『リョウメンスクナ・7』
レイス達は道中のヒルコを掃討しつつ、ようやく件の施設へと到着した。
ショッピングモールにも似た長方形の建築物で、窓の数から見て三階建てだと思われる。壁は全面が白で塗りたくられていて、経年劣化で塗装が一部剥げ落ちているものの、その嫌な威圧感は健在だ。
入口らしいところは鍵が掛かっていたので、謹んで爆薬で開錠させてもらった。
リザが扉を蹴り飛ばし、滑らかな動きで二人は室内に侵入する。
「暗いな……」
「ライトを付ける」
レイスは銃口付近に取り付けられたフラッシュライトを点灯させた。
ざっと周囲を見回すと、そこは警備室のような場所だった。沈黙したテレビが何台も壁に並んでおり、手前にはスイッチがいくつもある操作盤が置かれていた。そこそこの人数で使う部屋のようで、リザとレイスが並んでも十分な広さがある。
「監視カメラか……。動かせそうか?レイス」
「いや、うんともすんとも……。たぶん、電気が来てないんじゃないかな」
適当にボタンを押しても反応はない。
お手上げだと諦め、レイスは再び部屋に目ぼしいものがないかダークアーツを駆使して観察する。
「ん、リザ!ちょっとこれを見てくれ」
「どうした?」
レイスがライトを向けた先には、額縁に入れられてでかでかと掲げられた施設内の地図があった。
ゲームとかではめっちゃあるけど、現実だとそうそうお目に掛かれないサイズ感である。
レイスはその地図の一点に注目した。
「ここに発電機の部屋がある。もしかしたら、施設の電力を復旧できるかもしれない」
「あ?でも外から見る限りじゃ、電線は通ってたよな?なんでまた発電機なんか」
「もしものための予備電源か……、あるいは独自で賄わなければならないほど電力を食う何かがあるのか。いずれにしても、まともな理由じゃないだろう」
話の通りなら、この施設では呪物が保管されていた。完璧な管理体制があったとしても、それが停電と同時にダウンしないとも限らない。そういう用心のための発電機ではないかとレイスは考えた。
イコール―――電力が完全に堕ちている今は最悪の危険地帯とも言える。
「場所は地下か。階段は?」
「ここだな。警備室を出て廊下を進んで……突き当りを右だ」
「オッケー、案外近いな。楽勝だぜ!」
「頼むからそういうセリフは言わないでくれ!何が起きても不思議じゃなくなるから!」
主に災難という方面でだ。
レイスは念のため、サイシーバーで地図を撮影してデータに反映させた。これでサイシーバー内のマップでいつでも場所の確認が可能になる。
リザの言う通り、何もなければ地下へは難なく行けるだろう。何もなければ。
「先行するぞ」
「了解、相棒」
「………。ふ、不意打ちはよせ」
頬を膨らませるような声色でリザにそう言われたものの、今の何が不意打ちだったのかレイスにはとんとわからなかった。
廊下は窓がないため酷く暗く、銃のライトの明かりだけが頼りだった。
暗視ゴーグルを持ってきておけばよかったとレイスはため息をつく。闇に照らし出される廊下は表と同じく白一色で、壁に柱のでっぱりはなく整然としている。白色のイメージの強い病院でもここまで無味乾燥とはしていない。
通り際にいくつか横にスライドする自動扉らしきものがあったが、いずれも電気が来ていないせいでパネルは沈黙しており、開く気配はなかった。
長い廊下をようやく突き当りまで進み、リザが角から素早く左右を確認する。
どうやら安全らしく、ハンドサインでついてくるよう促された。
……本当に静かだ。
アルミア一行の銃声すら聞こえない。
もしやもうやられてしまったのかとも思ったが、チームメンバーのアイコンで見る限りは健在だ。
それはそれで、いったいどこに行ってしまったのか気になる所でもある。
「……階段クリア。行くぞ」
「ああ」
カチャッと銃を揺らしながら、前方だけでなく上下もしっかりとライトで照らしていく。
この何も来ないが、何か来るかもしれない時間が一番、緊張する。力んでしまった手を軽く開いたり閉じたりしてほぐし、自然体を維持しながらレイスは後に続く。
地下一階も、上と同じく白塗りの廊下が続いていた。
