『リョウメンスクナ・8』
「ぐ、ぅ……嫌な奇襲をやってくれる」
復活用の注射を打ち込み、ダウン状態から回復したレイスは呻きながら身体を起こした。
発電機の部屋は先ほどの襲撃が嘘のように静まり返っている。
リザはあの八尺様に掴まれたまま、どこへなりと消えてしまった。
サイシーバーで呼びかけてみたものの、当然ながら返事はなかった。
「……発電機は動かせたから一歩前進。で、リザが連れ去られて一歩……、いや三歩は後退したな」
ため息交じりに銃を担ぎ直しレイスは考える。
まずはリザの居場所を探し当てることが先決だ。アイコンも特に異常はなく、彼女が無事なのは間違いないだろう。しかし、それがいつまでも続いてくれる保証は無い。
もちろん、広大なフィールドの中を強大な怪異が徘徊している現状は、レイスにとっても危険極まりない。
行動にはスピードと同時に最大限の慎重さが求められるだろう。
「―――ま、俺の得意分野ではあるか」
お兄ちゃんは心配しすぎとよく妹にも言われるくらいだ。
レイスは深呼吸をしながら気を落ち着け、来た道を引き返し始めた。
(電力が戻ったのなら、監視カメラも使えるようになっているはずだ。それでまずはリザを探そう)
早足でクリアリングをしながら、階段を上って警備室へと戻る。
室内は電灯こそ点いたものの、いまだに薄暗いままだった。そんな部屋の中で、複数台並んだブラウン管テレビが煌々と映像を映し出している。
「よーし、いいぞ……」
レイスは銃を傍らに立てかけ、監視カメラの位置とマップを照らし合わせながら画質の荒い映像を確認していく。
「……なんだこれは」
すぐにレイスは違和感をおぼえた。
監視カメラに映された光景は、“宗教施設”と言うより“監獄”のソレだった。
外で見たような自動扉が理路整然といくつも並んだ廊下には、何ヶ所かを仕切る様に鉄格子が設けられていたり、監視所のようなブースもいくつか見て取れる。
何より自動扉内の個室内にもカメラが設置してあり、中の様子がここから丸わかりだった。
ボロボロの布団や汚れた洗面台と便器がある様子から、信じられない事に生活空間として機能していたようである。
ざっと見た感じで二畳か三畳くらいの広さだろうか?いずれにしても、この部屋に押し込められた人間はたまったものではないだろう。
「とはいえ、流石に全部の個室を見る事はできないか……。カメラが壊れてるのか、黒幕の手抜きかだけど……」
まぁ、全部の部屋に調べる余地がありますと提示されるよりは何倍も手間が無くていい。
レイスはサイシーバーに写し取ったマップにチェックを入れながらリザの姿を探した。
「……いない、か」
カメラに見える範囲では、リザを発見することは叶わなかった。
しかし大きい収穫もあった。
三階の居住区(?)らしき廊下で、アルミア達がヒルコを相手に奮戦している姿が見えたからだ。
どうやら発電機を起動させたことで自動扉のロックが外れ、部屋の中にいた連中が廊下に溢れ出してきてしまったようだった。
正直、申し訳ない事をしたとレイスは心の中で謝りつつ三人の健闘を祈った。
そして気になる所がもう一点―――。
「地下の映像はほとんど潰されているな……」
こちらは意図的に監視カメラが壊されているのだろう。
どのチャンネルを選んでも砂嵐ばかりで映像は来ていない。
レイスはここに何かあると判断した。
二階、三階を捜索する事も考えたが、アルミア達が先に乗り込んでいるのならばどう転んでも敵は掃討されるだろうし、もし都合よくリザが合流してくれたのならこちらに連絡も入るだろう。
ならば自分が優先して捜索しなければならないエリアは地下だ。
表が宗教施設に偽装した収容所なら、地下はそれらの人間を使った実験場だと相場が決まっている。
「……つまりめちゃめちゃ危ないって事なんだよな」
それでもリザを助けに行かなければならない。
レイスは腹を括って残弾とリュックのアイテムを再確認し、改めてAK-12を手に取った。
発電機のあった場所の近くは、壁が崩落していて抜けられない事は監視カメラでチェック済み。
レイスはひとまず反対側の廊下を進んで、別の階段から地下を目指すことに決めた。
「待っててくれよリザ……。頼むから無茶しないでくれよな」
レイスは険しい表情を浮かべながら、駆け足で警備室を後にした。
※※※
