6話
俺は奥歯を噛み締めて白い道を進んでいた
先程のダイキの顔から死ぬ気であると感じたからだ。
そして、ホームに到着し電車に乗り込むと俺は待つことなく発車スイッチを押した。
すると扉は閉まり電車は来た方向へと戻り始める。
ただ、窓から見えるのは一つの光すらない真っ暗な暗闇だけだ。
戻っている確証は無いが、来た時とは反対方向へと進んでいるためそう思っているだけかもしれない。
もしかしたら本当はこの電車ではなく、もっと酷い地獄へと進んでいる可能性すらある。
そして、少しすると何故か車内にアナウンスが響き始めた。
まだ乗って1分程度なのでこの状況は初めての事だ。
俺はマイコを座席に寝かせると警戒しながら立ち上がり周囲を見回しながらその内容に集中した。
『この電車は特急となり終点まで止まりません。次は終点~滅多刺し~滅多刺し~。』
どうやらこれは各駅停車ではなく特急だったみたいだ。
もし『串刺』しに戻るならまたホームを移動する必要が有る。
しかし、最初の滅多刺しの女でも構わないかもしれない。
俺の持つ30センチくらいのバールならむしろその方が都合がいい。
それにここまでの間にあの女の異常な見た目や行動にも慣れて来た。
そろそろこちらから反撃しても良いのかもしれない。
そして、俺は荷物からおむすびを出すとそれを素早く食べてお茶で胃へと流し込む。
更に予備を手にしてマイコへと声を掛けた。
「マイコそろそろ意識をハッキリさせてくれ。」
「ユウヤ・・・私・・もう・・・。」
「マイコ!」
俺はマイコに見える様に前を向かせ手を振り上げた。
そして、勢いを付けてマイコの頬を打つ・・・手前で止める。
それでもマイコは強く目を瞑って痛みが来るのを待っている。
俺はその頬に手を添えてそっと口づけをした。
(もしかするとこれが人生最後のキスになるかもしれないな。)
するとマイコは痛みではなく頬と唇に感じる優しい感触に目を開けて俺を見詰めて来る。
どうやら、ようやく目が覚めた様だ。
そして、周りを見回して『ダイキとスミレは?』と聞いてくる。
俺はそれに首を横に振って答え、手にあるオニギリを差し出した。
「アイツ等は俺達を生かすために逝ったよ。ダイキに関しては立派な最期だった。」
「そんな・・・ゴメン。ゴメンね!私がしっかりしていれば・・・。」
恐らくマイコはダイキやスミレだけでなく他の4人にも同時に謝っているのだろう。
しかし、マイコは一つ重要な事を見落としている。
「マイコ、お前だけが責任を負う事じゃない。」
「だって、私が皆に指示を出して死なせたんだよ!」
「途中からは俺だって指示を出した。それに誰もお前に恨んでるなんて言ってないだろ!みんな他人を生かすために犠牲になった。それを自分だけが悪い様な考え方をするな。」
「だって・・・。」
「今は辛くても食べて力を付けろ。そうすれば少しは気分も晴れる。」
そして、俺は手に持っているオニギリをマイコに渡した。
マイコはそれを受け取ると泣きながら手を伸ばし袋の開け口へと指を伸ばす。
そしてそれを引こうとして首を傾げた。
「ねえ、これってドッキリ?開かないんだけど。」
見るとマイコは指が白くなるくらいに強く握り、指だけでなく手首も使って開けようとしている。
それだけでもそれなりに力が掛かっているはずなのに全く動く気配がない。
それどころか反対の手で握っている包みさえも変形せず、音も立てていないようだ。
「ちょっと俺がやってみる。」
「う、うん。」
俺はそう言ってマイコからオニギリを受け取ると力をそんなに入れなくても簡単に開ける事が出来た。
そして、そうなると俺が逆に騙されているんじゃないかと思い始める。
「もしかしてドッキリ?」
「それは私のセリフよ。どうなってるの!?」
俺は開けたオニギリをマイコに渡しながら少し考えてみる。
そして、マイコがオニギリを口にしようとした瞬間に手を伸ばしてそれを止めさせた。
「待て。」
「どうしたの?もしかして賞味期限とか。」
「いや、お前それを握って潰せるか?」
「そんなの簡単でしょ・・・。あれ?ん~~~!あれ、潰せない!それどころか石みたいに硬いよ。」
どうやら俺の予想は当たっていたようだ。
マイコは俺の持って来た物に触れるがそれを曲げたり壊したりは出来ない。
まるで周りにある物を殆ど動かせない様に。
紙などの簡単な物ならどうにかなるらしいが、それは逆にこの世界の仕様だと考えるのが妥当だ。
すなわち、これで1つの仮説が出来た。
恐らくは俺は生身だからこの世界に干渉できる。
そして、マイコは俺の予想が合っていれば霊体の様な存在なのこもしれない。
