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秋の桜子の物語集

今日、僕は駆けた後、キスをしたんだ。屋上で。

作者: 秋の桜子

 ()の物の存在を汚い、手に触れたあとが気持ち悪い。


 そう感じてしまう。


 鼻や口から入る物も、目から染み込んで来る物も。


 感じてしまう。


 目に見えぬ気体に混ざりこんでいようと、生物にアダを成す異質な混じり物に、取り巻く世界を薄黒の霧が覆う如く、汚染されている様に感じていまう。気のせいとは思うのだけど。


 青い空を舞う小鳥は元気いっぱいにぴちぴち鳴いてるし、大きな植木鉢には季節の花が咲いている。蝶々や虻がちろちろ見え隠れする。


 玄関のタイルの上をぞろぞろ歩く蟻は、勤勉に仕事をこなしているし、庭先に入り込んだ野良猫は、したりしたりと、ピンと尻尾を立てて、銀のヒゲをシャンと張り、敵が居ないか己の領土の確認の為に、四方八方の警戒を怠らず見回りをしている。


 自然界は渦など等に乗り越え、この世は清浄と言っている様。


 だけど怖い。そう教えられてきた。


 ()()が身体に入ると、マイクロなミニミニな奴等に侵略され、そいつ等が気が付かぬ間にサワサワと音なく増え、害を成し宿主である僕の息の根を、あっという間に止められる様な怖さを持っている。覚えている限りでは、誰とも手を繋いだことも無い、公共の場で触れる物は、抗菌仕様であれど、予めシートで拭いてから触っている。


 非接触な世代とか、潔癖チャイルドとか、なんとか世代と、とにかく世代に名前をつけたがる大人が、僕達の事をそう言っている。


 汚い、そう思うのは、好き嫌いとは全く別なる物。好きな相手にも、僕達はお互い()()を持っている。では子孫繁栄はどうやって?それは顕微授精とかなんとかと、この前学校のリモートで習ったばかり。



「うぇぇ、やっぱりアニメだけにしとけばよかったな」


『空はキャンバス〜僕と君とのスケッチブック〜』令和に流行った漫画だ。舞台はその時代、高校生同士の恋愛漫画。アニメ化されてて、それを優香子ちゃんにお薦めされて見た僕は、面白くなって原作を読みたくなり、無料アプリで読んではみたものの……。


「うーん……、手は消毒出来るからいいかと思えるんだけど、その先が無理!アニメだと、どうってこと無いのに、コミカライズだとどうして気持ち悪くなるんだろ」


 一人ぼやくと、タブレットを閉じる。仕事中の両親の邪魔にならぬ様に、できるだけ静かにドアを開け、部屋を出てバスルームへと向かう。顔を洗ってうがいをしたくなったのだ。脳内に焼き付く今見たページの残像。


 同じ年の、ユウスケとカナコがお互いを好きになって、手を繋いで走った後、唇を重ねたイラストが僕に不快を与える。汚いなと思ってる。バスルームの洗面台で顔をジャバジャバ洗いながら、そのイメージを消していく。


 ヒロインの台詞を、優香子ちゃんの声に重ねたのが敗因かな。口中消毒剤を青いプラカップに数滴落とし、水を入れる。外出から帰ってきた様に丁重にうがいをした。


 ゴロゴロ……、グチュグチュ……、ぺっ!ジャァァァ………。


「ふう、スッキリした」


 壁の棚から白いフェイスタオルを取ると、顔を拭って僅かに湿ったそれを、ポイッとランドリーに入れた。ボックスからマスクを取り出すと着ける。キッチンや廊下で両親のどちらかに出会うかもしれないから。さっきは慌てて忘れたのを、少しだけやっちまったと反省している。


 家に入るときにクリーンルームで消毒液をミストにしているシャワーを浴びてるし、今日は誰も外には出てない。個室で一人だけだったこともあり、フェイスガードは外しているけど、マスクは付けていないと不安になる。


 両親に出会わない内に飲み物持って戻らなきゃ、と思いつつ、そこを出た。続きは知ってるし読む気も失せた。原作を読むのだったら、小説を探してみても良かったかなと気がつく。知りたいのはアニメで描かれなかったシーンなり、エピソードなのだから。若干後悔をしつつ、キッチンへ行き冷蔵庫のドアを開けた。飲み物のボトルを片手に部屋へと戻る。