ゆっくりと海面に向かって浮上するように、リザは深い闇から意識を覚醒させた。
重い目蓋を瞬かせながら見開き、ぼんやりする頭を振りかぶりながら身体を起こす。
最初に目に飛び込んで来たのは、冷たいコンクリートの床と壁。煤けて汚れたそれらは、いかにも廃墟じみた雰囲気を醸し出している。
ただ、造りそのものはしっかりしているようで、単純に掃除がされてないのだろうという事が分かった。
「ここは、どこだ……?」
さながら、地下駐車場のような場所だ。
低い天井と乏しい明り、等間隔で並ぶ太い柱たちがリザを出迎える。
「ッ……!!銃が!?」
身構えようと腰に手を伸ばしたリザは、空になったホルスターに気が付いた。
ベクターはおろか、ブレイクエッジもソードサンダラーも無くなっている。
『ははは、ずいぶんとお困りのようだ―――。やあ、お嬢さん。さっきぶりだねぇ』
慌てるリザを楽しむように、どこからかスピーカー越しにねっとりとした男の声が響き渡った。
「……物部天獄っ!!」
『どうもどうも……。きっと今の状況に混乱しているようだから、手助けをしてあげようと思ってねぇ』
「こうなったのもお前の仕業だろうが、ふざけやがって……!!」
周囲に視線を巡らせながらリザは憎々し気に吠える。
それすら意に介した様子も無く、物部天獄は続ける。
『まぁ、そうなんだけどちゃんと理由があるのさ。それよりもまずは贈り物を受け取ってほしい……。そこにアタッシュケースが転がってないかい?』
言われるままにリザが目線を降ろすと、銀色の小ぶりなアタッシュケースが落ちていた。
警戒しながらゆっくり近づき、不審な点がないか観察する。
『罠なんて仕掛けてないとも、安心してくれ』
「どうだか……」
リザはそれでも他に手が無いと判断し、最大限の警戒をしながらアタッシュケースのロックを外して中身を開いた。
そこには一丁の銃とナイフが納められていた。
『キンバー社製、M1911だ。君好みの銃だろう?』
「コルト・ガバメントで通用するもんを気取るんじゃねえよ……」
『ははは、派生作品も多いからこういうとこはしっかりとしておかないとねぇ』
リザは苛立たしさを隠すことなく、乱暴にアタッシュケースからガバメントを手に取った。
黒を基盤とした馴染みある外観に独特のデコボコを持つグリップ。アメリカ海兵隊の特殊部隊向けに設計されたモデルだ。
下部にレールフレームを採用しており、フラッシュライトを取り付けることが出来るなどカスタマイズされている。
『弾は七発、予備弾倉はない。接近戦用にナイフも差し上げるが、あまり期待しない方がいい』
リザはスライド引いて弾を薬室に送り込み、いつでも撃てる態勢を整えた。
これからコイツが自分に何を期待し、何をさせようとしているのかも大方予想がついたからだ。
「―――アタシを蟲毒に使おうってか」
『んんー、察しが良くて助かる。そうとも、これからお嬢さんはこの地下で死に物狂いで戦ってもらうことになる。死んでもいいけど、こちらとしてはギリギリ生きてるくらいの状態で勝利を収めてほしいところだねぇ。じゃないと、生贄として価値が出ないからさぁ』
「生贄だと!?」
『ははは、リョウメンスクナにはより良い糧が必要なのさ……。それに君は最適だった。……思う所はあるかもしれないが、でも今すぐ死ぬよりはいいだろう?もしかしたら君の仲間が助けに来るかもしれないしねぇ!!』
「チクショウが……」
物部天獄の言う通り、今のリザに出来ることは少しでも長い時間の生存だ。
奴が蟲毒と言うからには、このフィールドに恐らく出口はない。中にいるモノどもとの命を賭けた殺し合いが終わるまで、それが開くことはないだろう。
それが呪物を―――ひいては物部天獄の言うリョウメンスクナへの生贄を作り上げる儀式だとしても、リザに選択権はない。
『それじゃあ、頑張ってくれたまえ。……グッドラック』
物部天獄の声が途切れると同時に、ヴーッ!ヴーッ!と警告のサイレンがけたたましく鳴り響く。
リザはナイフを持つ左手首を支えにガバメントを構えた。
「やってやろうじゃねえか……クソ野郎!!」
八つ当たり気味にリザは吠え、彼女の孤独な戦いの火蓋が切って落とされた。
引っ越しも終わってようやく状況が落ち着いたので、また更新を再開します。
長らくお待たせしました。よろしくお願いいたします。




