7話
「な~んだ。ただの馬鹿かと思ってたのに意外と鋭いのね。」
女は急に普通に喋り始め、顔の前で腕を軽く振った。
するとその顔が変化し、黄ばんだ歯が純白に輝き、赤い目に黒い瞳だったのが白い目に金色の瞳へと変わる。
更に荒れていた髪の毛も黒い艶を取り戻し、美人と行っても良い見た目へと変わる。
そして赤黒い染みのある服は純白に変化しボロボロの手足も滑らかな皮膚に覆われ爪も生え揃った。
これだけ違うと町中で会っても気付かずに素通りしてしまう。
いや、その美しさに振り向く男が続出するだろう。
きっと俺も同じ行動を取ってマイコに殴られる未来が目に浮かぶ。
そして、周囲からも同じ見た目の奴等が何処からともなく現れたかと思うと女と重なって消えていった。
「は~人の願いを叶えるのも楽じゃないわね~。」
「は!?人の願いだって!」
「そうよ。私は願いを叶えるのを手伝っただけ。あの最初に殺した2人は互いに好き合っていたのに家の都合で結婚できないと思い込んでた子達。男の方が勇気を出して挑めば叶うのにね。だから彼らにはその為の勇気を育んであげたの。」
そう言えば二人は本家と分家とか言ってたな。
もしかしてイヨの方の父親が俺より強い奴でないと娘はやらんとか言ってるとかか。
「それに2番目に殺した子達は周りの目を気にし過ぎてて別れそうだったからちょっとだけ視野を広げてあげたの。」
あの2人は生徒会だったか。
生徒の見本にもならないといけないから風紀と恋の板挟みって所か。
俺の通ってた高校なら皆で応援するけど、進学優先で規則が厳しいとそんな事もあるのかもしれないな。
「そして3番目の子はある意味では論外。互いに傍に居るのに片方は言い出さなくて片方は気付いてないんだもの。それもやっと結ばれてハッピーエンドね。」
「ちょっと待て。お前はその6人を殺してるだろうが。」
「まあね。でもちゃんと魂はここから解放されて体に戻ってるわよ。それに吊り橋効果って奴?これだけの事の後なら絆も深まるでしょ。」
「それは絆じゃなくてトラウマが深まるって言うんだよ!」
「え~、でも~昔はこれくらいで丁度よかったよ。」
「いつの時代の事を話してるんだ。現代の俺達は昔と違って豆腐メンタルなんだよ。吊り橋効果なんて言葉を覚える前にその辺もしっかりと勉強しとけ!」
恐らく目の前に居るのは俺達の言葉で言えば超常の存在で間違いないだろう。
こんな空間を作り出して魂を弄ぶ事の出来る奴だ。
もしかして神と言っても良い様な存在かもしれない。
または宇宙のかなたから超化学を携えてやって来た頭の怒れた異星人かだ。
あまりにもツッコミどころが満載で普通に喋っているが問題はこれからの俺がどうなるかだな。
「そう言えば皆は何に何を願ったんだ?」
あまりに色々と喋るものだから聞き逃す所だった。
ある程度は予想が着くけどな。
「みんな一緒だよ。意中の相手と両思いになりたい。」
「または結婚したいか恋人になりたいか。」
「そう言う事だね。」
それでか。
皆はコイツが定めた基準をクリアーしたからやり方は悪いけど殺されて解放されたのか。
「でも何で今だったんだ?もっと別の時でも良くなかったか?」
「それは君が来て全ての風が変わったからだよ。もしそうでなければ最初の二人以外はもっとここから出るのに時間が掛かったはずさ。君は気付かない内に彼らの心に少なくない影響を与えていたんだよ。」
「そう言う事・・・なのか?」
「そうだよ。・・・おっとそろそろ時間だね。君も早く行かないとここと一緒に消滅しちゃうよ。」
そう言って女は俺の背後を指差し不穏な事を軽い感じに言って来る。
するとそこには次第に消えていく駅とそれによって巻き起こる光の粒子がダイヤモンドダストの様に舞い、幻想的な光景を作り出していた。
しかし、消えた先には一寸先すら見えない闇の空間が広がり、次第にそれはこちらに迫ってくる。
「この空間も用済みだからね。それにここも1年以上いると飽きちゃった。」
多分後半部分が本音と見て間違いはないだろう。
逆に言えば飽きたから消す。
