知識を理解する為には、実践と現時点での、コツの体系を網羅する必要がある。
ネルマは家の庭で焚き火をしていた。
赤と橙が滑らかな帯を作り、揺らぎながら大気へと消えていく。
日が大地の稜線を明るく縁取り徐々に、命の灯火が消える様に世界から光が消えていく。
だが、命は日の光の元にだけ息づくものではない。そう訴えかける様に、どこか遠く、どこか近く、命がここにあると訴える、虫の音が聞こえてくる。
ネルマは消えゆこうとする炎に命の残骸と云える枯れ草の束をくべる。
消えかかった炎が勢いを増した。
《さて、そろそろか》
草原から拾ってきた木のような只の草の茎のような何か分からない植物の筒を何本か纏めた棒の束で、枯れ草を焼いて出来た灰を漁る。
黒い消し炭、いや、鈍く光る銀のオブジェが顔を覗かせる。
軍手を嵌めた手で銀色のオブジェを灰の中から取り出し、オブジェの表面を人差し指と親指でなぞっていたかと思うと、オブジェの表面が裂け、濁った赤色に変わり、更に指で撫でると……。
明くる日の早朝。ネルマは金時をオフィスの机の上で頬張っていた。
昨日の内に焼き芋の残りを金時にし、今日のお茶請けにと持って来ていたのであるが、我慢しきれずに今食すのである。
【さて、人の能力について語ろうか。】
ネルマは気を取り直してホワイトボードをみる。
【この世にある人の能力を考えた時、一握りの天才に因って動かされる社会を創ると言っている。
だが、果たしてそれは可能なのだろうか。
否、そもそもそれは効率的と言えるのだろうか。
例えばである。仮に遺伝子操作と複製人間が、作れたとする。完全にランダム性を排除して、作れたとする。
アインシュタインを一万人作り上げ、未知の無人地球型惑星にそのアインシュタイン一万人を住まわせる。
彼等には衣食住以外何も与え無い。
智識は自分達のみで蓄積していく。ほぼ零からのスタートだ。
さて、彼等の活動は一体何百年位で、現時点での人類と同じ科学水準を持つ社会を造り出せるのか。
君らはどう思う。
私が思うにアインシュタイン一万人では、進行速度が遅いと予想する。
何故なら、人は得意不得意とする所が違うからである。
人の能力を大雑把に分類する事が出来たとして、それをコウモリの翼所謂、レーダーチャートとして、分類する。
仮に六つに分類できたとして、果たしてそれで終わるだろうか。
深く狭くを考えた時、それ等の能力の一つを取り上げると、更に細かく分類出来るのでは無いだろうか。
それをコウモリの翼的に分けたとして、つまり、分岐点の更に先の分岐点。
更にその内の一つを取り上げて、細かく分類する余地は果たして無いと言い切れるのか?
更に細かく分類できるとの仮説が成り立つのでは無いだろうか。
その内の一つを取り上げて、更に細かく。
全ての分岐が必ず六分割する事が出来たと仮定しよう。
すると、細かい最小の分類は六のX乗となる。
人の能力を発見に費やしたとして、同等の結果を得ることが、アインシュタイン一万人の社会に出来るだろうか。
人は同じものを見ていても、先天性の性格と後天的な知識に拠って、観察対象が違ってくる。
同じ道を歩くのに道端の草花を気付く者、気付か無い者。
それらが発見に対する不確定要素として、どの程度人類の既知の中に組み込まれているのか。
影響しあって得た知識もあるだろう。
この仮説が、適正で合った時、少なくても先天性の不確定要素を組み込まない社会との対比は、先天性の不確定要素を組み込む社会に軍配が挙がるのでは、無いだろうかと、予測する。
因みにこの思考実験はアインシュタイン一万人に永遠の若さと、無病を勝ち取っている物とする。
因みに怪我も負わない。
これだけの塩を送っても、不確定要素にまみれた現代社会の方が効率良く発展すると予想する。
何故ここ迄自信が持てるのかといえば、大雑把な見方をして、初期の地球から現在の地球に於ける遺伝子の進化の情報には、どう考えても、不確定要素を含むモノが、生存を生き残っていると思えるからだ。
障害は遺伝子がどの様な環境でも生き残れる様にする為の、保険に見えるからである。
全方向性に進化の芽を張り続ける事で、現行の遺伝子の活路を確保し続ける為では無いのかと思える。
全てが現状適応しない事が、環境の変化に対する生き残り戦術であるのだと。
進化の過程を見続けると、そう結論を出さざるを得ない。
なら、これを先天的な性格と不確定要素の排除に置き換えてみれば、発展の確率は不確定要素を含む社会の方が、比較的発展度合いは高いだろうと思われる。
なら、結論は一つ。
学問に於ける、伏龍と鳳雛の量産化。
これこそが、人類の目指す教育システムなのである。
と言う仮説も成り立つ。】
ネルマは眉間にシワを寄せ俯き、仰け反ると共に大欠伸をした。
【人の能力を顕現させるには、雑多なデータと、知的好奇心、探究心、そして、仮説。
これ等の代物を駆使して、試行錯誤する。
これが人の能力を顕現させる手段の一つである。
※証明必須。】
丁度切りも良いので、ネルマはお茶をしながら、退社時刻までぼんやり過ごすことにした。
仕事終わり迄、後、1時間45分といったところか。
「眠い。」
ネルマは大欠伸をした。