そう考えれば病院のベットに居ながらここに居るのも無理やりではあるが理解できる。
そして、俺ならもしかしたらあの女を倒せるかもしれない。
そうなると色々と疑問も湧いて来た。
「マイコたちは始まりの場所はあの『滅多刺し』の駅からなのか?」
「うん。なんでか男子トイレに居て一番奥の扉から女が出て来るの。そして襲って来るんだけど初めてだと混乱しててユウヤみたいに逃げられないの。でもアイツは最初に一撃を入れるとすぐにどっかに行っちゃうんだ。今回はたまたま見回ってたらユウヤが居て助けられたけど、みんな一度はあそこで怪我をしてるよ。」
すなわち、俺がイレギュラーなのはあそこで刺されなかったからか。
きっとあそこで刺されて体と精神が分離するんだな。
そして、体はそのまま駅の地下道の攫った場所に放置すると。
目的が分からないけどそう言う事だろう。
それでもしかするとイレギュラーな俺がこうしているから女がずっと居続けてるのかもしれない。
まあ、それは置いとくとしてこれからの事を考えよう。
「それと、マイコはその駅の事をどう認識してるんだ。始発、終着?」
「あそこは始発でしょ。」
そうなるとさっきのアナウンスとも食い違う。
始発駅イコール終着駅と見るべきだろう。
すなわち、ここに来るための駅がそのまま出口と言う事か。
これは完全に相手のミスリード狙いかもな。
てっきり、駅を進んだ先に出口があるのかとさっきまで俺も思っていたが、灯台下暗しとはこの事だ。
俺はそれらを分かり易くまとめてマイコへと説明した。
「そんな!私達、何度も行ってるのに・・・。」
マイコは悔しそうに顔を歪めると拳を作って自分の膝に振り下ろした。
しかし、これはあくまで俺の仮説だ。
もしかすると俺達を誘き寄せる罠かもしれない。
「でも今のところは確証は何も無い。だから確かめに行くしかないんだ。それに確実に女が俺達を待ち伏せしてるはずだ。今まで以上に注意しないといけないのは変わらないからな。」
「そうだね。・・・それと、えっとね。」
するとマイコがモジモジしながら俯いてしまった。
もしかしてこの緊張でトイレにでも行きたくなったのか。
しかし、この電車に車内トイレは無いみたいだ。
それにこれからトイレに向かうと言っても女が待ち構えている可能性が高いので落ち着いて出来なければ出る物も出ないだろう。
そうなると・・・残るはその辺でするか、お、俺のカバンにしてもらうか!!
「イヤイヤ、落ち着け俺。マイコはそんなふしだらな女じゃないんだ。それにトイレくらい探せば何処かに・・・。」
「何言ってるのかな?」
「おっと。」
どうやら独り言として口から洩れていたようだ。
しかし、マイコが漏らさない為にはここは心を鬼にして・・・。
「言っとくけどトイレじゃないからね。」
「なに!違ったのか!!」
「どうしてそこで驚くのかな。・・・もう良い。・・・最後になるかもしれないからもう一回キスして欲しかっただけなのに。」
後半は口の中でモゴモゴ言っていただけだったので聞き取れなかったがその顔を見れば何を言っているかは一目瞭然だ。
俺はマイコの顔に両手を添えて上に向かせると有無を言わさずに唇を交わした。
「「・・・。」」
「続きは外に出てからな。」
「うん・・・ありがとう。」
そして、いつもよりも長い移動を終えて車内にアナウンスが響いた。
『次は終点~滅多刺し~滅多刺し~。皆さま、どうぞ生きてお帰り下さい。』
「「お前が言うな!」」
そして、アナウンスの最後の言葉に揃って同じツッコミを入れて互いに笑いを噴き出す。
そして、扉が開いて外に出ると俺達は一直線に目的地へと向かって行った。
それにしても、出入り口を作るならもう少しまともな所が良かったな。
まるでこれだとトイレを我慢してて駆け出している様な恥ずかしさを感じる。
そして、到着すると入り口の前からヌラリと出刃包丁を手にした女が姿を現した。
「マイコ、俺が引きつけるからお前は先に行け。」
「でも・・・。」
「もし問題があればすぐに戻って来い。又は中から声を上げて内容を知らせろ。」
「分かった。絶対に死なないでね!」
もちろんだ。
早く外に出てマイコとあ~んな事やこ~んな事をするんだからな。
俗物的な欲望で悪いが命の掛かっている場面ではこういう単純な事がテンションを上げてくれる。
それに人だって他の生き物と同じで生きようとする時、子孫を残そうとする時には自分でも予想の付かない程の力を発揮してくれる・・・事がある。
ここは少しでも勝てる可能性を高めるために欲望に溺れてみよう。
「グヘッグヘ!」
(ん?何か女からの視線がいつもに増して冷たい様な。それに何でそこで半歩下がるのかな?)