興味がわいたから作るとその程度の感覚でこんな事が出来る様な存在だと言う事だ。
しかし、そう言う事なら俺が出て行った後にしてもらいたい。
そして、俺は急いで出口へ向かって走り出した。
「そう言えばどうして最後にこうして話に応じてくれたんだ?」
「気紛れさ。君は結果として僕の望みも叶えてくれた。今回はみんな無事に出られたからね。」
という事は行動によっては本当に殺されていたって事か。
この神?は意外とおっかないな。
出来れば二度と関わりたくない。
頼むからウチの大学の七不思議とかにならないでくれよ。
「あ、それ面白そうだね。その案いただき!」
「ゴハー!お前は心も読めるのかよ。」
「一応は・・ねえ。宇宙人じゃなく神様だから。」
そして俺はトイレに駆け込むと壊れている扉に飛び込んだ。
するとそこには光の渦が巻いておりその向こうにあちらの世界が見えている。
どうやら、ここが出口で間違いなさそうだ。
そして俺はマイコを思って勇気を出すと渦へと飛び込んだ。
しかし、飛び込んだ瞬間に後ろからさっきの女の独り言が聞こえてくる。
「よーし、最初の学校は○○大学だ~。」
「ちょっと待て!そこは俺の大学じゃねーか!絶対に来るんじゃねえ!」
「アディオスだよユウヤ。また会える事を期待してるよ。」
「絶対に会いたくねえよ!」
「ははははは・・・。」
そして俺は空間の狭間を移動しながら聞こえてくる声にヤジを飛ばしているといつの間に見覚えのない地下道に1人で立っていた。
そして、スマホを見ると現在は夜の0時。
俺がトイレに立ってから1時間くらいしか経過していない。
しかし、問題はそこではない。
問題はここが見覚えのない地下道と言う事だ。
「ちょと待てよ。地図アプリ・・・地図アプリ・・・。」
そいて、アプリを立ち上げて場所を確認すると俺は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
俺の地元は広島だが、ここは名古屋だ。
あのバカ女神!
送る所を間違えやがったな!
俺はポケットから財布を取り出して中に入っている金額を確認する。
何とか2万円あるので帰る事は出来そうだ。
俺は朝を待って一番早い新幹線の自由席に乗り込むと広島へと向かって行った。
この出費はいつか返してもらうからな!
そして、広島に到着すると今度はバスに乗り込み俺の地元へと向かう。
そして、到着してすぐに次はマイコが入院している病院へと直行した
すると病室の前では慌ただし声が聞こえて来る。
「ユウヤ!ユウヤは何処なの!?」
「落ち着いてマイコ!彼は昨日の夜から家に帰ってないのよ。見つかりしだいここに来て貰うから。」
どうやらこちらでは若干の行方不明扱いのようだ。
実はスマホのバッテリーが切れて連絡できなかったんだけどここに直行して良かったな。
俺は扉を開けて中に入ると声のする方へと視線を向けた。
「ユウヤさんはここに居ますよ。」
「ユウヤ!・・・い、いったい今まで何処に行ってたのよ!?心配したんだからね!」
「悪い。俺は出たら名古屋だったんだ。それで今戻って来た所だ。それよりもお前の方は大丈夫か?」
俺は自分の腹を指差してマイコに問いかける。
マイコにとってそこはあのバカ女神に刺された所で命に別状はなかったが10針以上は縫わないといけない様な深い傷だったらしい。
きっと一生その痕が消える事は無いだろう。
あのバカ女神はマイコになんて事ををしてくれたんだよ。
するとマイコは思い出したように服を上げて確認を行う。
でも男の俺が居るのにそんな事をしているのでお母さんが凄く驚いてるぞ。
「ちょっとマイコどうしたの!?そんなにはしたない事して!」
「ねえお母さん?ここに傷があるんじゃないの?」
「え?ええ・・・そうなの。言い難いけど一生残るだろって・・・あら?」
二人が驚くのも無理はない。
俺も見るのは初めてだけど、そこにはアイコの可愛らしいオヘソと綺麗なお腹があるが傷は何処にもない。
どうやらあの女神は頭は湧いているが馬鹿では無かったみたいだ。
ちゃんと傷を消してくれるとは意外と良い奴・・・いや、俺は騙されないぞ!
