4話
「ミ・ツ・ケ・タ!」
女は俺達を見つけると嬉しそうにニタリと笑い、ゆっくりと近づいてくる。
その歩みはとても穏やかで見た目が普通なら仕事に疲れたアラサーOLと言えなくもない。
しかし、女はバックの代わりに太い杭を持ち、スーツの代わりに血だらけのワンピースを着ている。
あの血が誰の物なのか知らないけど俺達の前には誰も居なかったという保証はない。
もしかすると俺達の前に居た人たちは全滅してしまった可能性もある。
そして俺達はというとゆっくりを移動を始め皆が隠れている場所から離れて女誘導している。
「アイツは動きは遅いけどさっきみたいに杭を投げられたらスミレは避けられないわ。絶対に気取られないで!」
「分かってる。」
すなわち他の皆は避けられると言う事か。
しかし、防げるではなく避けられると言うのがネックだ。
確かに見た目が100キロ以上はありそうな杭が飛んできてそれを逸らしたり防げるのは漫画やアニメの中だけだ。
あんな質量兵器が迫ってくれば地球上に無傷で防げる生物は居ないだろう。
そして、俺達の距離が後10メートルと迫った時。
突然イレギュラーが発生した。
「「「!?」」」
「灯りが!」
「周りが見えません!」
突然天井の電気がすべて消え、光っているのは足元を照らす僅かな光だけとなった。
それと同時にペタペタという女の足音が加速し声のした方向へと向かって行く。
「皆!今すぐそこから逃げてー!」
しかし、その直後に激しく床が揺れ動き何かを粉砕した音が聞こえてくる。
そして天井の灯りが再び点灯した時には俺達の前に女は居らず、その姿は少し離れた皆が隠れている店舗の前にあった。
しかし、俺達の目に入ったのはそれだけではない。
杭は壁へと突き刺さり、そこには腹部を貫かれたイヨの姿があった。
「ゴフ!・・ゴメン。・・やられ・・・ちゃった。」
「イヨーーー!!!」
それと同時にスワは杭の先端に駆け寄りイヨへと手を伸ばした。
しかしその時には既に息はなく、引き抜かれる杭と共にイヨは女の許へと向かって行く。
すると今の彼女はまるで糸の切れた人形の様に杭へとブラ下がり、女が杭を振り払うと同時に『グシャッ』という生々しい音と共に地面へと叩きつけられる。
そしてイヨの体はそのまま何度かバウンドして止まるとボロボロの体でスワを瞳に写し出し血の涙を流した。
「イ、イヨ・・・。そんなせっかく二人で一緒になれたのに。生きて帰ったら家の反対を押し切ってでもって・・・。」
そう言ってスワは力なくイヨの歩み寄るとその前で膝を付いた。
それに向かって女は「ギャハハハ!」と声を上げて笑いスワへと近づいて行く。
「スワ!立つのよ!彼女の分まで生きて!!」
しかし、マイコの叫びも届いていないのかスワは力なく立ち上がるだけだ。
そして、女に向かって自分から歩み寄って行く。
それはまるで全ての希望を失った者がビルの最上階から身を投げ出す様で、死へ向かって歩いているようでもある。
「ダメ!」
「うあーーー!みんな逃げろーーー!!ここは俺が食い止める!」
そう言って最後の蝋燭の灯が激しく燃え上がる様に目に怒りの炎を灯して女の腰へと抱き着き、押し倒した。
すると女はそこで僅かに口角を上げていつもと違う様な笑みを浮かべて押し倒される。
もしかすると女の笑みは俺の気のせいかも知れないがこれはチャンスだ。
「逃げるぞ!」
「待ってスワを残してなんて!」
「アイツの思いを無駄にするな!」
俺はマイコの腕を掴むと無理矢理にその場から連れ出した。
そして、他の2組もそれぞれに互いに手を取ってその場から離れるとそこにはスワと女だけとなる。
「クソ!どうして僕を引き離そうとしない。それとも俺はお前の相手にすらならないか!」
そして、スワは動かない女に混乱しながらもイヨの事を思い出して憎しみの視線を向ける。
しかし、そこには・・・。
「お前は・・・誰だ?」
「・・・。」
「は!?そんなバカな!それならどうしてイヨを殺したんだ!?」
「・・・。」
するとスワは何故か女から手を離し既に死んでいるイヨの許へと歩き出した。
そしてその手を強く握ると涙を浮かべて目を瞑りその時を待つ。
すると背後に女が近寄り、杭を頭上へと掲げて構えた。
「イヨ・・・俺もすぐにそちらに行くからな。」
『ドゴーン!!』
そして、杭での一撃によってイヨは一瞬で命を奪われて絶命する。
しかし、次の瞬間にはそこには誰かが居た痕跡も破壊の跡すら消え去っていた。
女はそれを確認すると興味を無くしたようにゆっくりと歩き始める。
俺達は2人の犠牲を無駄にしない為に電車に向かって走っていた。
先ほど聞こえた音と振動から女がこちらに向かっているのは明らかだ。
それにもし昨日の様な動きで来られたら追いつかれる可能性もある。
俺達は走る速度を緩める事なく、電車へと飛び乗った。
「発車するぞ。」
「「「「「・・・。」」」」」
返事は無いが否定も返って来ない。
俺はそれを肯定と勝手に決めて壁のボタンを押した。
すると扉が閉まり電車が走り始める。
次の駅まで何分で到着するかは分からないけど、この電車はあの女が乗っていれば動かないらしい。
すなわち、走っている電車内は完全な安全地帯と言う事だ。
俺は一息ついて座席に座ると周りを見回してみた。
(そういえば、襲われた時期とここに居る期間が全然噛み合ってないんだよな。それに何か意味があるんだろうか?)
