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シンデレラ

作者: 鈴木美脳

 すべての人は平等に作られ、生まれの違いによって差別を受けることはない。そんな理想が実在していることは、嬉しいけれど、理想であって事実たりえないことは、悲しくもある。

 昔々、あるところに、奴隷の身分に私は生まれた。つまりは、財産を持つ権利も、恋をする権利も、持っていなかった。私は、人間の一人として数えられることがなく、尊厳を認められていなかった。自分の将来に苦しみしか予想できない現実は、私の心を憎しみに染めてしまった。

 苦しみしかない人生が約束されていたからといって、人は自ら死を選ぶことなど簡単にできない。犬達が、本能的従順を逆用された狩猟の道具として利用されてきたように、奴隷は、いつか幸せになるという復讐の本能を逆用された道具である。理性的には絶望的な状況に置かれて、本能はなお、もがきつづける。悪い夢でも、見てるかのように。


 ある日のこと、主人達が姿を消した。家からも町からも人々は姿を消した。皆、王宮で開かれる舞踏会に出かけたのだ。わくわくした笑顔で、浮かれた様子で。

 でも私は鎖に繋がれていて、彼らが戻るまでに片づけなければ鞭打たれるだろう仕事もたまっていて、内心ではその舞踏会に興味が湧かないではなかったけれど、そんな自分の気持ちには気づかないふりをしていた。どうせ、着ていく服も持っておらず、奴隷であることは一目瞭然なのだ。

 そのとき、不思議な魔法使いが訪れて、清潔な洋服とカボチャの馬車を用意してくれた。私を戒める鎖を解き、目にも止まらない身のこなしで駆け回って仕事を片づけてくれた。ただし、12時になれば魔法は解けてしまうという。直接質問して確認したが、ここで言う12時は24時のことだという。

 展開がシンデレラに似ている気がするけど、私は男だけどなあ、などと思いながら、流されるままに舞踏会に出席した。普通にどきどきした。


 案内されるままに、扉を抜ける。

 女達の視線が刺さり、私の噂をしはじめるのがわかる。色めき立ち、俄然、テンションが急上昇する心の高揚が伝わってくる。私は、遠くからの視線には気づかないふりをする。動揺しない、まだ余裕があるふりをする。

 近くで視線を向ける女達から順に、軽く挨拶をしていく。笑顔を見せる。自分がする笑顔の底なしの爽やかさに、自分自身が内心一番驚いている。人は、好意を向けられた途端に調子に乗るものなのだろうか。

 そしてそのまま、舞踏会を心ゆくまで楽しむのだった。


 男達とも、女達とも、多く会話した。

 特に、女達が私を見る目つきは輝いていた。

 人としての尊厳を認められたことがなかった私は、そのとき、自分を一人の人間として見つめるまなざしを生まれて初めて体験した。

 それは、まるで夢のように喜ばしく幸せな体験であって、私は心の底から深い感動を感じていた。

 人として生まれて、人として扱われる。その喜びに、枯れることなく湧き出す涙をふき取るのに忙しかった。

 だから私は、どんな地味な女性にも老いた女性にも幼い女性にも、またどんな立場の男性にも、一切の貴賤なく等しく尊んで対応した。自分がされたことを人には決してしたくなかったから。


 楽しい時間は過ぎていって、次第に12時が近づいてくる。

 人々が引き止める中、私は帰り支度をはじめる。

 だって、皆が私を人として扱ったところで、私は私が奴隷だと知っている。

 皆の前で奴隷の姿に戻ってしまえば、好意の目はすべて蔑みと落胆に変わってしまうと知っている。自分からの好意はすべて拒絶され、嘲笑と無視によってしか報われなくなると知っている。

 優しくしてくれた人達の目が、動揺に困惑するとき、私の心はきっと、その恥ずかしさに耐えられない。私に優しくした人ほど恥をかいて損をするとき、私はきっと、私がついた嘘と裏切りに耐えられない。

 みんなの中で、綺麗な思い出のままでありたい。薄れゆく思い出の人物として、向けられた好意をゆるやかにでも保っていきたい。相手から拒絶されて終わるのではなく、相手に惜しまれながら人前を立ち去ってみたい。


 駆け出すように城を出て、角を曲がる。舞踏会の終わりを告げる12時の鐘が響く、その瞬間、私は居眠りから目を覚ましたかのように、仕える家で目を覚ました。身体は鎖でとめられているが、仕事はちゃんと片づいたままだった。ありがとう親切な魔法使いさん。

 やがて、町のみんなは家に帰ってきて、喜びの冷めやらぬまま、眠りに落ちる。

 私もまた、眠りに落ちていくとき、王宮の舞踏会で私を人として見る女のまっすぐ丸い目の輝きを思い返して、喜びにひたる。あざ笑って鞭打つためではなく、好意のために注がれる初めての目線。次第に薄れていってしまうだろう幸せな思い出。優しくしてくれた数え切れない人々の振る舞いや、かけてくれた言葉。なるべく覚えていたいなと思った。


 奴隷の身分に、私は生まれた。

 でも一日だけ、そんな幸せな日があった。奴隷であることを隠して、人間の一人であるふりをして、山ほどの優しさを裏切った、そんな一日。

 でもきっと、奴隷だからこそ、自分を人として扱ってくれた優しいまなざしのありがたみを、深く認識して深く感謝することができている。自分にとって何こそ価値なのか理解できている。

 実りえなかった恋の喜びの記憶のみが、私の人生に憎悪ならぬ肯定的なエネルギーをもたらしている。救われたとはとても言えないが、憎しみの海に溺れることなく、今日をまだ生きている。人間に悪意以外を信じてる。


 ありがとう親切な魔法使いさん。またいつでもお待ちしています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 健全ですね。 とても、美脳作品とは思えない。(忌憚のない感想です。お許し下さい) 多様性が、あって良いと思います。 丁寧に書かれた、大人向け童話といった感じがします。
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