アイツは酷い奴だ。
今回マイコのお腹を拝めた事は別と言う事で会えたらお礼は言っておこう。
「ちょ、ちょっとお医者様に見てもらいましょ。私ちょっと呼んでくるからユウヤ君はこの子が逃げない様に見張っててね!」
そう言っておばさんは医者を呼びに急いで出て行った。
俺はその間に素早くマイコの横に腰掛け、あの後にあった事を簡単に説明する。
「それでだ。マイコは何処かにお祈りした記憶は有るか?」
するとマイコの視線がまるで逃げる様にスーと俺から逸れていく。
それによく見ればマイコの目元はあちらの世界の様に鋭くなく柔らかい物に戻っている。
まあ、あちらでは魂だけの存在だったとして肉体が変わった訳では無いので当然か。
「その様子だと身に覚えがあるみたいだな。」
「・・・あります。お百度参りもしました。」
そこまでするなら・・・いや、これも俺が自分の気持ちに気付かなかったからだな。
俺はしょぼくれているマイコの頭にそっと手を乗せ優しく撫でてやる。
「これからは互いに言いたい事は言い合って行こうな。」
「うん!」
「それと。」
「ん?」
「大好きだぞ。」
「・・・もう、このタイミングで言うのは反則だよ。」
そう言って俺達は互いに笑い合っていると外が騒がしくなりおばさんの呼んだ主治医が入ってきたため部屋を追い出される事になった。
そして、家に帰り母さんに帰りが遅くなった事を謝ると長い夜が終わった事で俺は泥の様に眠りについた。
そして、あれから1月の時間が経過した。
今ではあの事が嘘であったかの様に穏やかな時間が・・・戻って来てない!
「おいハルヤ。私をこの店に連れて行け!」
「もう、ハルヤ!今日は私と帰る番でしょ。」
実はあのバカ女神がどういう手を使ったのかウチの大学の教師になっていた。
皆には美人で優秀と言われているが俺はコイツの目的を知っている。
なにせ、最近この学校で熱烈なカップルが急増しているからだ。
以前の様な長期に昏睡させると問題になる事を知ったコイツは数時間眠らせるだけで何週間もの時間を体験させ試練を与えている。
今のところ犠牲者は出ていない?が注意が必要だ。
しかも、この大学に来て早々に超美人で有名なのに俺に向かって馴れ馴れしく話しかける物だからもう大変だ。
マイコは嫉妬するし他の男共からは冷たい目で見られるし、マイコの友人たちからは白い目で見られるしで堪ったものじゃない。
ちなみにあの名古屋から帰った時のお金は何とか取り戻す事が出来ている。
それにコイツは意外とお金だけは持っている様で利子までつけて返してくれた。
そして、それから数日後。
あの時の8人と1匹で今はファミレスで食事をしている。
連絡先を知らないのにどうしたかというと、この1匹が俺の情報をみんなにリークしやがった。
そのためその日の内に全員から連絡があり、俺の地元で会う事が決まった。
そして、皆が来てから話したのはあの後のコイツの事だ。
ちなみに驚いているのは皆だが知らないのはイチカとナゴミだけだった。
それ以外の4人は殺される前に一度姿を晒していてそれぞれに少しだけ言葉を交わしたそうだ。
そして、俺達は互いの近況を互いに話し合った。
「僕はイヨとの結婚を認めてもらったよ。」
「スワは凄かったのよ。まさかお父様に認められるなんて思わなかったわ。」
そう言って2人はその時の事を話し始めた。
「イヨ。今日はお前の婚約希望者に会ってもらう。」
「お父様。私には心に決めた人が居ます。その話は断れませんか?」
何でもイヨの家では古くから親が婚約者を決めるらしい。
その基準は父親に認められる事で、今回は強さと覚悟を求めたそうだ。
そしてそれを確認するのがその父親との試合でそこで認められれば婚約を認められる。
ただし、この父親の強さが達人級らしく、今までに数十人の男を叩きのめして追い払ったらしい。
まさに俺が予想した通りの展開だ。
そして、イヨは礼儀として着物に手を通し、しっかりと外見を整えさせられてその場に向かったそうだ。
最初は顔を合わせてすぐに自分から断ろうと思っていたそうだがそこに現れたのが相思相愛のスワだ。
そのため驚きとしばらく会えなかった事での反動で顔を真っ赤にして声も出せなくなったらしい。
「イヨさん。僕はここに来たよ。」
「・・・はい。」
そして、イヨの父親は立ち上がると首をしゃくって外を示す。
その顔には先程までの落ち着きはなく、まるで鬼か羅刹のようであった。
「坊主。イヨが欲しければ力を示せ。そうでなければ死んでもらう。」
「分かりました。」
互いに木刀を構えると同じく上段の構えを取り、スワは一気に間合いを詰める。
「甘いわー!」
しかし、スワは一切の躊躇なく最小限の動きで木刀を躱すと父親の喉元に切っ先を突き付けた。