「隙ありー!」
しかし、どんな理由で相手が半歩下がろうとも俺にとっては好機と言える。
一気に間合いを詰めると拳を握って女の腹パンを喰らわせる。
しかし、やはり武器となる包丁を持っているので以前の杭女に比べると効果が薄い。
俺は今も倒れる様子の無い女に向かい殴り蹴るの連打を加える。
何も知らないで見れば婦女暴行の現行犯で刑務所行きだろうが、ここで止めると女に主導権が渡ってしまう。
それに恐らくこいつが動かずに余裕を見せているのには何か理由があるはずだ。
それを示す様にトイレの中に駆け込んだマイコから声が上がった。
「ユウヤ!扉が動かない!」
「そう言う事か!」
すると女の口がニヤリと笑い、俺の拳を片手で受け止めた。
どうやら女はこうなる事が分かっていたみたいだ。
そして、手に持つ包丁を一閃し俺に攻撃を仕掛けてくる。
「きゃははは。お前ら・・・にが・・さだい。こごで・・死ぬ。」
「それはどうかな。」
今の俺の手には包帯が巻いてあり、手の中には裁縫用の小さな挟みが握られている。
出来れば使いたくなかったが俺はそれを取り出して女の肩に突き刺した。
「ギャアアアーーー!」
「お前は足元が御留守なんだよ。」
そして、今度は周囲へと水を撒きタイルの床を濡らしてやる。
俺はその上を慎重に走り女に蹴りを入れる。
すると女は足を滑らし大きく転倒した。
「俺の靴はハイグリップ仕様なんだ。もし雨の日に犯人を見つけても俺が転んで逃げられたらバカバカしいからな。」
現代の技術は偉大だ。
この靴を開発したメーカーさんありがとう!
そして、女が落とした包丁を遠くへと蹴り飛ばすと俺は再び構えを取った。
「ここからは本気のガチンコだ。」
「ご・・ろす!」
「やってみろや!」
女は腕から鋏を抜き取るとそれを手にして襲ってくる。
しかし、俺はそれを横に動いて躱すと左のジャブで女の顎を狙う。
そしてそのまま半歩離れその顔がこちらに向くと同時に鼻先にジャブを2発。
そして鋏を持つ手を蹴りその足が地面の着くと同時に体を回して回し蹴りを喰らわせた。
「これくらいじゃあまだまだ元気だよな!」
「もう・・ゆるざ・・・ない!」
女は足元を滑らしながらこちらに襲い掛かって来るが体勢が悪くすぐに転倒しそうになる。
俺はその隙を突いて攻撃を仕掛け、相手を俺に引きつける。
するとトイレの方から再びマイコの声が上がった。
「扉が開いたよ!それに出口を見つけた!」
「なん・・だど!」
すると女は二足歩行では間にあわないと感じたのか、バランスの良い四つん這いで蜘蛛の様に駆けだした。
「すぐに飛び込め!俺もすぐに行く!」
「絶対だからね!」
それきり声は聞こえなくなり、その直後に女はトイレに飛び込んだ。
そして、そこにある破壊された扉と無人であるのを確認すると立ち上がって雄たけびを上げる。
「キエーーーー!!!」
そして、雄たけびを上げ終わるとトボトボとトイレから出てきてこちらへと視線を向ける。
きっとどうやってマイコたちでは壊す事も動かす事も出来ない扉を開けたのか疑問でも感じているのだろう。
俺はニヤリと笑うとトイレの出口付近に転がっているバールを拾い上げそれを女に見せた。
「これが何か分かるよな。」
「そ・・れは、げん・・じつ・世界の。」
そうこれは俺がここに持ち込んだバールだ。
これはこの世界の物と違いマイコでも動かす事が出来る。
そして、これを介してならマイコでもこの世界の物に干渉できるのは電車から降りてここに来るまでに確認済みだ。
それを使って扉を破壊し脱出路を作り上げた。
コイツはマイコだけだと思って油断していたようだが俺が鋏しか装備していなかったのはそれが理由だ。
それに扉が開かない可能性も既に考慮していた。
初めてここに来た時、コイツが出てくる直前まで扉も閉まっていたし、ここのトイレは俺もここ数日は頻繁に使用していた。
だからここの扉が鍵を掛けなくても常に閉まるタイプの扉だと知っていたし、そうでなければこいつが常に一定の場所から動けなくなる。
それだとここに何かあると他の奴等に知られてしまうかもしれない。
さらに以前まではこの女が出て来るのは日に2時間しかなかった。
その為の対策も絶対にされているとも予想していた。
それらをペラペラと女に話して聞かせ俺は溜息をついた。
「それで、お前の目的は何だ?」
「もぐ・・でき・・・そでは・・おまえだを・・・ころず・・ごどだ。」
「いや違うな。お前の目的は他にある。俺が気付いてないと思うのか?」
そうでなければこんな化物からスワとイヨが1年も逃げ切れるはずがない。
言っては何だが俺の受けた印象から行って絶対に不可能と断言できる。
すると女の表情が消えさり俺を真直ぐに見詰めて来た。