『禁后‐パンドラ‐・終幕』
「……どうにも肩が重いな」
ゲームを終えたその日の夜、光太郎は浮かない顔で食器を泡立てながら昼の後片付けに勤しんでいた。
いろいろと心労がたたってるせいかもしれないなと思いつつ、ぐるりと肩を回す。
「んお……!? おー、お兄ちゃんちょっと動かないでね」
「ん、どうした我が妹?」
直後に力一杯、背中をバシ!バシ!と叩かれた。
女子高校生の全力の張り手、それなりにダメージがある。
「痛い痛い! 何事!?」
「ん、いやちょっと全長二メートルくらいの虫がついてたから」
「それはもう虫とは呼ばない。エイリアンかクリーチャーだ」
自分の背後にそんなもんがいたら流石に気づく。
なんなんだと思いながら光太郎が痛む肩回りの背を撫でる。
「あれ?」
不思議と先ほどまで感じていた肩の重みが消えていた。
身体のダルさも抜けてすこぶる快調だ。
……もしや本当にさっきまで二メートルサイズの虫が背中に!?
「―――お兄ちゃんさ、今日どっか変なとこ行ってた?」
唐突に明里が少し真剣味を帯びた声色で聞いてくる。
少し考えたものの、今日は学校からまっすぐ帰ってきている。寄り道などの覚えはない。
そもそも変なとことは……?
「いや?今日はすぐ帰ってゲームをしたくらいだけど……」
「ダークスイーパーだよね? じゃあそのミッションログって見せてもらっていい?」
「ああ、別に構わない」
傍らのホロパッドを明里に差し出す。
ミッションログといっても、ただのリプレイ映像やプレイしたミッションの名前、黒幕の情報がわかる程度のものだ。
明里は何が気になったんだろうと光太郎は頭に疑問符を浮かべる。
「……ふぅん、禁后か。またすごい所の引き当てるなぁー」
「有名なミッションなのか?」
皿洗いに戻りつつ、光太郎は背中越しに明里に問いかける。
「いやー、この題材のミッションはそれこそたーくさんあるよ? 問題はその中のどれに当たっちゃったかって話。 端的に言うと、お兄ちゃんはめちゃめちゃクジ運が悪い! どうしてそう、ボンボン駄目なやつばっかピンポイントで遭遇しちゃうのか意味わかんないレベル!」
「そ、そうか……。 いやでも、いちおうはクリアしたし、内容も悪くなかったが……」
突然にサメが出て来て、幽霊と合体してサメゴーストになって襲ってくるとかそういう物ではない。至極まっとうなホラーミッションだった。
超展開がオンパレードするZ級映画みたいなミッションもそれはそれで面白いけど……。
「………正直、お兄ちゃんがこれだけゲーム続けるなんて思わなかったしなぁ。 すぐ飽きるってタカを括ってたんだけど」
「ん? 何か言ったか? 明里」
「んーんー? なんでもないよ」
明里はパッドを置いてソファから立ち上がると、ホロフォンを操作して通話を繋いだ様子だった。
どこに連絡しているのだろう?友人だろうか?
明里は居間を出て階段に腰かけると、光太郎に聞こえないよう囁くように電話口の相手と話し始めた。
「そう、ログは今投げたから確認して。 うん、そこのミッション完全にヤバイやつ。 たぶん、男の人はまだ憑かれてる。 うん、そう。 わかった、そっちの祓いはお願いね。 このシーシャさんって人も心配だし、なる早で」
ちらっと居間を確認する。
光太郎は皿洗いに集中していて、こちらを気にする雰囲気はない。
「ん? うん、お兄ちゃんは全然ピンピンしてる。 くっついてたのは叩いて落とせるくらいのだったし。 ホント、相変わらず気づかないくせに危機回避能力はすごいよ。 はは、うん。 自慢のお兄ちゃんだから。―――うん、じゃあそっちはよろしく。 私はゲームに入って中のを処理するから、皆にも連絡しておいて。 ん、じゃ」
ホロフォンを切ってふうっと一息つく明里。
これから大仕事だ。気合を入れなくてはならない。
「明里? 何か問題でもあったか?」
むんっと両腕に力を込めていると、居間からそんな声が飛んできた。
おっとまずい、と明里は明るいトーンに声色を戻す。
「なんでもないよー、お兄ちゃん!」
「そうか? ゲームがどうのって聞こえたが、ダークスイーパーの方か? なんなら手伝えるけど」
どうにも見当違いな心配に思わず吹き出しそうになる。
これだから我が兄は察しがいいようで察しが悪い。でも、それだけ大事にしてくれていることがわかって、少し嬉しい気持ちにもなる。
だから―――。
「大丈夫だよお兄ちゃん。 お兄ちゃん達より、私のチームの方がずっとずっと強いから」
楽しんでもいるし、趣味として続けているのもその通りだ。
ただほんの少しだけ、そこに強者としての責任が伴っているだけ。
明里は光太郎にそう言うと、静かに自分の部屋へと戻っていった。