それで勝負が決まり婚約が認められたそうだ。
きっとあの丸太攻撃を長い間見てたからだな。
それにどんなに怖くても相手は人間だ。
あの世界に居たなら怖くもなんともない。
まあ、俺はマイコが怒ると怖いけど・・・。
「だからお父様は最初こそ不貞腐れてたけど今ではイヨがお気に入りなのよ。一緒に稽古したりしてて周りの人も驚いてるわ。」
「まだまだ生傷は絶えないけど、あの世界での痛みや苦しみに比べればね。」
そう言って笑っているけど、かなり大変そうだな。
まあ、あちらは上手くいって良かった。
そして、次にイチカとナゴミが話し始める。
「俺達は生徒会役員として学校への改善案を提示している。主に交際に関してだが今は学校、他校、世論を巻き込んでいる。署名も万単位で集まりもうじき提出する予定だ。きっとこれが通れば次はその為のルール作りだな。」
こちらは何とも凄い事をしてるな。
そう言えば先日のニュースでそんな事が話題になっていた。
何でも今も交際を強く禁止している高校は多く、今の教育に合っていないのではないかというのだ。
まあ、反発も多いが賛成者も多く、街頭のアンケートでは多くの人が賛成派だ。
ただ、イチカが言っていた様に無秩序なのは歓迎されないのでルール作りは大切だろう。
ちなみにイチカとナゴミの成績は良くて東大にも合格できるだろうと言われているそうだ。
まだ1年以上先の話だろうけど二人には頑張ってほしい。
(あ、ちなみにね。ここだけの話、この二人はその後に私塾を開くんだ。そして、この時の知名度が追い風となってオンライン授業や授業映像の公開で日本の偏差値を上げちゃうんだ。さらに恋愛は力なりってスローガンを掲げていずれは愛の伝道師って言われるんだけど、これは先の話だから皆には言えないよね。)
そして次には話してくれたのはダイキとスミレだ。
「俺達はあの後、互いに付き合う事になった。」
「それにダイキ君はオリンピックの選手候補に選ばれたんですよ!」
「凄いじゃないか!きっとあの時のあれが良かったのかもな。」
あの命懸けの戦いがダイキの戦士としての本能を目覚めさせたのかもな。
選手は世界中に居るだろうけど命懸けというか死ぬほどの戦いをした奴はまずいないだろう。
「まあ、コーチからもお前の試合には鬼気迫るものがあると言われたな。」
「またやりたくなったらいつでも言ってね。今度は本気で相手してあげる。」
「ああ、俺が腑抜けた時にはまた頼む。」
「まっかせなさい。」
そんなに簡単に受けても良いのだろうか。
しかし、死ぬほどの実戦を頼む相手なんて俺もこいつくらいしか知らない。
まあ、本人が良いと言うならなら良いだろう。
そして、最後に残ったのは俺達だな。
「俺達は見ての通り平和に過ごしてるよ。一部の異物は居るけど概ね平和だ。」
「そうだね。ちょっと邪魔者が居るけど概ね平和だよ。」
すると周りからは呆れた視線が飛んでくる。
そして、その視線が次に向くのは当然の様に座っている女神の方向だ。
「まあ、皆も学校にコイツが現れたら気を付けてくれ。熱愛カップルが急増したらそれが合図だ。」
「いや、確かにそうなんだけど2人とも意外と馴染んでるね。」
「てっきり、もう少し何かあるものと思ってましたが。」
その言葉に俺は溜息をついて今までの事を色々と話して聞かせた。
「被害を受けるのは何時も俺だけど、コイツを見張っておかないと何をするか分からないだろ。だから大学に居る間は不名誉な罵倒も勘違いもあえて受ける事にしているんだ。それにコノの外見に騙された奴等の言葉なんて一々気にしていられないしな。」
「そうですね。」
「周り何て気にしててもね。」
「そうです。大事なのは互いの気持ちです。」
これは女性陣が言った事だが順番はイヨ、ナゴミ、スミレの順だ。
みんなあの世界で強い心を育んだんだな。
スミレだけちょっとズレてるけど、これが彼女のキャラなんだろう。
その後、皆はそれなりに納得すると今日のところは解散となった。
俺達もあの後の皆の近況が知れてホッとしている。
なにせ殺された経験から精神に異常でも起こしてたらと心配していたのだ。
まあ、否定できない所もあるけどそれに関しては許容範囲だろう。
そして、俺達の事は一応の決着が着いた事で残りの学園生活を楽しく送れ・・・。
「おい!次の店に行くぞ。この時代は美味い料理と甘味が満ちているからな。これでは一生を掛けても食い切れないかもしれないな。」
どうやら俺達のスクールライフに平穏が来る事は一生ないかもしれない。
そして解散後の俺とマイコは自称女神の怪力によって腕を引かれ無理やり飲食店を梯子させられていった。
((太らないと良いけど・・・。))
そんな切実な思いが浮かんでいたのは俺だけの心に留めておこう。
明日からジムの回数を増やそうかな・・・。