ラ・イラーの子守唄
これは、僕の見た荒唐無稽な悪夢だ。
どうか、そう信じて欲しい。
これは、哀れな気狂いが見た悪い夢なのだと。
僕自身、そう信じたかった。
けれど、もうそれは叶わないから、せめて──子守唄を歌ってくれ。
ラ・イラー。
ずっとその言葉が、僕の頭から離れてくれない。
子守唄のフレーズのように、安穏とした感動を──そして、時折酷く悍ましい感情を呼び起こすその言葉が。
十七年間もの間、自身を育んだ生まれ故郷、捨て子であり父母を知らぬ孤児として育った僕の、心に残っているあの美しい海。ラ・イラーの海。
ライラ、ライラと幼い僕は、それを上手く発音できずにそう言葉を発していた記憶がある。
何かしらの歌のフレーズに、またある時は決め台詞のように、ラ・イラーという言葉が刻まれていた。
僕は、その後そこを出て、今はこうして一人で暮らしている。今年で丁度三年目、つまり僕は、今年で二十歳という訳で、その誕生日は明後日だ。ハッピーバースディ、僕。グッバイ、世界。
僕は、きっとあの海に消えるだろうから、今のうちにお別れと、パーティーを済ませなきゃ。大好きな生クリームと苺のたっぷりとしたケーキ、暖かくて甘い紅茶。これを心行くまで食べたいから、明日は一日行きたかったお店へ行こう。
実は、明後日から逆算して一ヶ月前から、子守唄のような優しい歌が聞こえるんだ。ラ・イラー。僕を呼ぶ海。僕を呼ぶ歌。海に住むものたちの、誘う声。
僕を育ててくれた人達、優しくしてくれた人達へ、ありがとう、さようなら。
僕は、水底に帰ります。
だから、僕を思い出す時は賛美歌ではなく子守唄を歌って欲しいのです。
ラ・イラー。僕を偲ぶためなら、マザーグースを歌って聞かせてください。
あの日の子供の日の思い出が、消えないように。
それでは。