名前も顔も出ていないが、年齢や学年だけは出ていたので知っている。
俺が彼方に居た間に襲われたのは高校2年生の少女が1人と後は高校3年生の少女が1人。
それと高校3年生の男子が2人だ。
今のところ俺の情報通りだけど、俺の知らない間に襲われている可能性も捨てきれない。
なんたってこんな摩訶不思議な空間に連れて来るような存在だ。
時間と空間を飛び越えての犯行も可能と考えるべきだ。
そして、俺は落ち込んでいるマイコの傍に行くとその横へと座り直した。
するとマイコは今まで見た事が無いほど冷たい目をこちらに向けて来る。
「どうして彼を残して来たの。」
「助けたい相手が居るからだ。それじゃあ納得できないのか。」
「当たり前でしょ!確かに皆の命には代えられなわ!でも・・・だからって!」
どうやらマイコは大きな勘違いをしているようだ。
俺が助けたいのは複数形ではなく単数形である。
それは恐らく他の奴等もそんなには変わらない。
今まで助け合って来たのも死にたくないから。
そして、自分の大切な相手を死なせたくないからだ。
それには一人や二人で行動するよりも複数で動いた方が助かる確率が高い。
現に他の奴は生き残り、こうして電車に乗っている。
「マイコ。」
「何よ、人で無し。」
「お前が俺の事をどう言っても俺は構わない。でもこれだけは言っておく。お前は大きな勘違いをしてるぞ。」
「一体なにを勘違いしてるって言うの!」
「俺が助けたいのは皆じゃなくてお前だ。そこだけは間違えないでくれ。」
「な!?そ、そんな事を人前で・・・。」
「それでもだ。こんな状況だから思いはしっかりと伝えておきたい。」
「だって、そんな急に言うなんて・・・(狡い)。」
そして、マイコは微妙な表情に変わると俺から顔を逸らした。
しかし、俺がこうやって周りに聞こえるように言ったのには理由がある。
それはこれが俺達二人だけに言える事ではないからだ。
既に付き合っていると言っているイチカとナゴミに関してだがこちらはナゴミがイマイチ踏み込めていない感じだ。
もう少し肩の力を抜けば良いだろうに真面目な性格が災いしてるのかもしれない。
そして、ダイキとスミレに関しては二人ともに問題ある。
ダイキは鈍感だしスミレは引っ込み思案だ。
しかし、さっき見ているとダイキは自分からスミレの手を取り、というか抱えてあの場を逃げ出していた。
きっとダイキが自分の気持ちに全く気付いていないだけで思う所があるんだろう。
そうでなければあの命の掛かった非常時に他人の事なんて構うはずがない。
今回の事で良い方に危機感が働けばいいんだけどな。
そう思いながら俺は少し自分の横腹に手を添えながら周囲を観察する。
俺達以外の2組はそれぞれに隣同士で座って肩を寄せ合っている。
ぶっちゃけ拗れているのは俺とマイコくらいだ。
もし、今の状況が続けばいったい誰が次の犠牲になるのか見当もつかない。
そして、前回と同じように次の駅を知らせる車内アナウンスが響き渡った。
『次は、首切り~首切り~。』
またもや酷い名前の駅だが。
しかし、最初が『滅多刺し』でその次が『串刺し』。
きっと駅の名前がそのまま相手の殺害方法を現しているなら次は首を気を付けないといけないのか。
それにしても指切りなら少しは・・・。
いや、指切りとは遊女が相手に愛の強さと覚悟を示すために自分の指を切って送り付けたのが始まりだと聞いた事がある。
今の時代だから子供でも簡単にしているけど本当の意味で言えばそんな生易しい物ではない。
すると次第に駅のホームが近づき電車は減速し始めた。
ただし、今回は床に押さえ付けられる事は無く、駅の構内を眺めるだけだ。
そして、停車するとゆっくりと降りて行き周囲を見回している。
「今のところここには居ないみたいね。」
