。
すると、女性が『高いでしょう?馬鹿みたいでしょ?お陰でお金なくて、タクシーも呼べないのよ。バスまだかしら』と、イライラした様子で腕時計を見た。
『けっこう時間ずれますよ。ここのバス』と、俺は教えた。
俺は、あの時の俺は、何か未来を
分かっていたのだろうか?
口から驚くことを言った。
『少し、俺とお茶でもしませんか?』と、言った。
彼女は、俺をジッと見つめてこう答えた。
『あのねー、一つ!ナンパするなら私のことを褒めてからにしなさいよ。
一つ!高いギター持っていても私のうちは普通の家よ。身代金なんか取れないわよ。
一つ!ここにカフェなんてないじゃない!以上!』
と、言った。
俺は笑いながら答えた
『カフェはないけど、俺が居候させてもらってる家は、とても、優しいからきっと無料でお茶のいっぱいでも出してくれるはずです』
そう言って、重そうなハードケースを
『さあ行きましょう。重いから俺が持ちますよ』と、言いながら奪い取り、サッサと歩いて行った。
その女性は『ちょっと!待ちなさいよ!』と、叫びながら、俺の後を歩いてついてきた。
恭一おじいさんの家に着くと、女性は大人しくなり『おじゃましまーす』と、玄関をビクビクしながら入った。
かずはおばあさんが、でできて。
『あら!お客様??
お茶淹れるわ!あなた、コーヒー、紅茶どちらがいい?』
そして、『あなたのお名前は??』と、聞いた。
女性はハッキリと『ハナです』と、答えた。
それ聞いて俺は『あんた、ハナって言うのか。』と、答えた。
かずはおばあさんは『さあ!外は寒かったでしょう?中は暖かくしてあるから!入って入って!!
』と、ハナさんを招き入れた。
テーブルではなく、部屋の真ん中にある座卓に座れと、おばあさんは言って、おばあさんと俺とハナさんで床に座った。
そして、蜂蜜の入ったかずはおばあさんお得意の温かいカフェオレが出てきた。
コーヒーのいい匂い。
ホッとする一瞬だった。俺ですら、フーッと息を抜いた。
急に『いただきます!』と、ハナさんは両手でカップを包み、飲み始めた。少し飲むと。
カタン!と、大きな音を立ててカップを座卓においた。
俺は少し驚いて、そんなに体が冷えていたのかな?温かいものが飲みたかったのかな?とか、思った。
すると、次の瞬間。
ワッと顔を両手で覆い、わーっと声を上げて泣き出した。
ポロポロ涙をこぼしながら、声を上げながら。
あんまり、大人がそんなワンワンなく様子なんて見たことないから俺は呆気にとられ、ジーッと見てしまった。
すると、かずはおばあさんが、キレイなフカフカのタオルをキッチンの戸棚から出してきて
『ハイ、これ使いなさい』と、ハナさんに渡した。
ハナさんはそのタオルをぐしぐしの顔をして、お辞儀をして受け取り、タオルに顔をうずめてわーッとまた泣き出した。
そして『男と、別れてきたんです。』と言った。
『いや、捨てられたんです。男に新しい女ができて。
お前、出ていけやって言われて。悔しくて、持ってるお金全部使って、あいつが欲しがっていたギターを買ってやったんです。いいだろ!って、言うつもりだったんです。
生活費とかもあたし!出していてあげたんですよ!
そして、ここまで逃げてきたけど、どうしていいかわからないでいたんです。』と、言って泣いた。
そして、さらに続けた。
『ここ一年くらい、誰にも優しくなんかされたことがなかった!おばさん!ありがとうございます!ありがとうございます!』と、言ってまだワンワン泣いていた。
『あの、泣いてるところ悪いんだけど。連れてきたのは俺なんだけど』と、口を挟んだ。
ハナさんは鼻水垂らしながら泣いていて、とてもじゃないけどその時のハナさんはひどかったんだけど。
タオルから顔を上げて笑いながら、俺を見た。
さっきのバス停でのハナさんとは全然違くて、鼻水も涙も垂らしてるんだけど、スッキリした笑顔はとても素敵で。決意をしたような、ほんとうに強そうな素敵な女性で。
笑って俺に『ありがとう』と、優しく言った。
俺はこの時に恋に落ちた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。