 そろそろ定期連絡の時間。



 ……、ちょっと前の令和のアニメやコミックが流行っている。何故なら今、僕らの世代で懐古主義とやらが、ブームになっているからだ。コアな奴らは、平成とか昭和とかのも遡って復刻版を探して読んだり、アニメを見ている。


 僕は恋愛小説は読めるけど、コミックは苦手。アニメは架空だろ、と割り切るから平気なんだけど、漫画は身近に感じるせいか、描かれたふとした描写が気持ち悪く感じる。空キャンは優香子ちゃんが昔のアニメなんだけど、超お薦めって、言われたから試しにアニメを見て、それが素直に面白くって、原作に興味を持った。


 手書きのメッセージカードを、抗菌ボックスに入れて交換する僕達。誕生日のプレゼントもクリスマスも、みんなそう。家族間さえそうしているのだから、他人である彼女や友人ならば尚更。


「届いたよプレゼント。ありがとね、どうしよう、ドキドキしてるよ。すっごく!開けるのを楽しみにしてる」


 モニターに優香子ちゃんの笑顔。


「うん、お誕生日おめでと」


 初めて付き合う彼女に僕は平坦にそういった。お互いマスクを外して、会話をするのが妙に照れくさい。家族以外で、目から下はあまり見せたことはないから。


 部屋で通信アプリを使いやり取りをしている。初めて選んだそれは気に入ってくれるのかな。それはあと、一時間先に分かることだけど。ドキドキする。


 開けてからにしようと思ったんだけど、嬉しくって、滅菌ボックスに入れたら連絡しちゃったと、笑う彼女。


「ねね、このドキドキ感って、パパやママから貰えるのと違ってる。昔は彼氏の目の前で、貰って直ぐに開けてたのって、ホントかな?空キャンであったよね、ふう。勇者だよ、汚いって思わないのかな?」


 自分自身以外が全て物理的になんとなく汚い。どこかで汚染されているかもしれない。そう思うのは本能だろうか。それとも成長するに従い、外部からインプットされた情報なのだろうか。


「うん、そうだよね。昔の漫画みたいな展開って、本当に無理だよ」


 僕も心底そう思って彼女に答える。彼女の事は好きだ。それはLOVEの方。もちろん相手もそう。でもその手を昔のコミカライズの真似をして繋いだら……、ずっとそのままで歩く事なんて出来無い。きっとムズムズと居心地悪くなり、悪い事してるんじゃないかと思って、嫌われるかもしんないと心配になって、直ぐパって離して。それから。


 お互い除菌シートで繋いだ手を拭く。笑いながらね。きっと。




「ええー!『空キャン』()()だの?私苦手なのよね、昔のコミック。敢えてそんな事、今の世の中にないって割り切って、読む子はいるけど私は無理。恋バナは特にね」


 登校日を合わせた僕達。彼女とはクラスは違う。リモート中心のカリキュラムになり、課題のこなし具合で一人ひとりの熟成度をAIが判定して、個別に学ぶべき内容を決めている。


 本来ならば接点が無い僕達だけど、たまたま別の友人に送るメッセージを、僕が誤送信した事がきっかけで知り合いになった。クラスは違うけど、同じ学年の優香子ちゃんと出逢えたのは素敵な偶然。僕達は気が合った。それ迄出会った誰よりも。


 そして夏の休暇中に両親と出掛けた先、田舎にある借り別荘でそこでの自由に外を歩ける気楽さに、マスクもフェイスガードも不要な、森の中の澄んだ空気を吸い込み過ぎたのか。


 それで気持ちが大きくなったからか、のびのびした緑濃い少し湿気ってツンとした、ミント色した空気に当てられたのか、わからないけど。


 星がきれいで、その……夜風が涼しいんだと話していた最中に、好きだから、その……とボロボロになりながら、生まれて初めての告白ってのをしたのだ。


「あの……、うん、うれしい」


 真っ赤になってそう言ってくれた。うぉぉぉ!ほんとぉ?やったぁぁ!とノートパソコンの前で叫んでしまい、両親にバレバレになってしまったのは、言うまでもない。


 それから僕たちは恋人同士。それまでは登校日は苦痛で仕方なかったけど、今はその日は世界がキラキラと輝いて、ふわふわと明るく甘くて、それはもう楽しいに振り切っている。


 普段は家で黙々と勉強しているだけだけど、中間期末、年度末、実力考査などのテストは、それを受ける為に、指定の範囲を学び終え、日時を予約し学校に来なければならない。予定の期日までに課題の提出をこなして置かなければ日時の指定が難しい。