マイコの声で周りから大きな溜息が零れる。
どうやらあの女が現れたのはあの駅だけみたいだ。
しかし、時間帯は深夜となり、緊張とイレギュラーの連続で全員が精神的に疲れ果てていた。
しかもマイコの反応から見て人が死んだのは初めてなのかもしれない。
俺だって人が殺されるのを見るのは初めてだけど今は目の前に護りたい奴が居る。
なので他人が死んだからと言ってこんな所でへばってはいられない。
「それでマリカ。この駅では何処で休むんだ?」
「今は状況がまだ分からないからここで眠りましょう。時間を決めて順番に眠るのが良いと思うわ。」
そして皆もそれに同意し、車両にある3つの扉の近くでそれぞれに休む事となった。
すると離れた事でそれぞれの声が聞こえない距離が空き、小声での会話が始まった。
「なあ、マイコ。」
「何よ!」
やっぱりと言うか凄く刺々しい返事が返って来る。
しかし、さっきは話しかけるなと言われ寝られてしまったのに比べれば聞き返されるだけでもかなりマシだろう。
「好きだ。」
「な!?こんな時に何言ってるのよ!」
「シ~~~。」
俺が気持ちをダイレクトに言い過ぎたからか、マイコは立ち上がって大きな声を上げる。
しかし、すぐに自分の失態に気が付くと両手で口を押えて席に座り直した。
ただ、先程まで30センチは離れて座っていたのが今では5センチと離れていない。
しかも顔が赤く、顔を背けていても耳まで赤いので俺からは隠しきれていないのは言わないでおこう。
そして、俺はマイコが病院に担ぎ込まれ、ここに来るまでの経緯を話して聞かせた。
その中には俺のマイコに対する思いも多分に含まれ、愛の告白と言っても良い様な内容になっている。
「ユ、ユウヤは・・その、本気でそんな事を思ってこんな所に来ちゃったの?」
「ここに来たのは偶然だけどな。お前の事を考えない日は無かったくらいだ。」
「う~~~・・・狡い。」
「は?」
するとマイコは頬を膨らませ俯いてしまった。
何で自分の気持ちを伝える事が狡くなるんだ?
「だって・・だって私だってずっとユウヤに会いたかったんだもん。なのにそんな事言うなんて狡い。これじゃあ、アナタしか見えなくなっちゃうじゃない!」
俺は呆気に取られて呆然とした顔をマイコに向ける。
するとマイコはそんな隙を突き、この半年で鍛えられた俊敏な動を発揮し一気に顔を寄せて来た。
「だからこれは仕返しなんだから!」
そう言ってマイコは俺の唇に自分の唇を押し付けてかなり無理やりなキスをしてくる。
しかし、俺はこう見えても実はロマンチストで初めてのキスはもっと雰囲気のある所でと夢想していた。
それがこんな所でとなると・・・まあ、今は良いか。
なので俺は仕返しにマイコが唇を離そうとした所で押し込み唇を離さない。
マイコも俺も息を止めているが不意を突かれたマイコは一気に鼻息を拭いて空気を吐き出した。
「ム~~~!!」
「ムムム(フフフ)。」
(やられたらやり返す!)
そして、マイコが肩をタップして降参を示したので俺は唇を放して解放してやった。
するとマイコの目は涙目になっていて俺を睨みつけて来る。
ぶっちゃけていえばちょっと可愛い。
もしかすると俺にはM気質があるのかもしれない・・・。
「ユウヤの意地悪。それだからなかなか言い出せなかったのよ!」
「悪い。それに関しては俺も反省してる。だからこれからはもっと素直になろうと思う。」
「ど、どうするのよ。」
俺は一度大きく深呼吸をする。
流石に今後の人生に関わる事だ。
勇気を振り絞らなければ簡単に言いだす事は出来ない。
「ここから生きて出られたら・・・。」
「きゃーーー!イチカーーー!!」
しかし、俺が一世一代の告白の直前にナゴミの切り裂く様な悲鳴が聞こえて来た。