仮にこんな所で生活していたとすれば、完全に目がおかしくなることは請け合いだろう。宗教施設というよりは、気味の悪い実験場かマッドな精神病院と言った方がしっくりくる。
慎重に、しかし大胆に歩を進めながらレイスとリザは発電機の部屋の前までやって来た。
幸い、こちらは自動扉ではなくただのドアノブがついた鉄扉だった。
「ラジオに反応はなし、たぶん大丈夫だ」
「妙な物音もしねぇな……。入るぞ」
扉越しに聞き耳を立てていたリザが銃を構え直し、ゆっくりとドアノブを捻る。
鍵は掛かっていなかったらしく、リザがレイスにアイコンタクトを取る。
レイスは頷きながらいつでもカバーできる位置に陣取り、突入するよう促した。
「フッ!!」
リザは一気に扉を押し開き、室内に踏み込んだ。
素早く部屋の中央まで走り込み、銃口を四方に向けながら全体を確認する。
異常は……ない。
大型のタービンのような機械が鎮座し、パネルと繋がった配線が部屋のあちこちに伸びているばかりだ。
「なにもいないな……。レイス」
「ああ、クリアだ」
ふぅ、と二人は息を吐いて銃を降ろした。
レイスはさっそくタービンを調べに掛かり、リザも部屋の中をブラブラと見て回る。
「どうだレイス?動かせそうか?」
「ああ、簡単な配線パズルだ。あとは一本抜けてるヒューズを戻せばすぐにでも起動できる」
「おなじみのヒューズか……。じゃあ、また地下を回って……」
「なに、それには及ばない」
背中のリュックを降ろすと、レイスはチャックを開いて中をあさり―――。
「新品のヒューズー!」
キリッ!とした顔で取り出した真新しいヒューズを、高々と掲げた。
「こんなこともあろうかと用意しておいたんだ」
「いいのかよそれ……」
とんだ謎解きスキップである。
ちなみにレイスはまだリュックにクランクとレンチを残していたりもする。
ご機嫌に鼻歌を歌いながらレイスはヒューズボックスにヒューズを押し込み、パパッとつなげ直した配線を横目に起動レバーに手を置く。
「それじゃあ警戒を頼むぞ、リザ」
「お任せ」
ガコンッ!とレバーを押し上げると、タービンが唸りを上げて回転を始め、同時に天井の蛍光灯が順番に点灯し、明るい光を部屋の中にもたらしていく。
配線パズルも問題なく正解だったようだ。
「………」
「………」
二人はしばらく身構えたが、特に動きはない。
こういう時ほど敵の襲撃があるものだが、どうやら心配しすぎだったらし。
「拍子抜けだな」
「わからないぞ?もしかしたら廊下に出た瞬間とかを狙って……」
ザ―――!!ザザザザ、ザ――――ッ!!
レイスの腰のラジオが激しい反応を見せた。
しかし二人が銃を構えるより早く、背後に立っていたソレは動いた。
『―――ぽっ』
刹那、横っ面からトラックに突っ込まれたような衝撃がレイスを襲った。
現れた二メートル強の巨躯の女―――八尺様の粗雑な腕の薙ぎ払い。ただのその一撃で、レイスは息が止まりそうな勢いで壁に叩きつけられた。
「がっはっ!?」
膝まで伸びる長い髪の向こう……白く大きな帽子の下に覗く、耳まで裂けるような口がニンマリと笑う。ギョロリと剥いた黒目は次に、驚愕するリザを見た。
「やっろぉッ!!――――うわっ!?」
『ぽぽぽ、ぽぽぽ―――ぽっ』
トリガーを弾くより早く、八尺様の異常な長さの腕がリザの顔面を掴んだ。
それでも負けじと、至近距離からヴェクターの.45ACP弾を胴体めがけて浴びせかける。
『ぽ、ぽぽぽぽ』
(くそっ!!効いてねえ!!)
グンッ!!と八尺様の手に力が籠る。頭蓋がギリギリと締め上げられる感覚にリザは焦った。
しかし、次の瞬間には視界が歪みだし、意識が遠のいていく。これは転移やエリア移動の時に起こる現象と同じだ、つまり―――。
(連れ去られるッ!?)
この場で分断はまずい。敵の本拠地で単独行動となっては生存率は著しく下がる。
いや、そんなことよりレイスは無事なのか?先ほどの攻撃でダウンしたのなら、蘇生アイテムが無い限り詰みだ。
そんな思考がグルグルとリザの中で回るうちに、八尺様は最後の一押しにと『ぽっ』と楽しそうに啼いた。