 それ迄はサボって、提出物が結構遅れたりしていたのだけど、彼女との約束があるから今はパーフェクト、送信時間を先生も驚く程に、きっちり守っていた。


 屋上には他の誰もいない。僕達だけの空間。青い空が高く広がっている。ソライロが僕達を眺めている様。


 教室でのそれを終え、楽しい時間を過ごしていた。どうだった?うーんと、ガランとしている放課後のそこで、マスク越しに話をしている僕達。


「うん、モゾモゾ気持ち悪くて、顔洗に行った。小説にすれば良かったかなって、うがい手洗いをしてから気がついた」


「小説ってあるのかな?よく知んない。アニメで十分だよ、アハハ」


 手すりに持たれて笑う。もちろんしっかり拭いた後。空は高くて青い。グランドでは、スポーツ学科の皆がそれに応じた練習をしている。今日はサッカー部の練習日らしい。それをフェイスガード越しに眺める。


「スポーツって……、楽しいのかな、運動する時はマスクもガードも要らないもんね、でももしかしてって、考えちゃうから私は普通科選んだんだ」


「ふうん、僕は単純にスポーツ学科って、登校日多いから面倒くさいなってコース選択したんだ。そんな風に考えた事なかったな、外で走るより本読んでるのが楽しいし」


「あお君、読むの好きだもんね。空キャンなんて完全に女子だよ、あーあ、あんな風に手を繋いで走ったらどんな感じになるのかな?ね、ウフフ」


 2メートル、自然に身についた距離感。


 そこには無邪気に笑って話す優香子ちゃん。ドキンとする。ドクンと跳ねる僕の心臓。彼女の言葉がグルグル。グルグル……。


『あんな風に手を繋いで……』


 その時、青い空がくすくすと笑った気がした。


「ん、じゃあ繋いでさ、屋上走ってみる?」


 空に背を押されたのか、軽くスルリと言葉が出た。


「え……、あ、あの、その……手、手を繋い……で?」


 彼女の思わぬ反応に、どぎまぎしてしまう。


「あ、ごめん」


「う、ごめんなんて言われたら……ショック」


 ええ?ショックって……。赤くなりもじもじとして、俯いている優香子ちゃん。髪には、プレゼントを、どうしたらと切羽詰まって、手短に相談したばっかりに、ここから選べと母親に圧をかけられ見せられた、アクセサリーのサイトで見つけた髪留め。薄いピンクの桜の花が寄せ集まったそれがある。


「ふーん、かわいい系の彼女とみたわ、今度定期連絡の時には、ぜひ!お母さに面合わせして欲しいなぁ、へぇ、ほおーん」


 ニマニマしながら選んだそれを発注をした母親。


 あー、ハイハイと適当に答えたけど、父さんもやたらニヤニヤしてくるんだよなぁ。絶対コレ選んだのよー!もう!可愛いったらありゃしないとかなんとか話しているに、違いない。


 ハッと現実に戻る。ブンブンと頭を振る。今はそんな事思い出している場合ではない!ここで動かないと何かが壊れそうな気がする。


 ゴクンと込み上げてきたものを飲み込むと、胸が焼けるよう。苦い味が少し……、ジリジリと宿ってしまった塊が痛い。どうする?と自分に聞く。やれ!という気持ち。どうしようという気持ち。フラフラと揺れる。


 このまま黙っていたら……、気まずくなり彼女は帰るねって……、きっとそのままになりそう。ポッポとしてカッカと暑くなる。陽射しのせいばかりでは無い。ある事を思いついたから。そう、『空キャン』のユウスケみたいに……、ここは街中の道路じゃなく校舎の屋上だけど。


 僕達はマスクをしてフェイスガードを付けているけど、目だけが、言葉に出せない自分の意思を伝える、唯一無二の存在だけど。やったらいけない事は無い!


