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Luno-Kanto  作者: 虎月
3/5

聖夜の晩に

飲み下したカプセルの薬。

喉にへばりつくようなゼラチンが溶け落ちて。

内包されていた、顆粒が溶け出して。

そうして、それが神経を犯し始める。

──そんな、錯覚を覚えた。


      *


ちらつく雪に、白く曇る吐息。クリスマス・キャロルが流れるイルミネーションに彩られた街並み、十二月二十四日の暦、賑やかな人の騒めき。

クリスマス・イブ。

そんな日だというのに、独り溜息を吐いていた。

友人も予定がある。仕事なんてものは元から無いし、恋人なんて更に居ない。家族も居ない。

今年は一人ぼっちのクリスマスだと嘆息した。

──友人が、もし、今日という日に用事がなかったならば。そんなことを考えてしまうけれど、それはきっと、友人にも失礼な事だ。

何をして過ごそうか、と何をする訳でもなく、暗い液晶のスマートフォンを手慰みに弄ぶ。

映画を見る。ケーキを食べる。とりあえず思い浮かぶ限りの娯楽を浮かべてみたけれど、そのどれもがしっくり来ない。どうしようか、と思いながら、やはり足は独り、家路を辿る。

誰も居ない家。外よりは暖かくは感じるけど、やっぱりそこに温度はない。とりあえず暖房のスイッチを入れてから、外套を脱いでお湯を沸かすことにする。どうせならココアでも飲んでから考えよう、ということだ。

小さな薬缶(ヤカン)が沸騰するまで、脱力した息を吐きながら、視線を茫洋と彷徨わせる。

そう広くはない家。何処にでもありそうな間取りのマンションの一室。そんな中にある、衣服だとか生活に必要なものだとかよりも多く場所を取っている物。新古大小、なんなら雑多にジャンル問わずの本棚。それから、よく分からない蒐集品。

姉は、どうにも収集家の気性があった。それは昔から変わらずで、独り立ちして、収入を得られるようになってからはなお悪化したような気がする。具体的には、明治以前から昭和の中頃まで扱われていた品物の数々。油を灯す小さなランプ、ガラス製、もしくは金属で出来ているインクを付けて文字を書くペン。古めかしい宝石類。例を挙げれば、本当にキリがない。

蒐集品をぼんやりと眺めている内に、薬缶が沸騰する甲高い音が聞こえてきて、コンロの火を止めてからココアの用意をする。シナモンを、ほんの少しだけ加えてから掻き混ぜた。

少しだけ温度が下がるのを待って、やや冷めてから口に含む。丁度よく甘くて、私が好きな味。

そういえば、姉が失踪したのもこんなクリスマス・イブの日だったと回想する。本当に突然、姉は居なくなった。

メアリー・セレスト号。

そんなことを思い浮かべたことを、私は未だに覚えている。生活感のある部分と、長いこと閉じられていた蔵の中身のような部分が異様だと感じられたことも。

そして、現在は帰ってくるかどうかも分からない姉を待つように、私はこの家で寝泊まりをしている。最初の頃に覚えていた気味の悪さも、暫く暮らしていればそれが生活の一部になっていた。

半分程のココアを残して、纏まりのない本棚の前に立つ。

この本も、全て姉が集めたものだ。一部、どうやって集めたのか分からないような物もあるけれど、それは姉に聞かなければ分からないことだろう。今の目線は、恐らく姉と同じくらいの筈だけれど。

どれにしようか、と本を選ぶ。

特別読書が好きと言う訳ではないけれど、姉の集めた本はどれもこれも面白かった。

恐ろしいもの。愉快なもの。童話。詩集。

こうして見ると、自分は姉のことをよく知らなかったのだなと、改めてそう思った。姉が特に好きだったらしいもの。ハワード・フィリップス・ラヴクラフト。H・P・Lとも呼ばれていたらしいその作家に関連する本は、雑というか、適当に並べられているような他の本とは違って、特に手に取りやすい位置に整然と並べられていた。まるで、その本達がこの家の主であるかのように。

そして、その周りの集められた蒐集品が、それらを崇めているかのように。

そんな感覚に気味の悪さを一瞬覚えながらも、その中の本を適当に一冊引き出した。

──感想をただ単に述べれば、面白かった。

半分程残されたままのココアが冷めるのも気にならない程に、熱中していたのだ。何冊も、何冊も──関連していた作家の本まで読み終わる程には。

宇宙の恐怖。今あるものが引っ繰り返されることの恐ろしさ。イドの中で、何かが口をぽっかりと開けて、今か今かと食らいつこうとするのを待っているかのような。

そんな最後の一頁を捲り終わって気が付くと、時計の針は十一時半を指していた。慌てながら、冷めきってしまったココアを飲み干して、急いで歯磨きをする。その後に軽く水を口に含んで、瓶詰めの睡眠薬を取り出した。

睡眠薬とは書いてあるけれど、中身が何かは正直知らない。手書きのラベルは、見慣れた姉の文字。

これを飲むと、よく眠れるから飲んでいるけれど──正直に言うと、カプセルの中身が何かを、私は知らない。

白いカプセル。中身の顆粒も以前に見たけれど、何の変哲もない、よくある薬剤の形と色だった。

まるで、何かの卵のようだと一瞬思ってしまった自分をらしくない、と一蹴して、口の中に放り込んでから飲み下す。

──得体の知れないものを飲み込んでしまった、と感じたのも、きっと気の所為だろう。

布団に潜り込んでからそう時間の経たない内に、眠気が訪れる。

時計は、日付の変わる少し前を指していた。


     *


──珍しく、夢を、見た。

この薬を飲む時、何時もは夢なんて見ないのに。

上下左右、何も無い真暗闇の中に、自分の肉体が浮かんでいるのを知覚した。

どろどろとしたその中で、自分だけがはっきりとした形を持っていることを認識する。

そうして、意識は更に深い場所へ。

──か細い笛。太鼓の音。音楽とも呼ぶことすら憚られるものを、音とすら呼べないものを、私は聞いた気がした。


ガチャリ、と鍵が開いたような音がした。

暫く、自分が目を開いていることにも気付かずに、夢の続きかと思いながら頭を動かす。()()()

時計の針は、日付が変わった直後。

それを視認した直後に、扉が開いた音に、()()()()()()()()と意識が覚醒する。

入ってきたのは誰だ。

この家の鍵を掛けた記憶もある。なんなら、ドアチェーンだって掛けた。なのに、何故()()()()()

血の気が引く。指先は雪にでも突っ込んできたかのように冷たくなっていた。

誰か助けてくれ、と思っても残念ながら頼りの綱になりそうなスマートフォンは少しばかりで充電中である。アラームを止めて、二度寝してしまわないために。

誰が、誰が──()()来たんだ?

今にも恐怖で途切れそうな意識を必死に繋ぎ止めながら、布団に潜り込む。

足音、いや、足音じゃない。

裸足の足音──自分の立てるそれに近いけれど、何かが決定的に違っていた。

幻覚じゃない。質量を持っている。ああ、これは、これは、何なのだ。


そして、それは寝室の扉を開けて──

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