 目の前には2メートルの距離。それを詰めるのには。


「じゃあ!走ろう!」


 一点突破!ダッシュで彼女に近づき、パッと手首を掴んだ。そのまま僕は走る!薄いグレーの屋上の上を、ガランとしたそこを、ただ反対側の手すりに向かって走った。


「ええ!キャッ、いきなり危ない」


 引っ張られる優香子ちゃん。たたらを踏んだ後に、一緒に走る。どんな顔しているのか気になるけど、恥ずかしくて後ろを振り向けない。前を向いて走るだけ。なのに……、


 心がはずんで嬉しくて、どうしたらいいのかわからない。


 ほんの少しの距離なのに長く感じて短く思う。短く感じて長い時間を意識する。それはとっても濃度が濃くて、何も見えないのに、青い空の色だけ目に焼けついている。


 辿りついた反対側で止まった。振り返ると当たり前だけど、息も弾ませていない君がいる。だけど頬が赤い。


 持てる勇気を全てかき集めた。『空キャン』みたいな密着をしたあんなキスは今は無いけど、僕達のキスがちゃんとあるんだ。だから、誰もここにいないのを知ってるから。だから、


 神様少しだけ勇気を、もう少しだけ……。信じてない神様に無茶振りしてみた。


 身体をぐるりと取り回す。片手を繋いでいた手を両手にする。かたくなって俯く優香子ちゃん。僕もガチガチのガッチガチ、関節がギギィ、キシキシと油が切れたロボットよのうに動いているみたい。


 何処でもマスクとフェイスガード外さない時代の僕達。家族と過ごす家の中でもそう、マスクを外すのは食事と一人きりの時間の時だけ。フェイスガードは、完全に、一人になる時だけお役御免になる。


 僕より頭一つ低い彼女。更に詰めないといけない。一歩近づき少しだけ身をかがめた。キュゥと肩をすくめる彼女。僕も少しだけ震えていた。


 コツンとフェイスガードの額を彼女の額に当てる。時が止まった気がする……。


 目と目が人生史上最高にかち合う。視線を合わせる僕達。


 キス……をした。誰もいない校舎の屋上で。放課後の時。


 怖い目をしていないかな。潤んで綺麗な色をしている君の目が僕の中に飛び込み駆け巡っている。数えて僅か数秒だけど。


 僕たちは覚えている限り、密着な空間で他者と同じ時を過ごしたんだ。


 青い空がキャッキャと笑う声がふるふる。降りてくる。


 僕は手をパッと離した。力がぬける。そのままで止めていた息を顔を少し背けて、こっそり吐いた。


 そして僕達は笑った。目だけがそれを伝えたけど、きっと君の唇も僕と同じ様に僅かに開いて笑っている。


 それからお互い、ポケットから除菌シートを取り出すと、きちんとそれで手を拭いた。君の温度がアルコールで気化されスゥと、消えていく。だけど。


 僕の手には残ってる。柔らかさと握った時の温もりと、手首の細さに……、


コツンと合わせた時に、仄かに届いた君の香り、心臓がキュゥッと締めつけられて痛くて、チリチリ熱くて、ジンジン頭が真っ白になった僕の身体の中。


 それは僕だけなのかな。顔が熱いから赤いのがわかる。


 君はどうなの?そう思っていたら、君も真っ赤になってた。


 『空キャン』のユウスケとカナコが幸せって、キスシーンの後でそんなモノローグがあったけど。そうか、そうなんだ。このちょっと苦しくて、ドキドキが止まらなくて、でも全然嫌じゃない気持ちって、幸せ……


 初めてだから全然わからないけど、きっとそうなんだ、そうなんだ、きっとそうなんだ!赤くなってる優香子ちゃんが可愛い。かわいい。大好き。好きだ!大好き。


 大声でそう言いたいのに、言えない。胸がいっぱいで何かが絡まってて、もつれて膨れて、それが苦しくて溢れてて、頭の中はもっとグチャグチャで、でも幸せで幸せで空に飛んで行きたい程、気持ちが良くて。


 だから、今は何も言えないんだ。


 空がくすくす、くすくすと笑ってる。


 僕達は、今日キスをしたんだ。屋上で。手を繋いで走った後に。


 終わり


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[良い点]  時代が変わり、環境が変わり、世界が変わっても、青春は青春ですよね~。 [一言]  読んでて、ドキドキしちゃいました。素敵です。でも、本当にこんな世界になったら……(汗)。
[良い点] これはしゅてきな未来予測恋愛モノっ 素敵なSF(少し・フューチャー)恋愛モノですね。 きゅんきゅんきます!(><*) 文章が丁寧で若い。 作者様の精神年齢は両方兼ね備えた素敵な精神構造を…
[一言] 甘酸っぱいです。 読みながら、いいねぇと、にやにやしましたが、 こんな頃はもう来ないと、今の自分を滅菌シートで拭き消したくもなりました。 人間関係が非接触だけというホラーな未来の世界で、…
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