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『禁后‐パンドラ‐・11』

「ど、どうしましょう……レイスさんはまだ」


「そういえば聖水を持ってるのはレイスくんだけでしたね~」


 その二人の声に応じるように、全速力で走って来たレイスが部屋に転がり込んで来た。


「お待たせしました! でも、後ろからすごい勢いでバンドウさんが追っかけて来てますよ!!なんですかあのスプリント!?あの人、陸上選手か何かですか!?」


「す、すぐアレに聖水を使って! バンちゃんを止めないと!」


 シーシャが指さす先の鏡台を見て、レイスは「あー」という顔をする。


「すみません、最後の一本はさっき使いました……。追い付かれそうだったのでつい」


「ええ!?」


「ここぞで役に立たないところも絶妙にレイスくんらしいですね~」


 ひどい言われようである。

 そうこうしている内に、部屋中の壁や天井から這うように黒髪がにじり出てきた。まるで檻に獲物を絡めとるような動きだ。

 ここはまずいと中央の鏡台に集まり、四方を警戒しながら四人は銃を構える。


「これは完全に囲まれましたね~。どうしましょうか~?」


「迎え撃つしかないでしょう……。先に手首を壊しておきたいところですが……」


「私がやります!お二人はバンドウさんの相手を!」


 アルミアと行動したことですこぶるタフになったディナが鏡台を開けに掛かる。

 同時にアルミアが蹴破った襖の所に、斧を持ち、白目を剥いたバンドウがぬるりと現れた。


『イイイイイぃぃぃぃ!!サセナイ、マだ早イ。モット深ク、繋ガルマデはァ!!』


「意味のわからんことを……!!」


 飛び掛かってきた来た一撃は先行したレイスが受け流した。

 さらにはバンドウの腕を取って捻り回し、勢いを逆手に取って投げ飛ばす。合気道の要領を駆使したカウンター技だが、当のバンドウは壁に綺麗に四つ足で着地し、投げの衝撃を押し殺した。


『カアアアアアアアアアッ!!!!』


 耳をつんざく咆哮―――それに呼応するように、伸びてきていた黒髪が蛇の如く蠢き襲い掛かってきた。切っ先は鋭く、黒髪の突進を受ければ串刺しは免れない。加えて多方向からの一斉攻撃だ。ディナとシーシャも例外なくその攻撃の直線状に入ってしまっている。


 レイスとアルミアの反応は速かった。


「こっちですよ!!」


「わわっ!!」


 アルミアはすぐさまシーシャを自分のそばに襟首をつかんで引き寄せ、黒髪の槍に銃弾を見舞って捌き切った。


「危ないッ!!」


「きゃあ……!!」


 レイスは頭から飛び込んでディナを突き飛ばし、槍の攻撃範囲からギリギリで逃れる事に成功した。

 しかし……。


「あ、手首が!!」


 突き飛ばされた衝撃で、彼女の手の中から八千代と貴子の手首が離れた。

 パタリと畳に転がった呪物を四人と憑かれたバンドウの視線が追う。


「確保~ッ!!」


「合点ッ!!」


 レイスが地面を蹴るのと再び黒髪が彼を襲撃するのはほぼ同タイミングだった。

 触手めいた動きながらそのスピードは凄まじく速い。連続で八方から迫りくる槍衾を、レイスは必死に避け続けた。

 だが、こうまで進路を封殺されては手首まで近づけない。


「くっ、あぁ!!だめです!アルミアさん!!」


「こっちも~、おっと。厳しいですねぇ~、ハッ!!」


 アルミアもアルミアで手斧の一撃をジェリコで受け止め、バンドウと鍔競り合いをしている真っ最中だった。

 ギンッ!!と火花を散らしながら手斧を弾くも、腕力勝負では圧倒的に不利。流石の彼女でもガン=ドゥは学んでいなかったため、この超接近戦はやりにくい間合いだ。

 そもそも銃を握って戦う距離ではないところを無理やり押し通しているのは、彼女の技量あってのことだろう。


「わ、私が行きます!」


「ディナさん!?」


 姿勢を低く駆けだしたディナ。

 当然、黒髪の攻撃は壁や天井から動いた彼女を狙ってくる。右に左にステップを踏むように跳んでかわし、銃口をまっすぐ手首へと向けた。確実に当てられると思えるほどの距離ではないが、絶対に当たらない距離でもない。

 ディナは自分を信じて狙いを定め―――。


「くらえぇぇえっ!!」


 三度、引き金を弾く。

 対霊弾の青いマズルフラッシュが輝き、吐き出された弾頭は吸い込まれるように手首へと向かう。

 

 ズドドドドッ!!!


 ―――だが、畳から飛び出してきた黒髪の柱がその弾丸を受け止めてしまった。

 明らかな防御行動……つまり、手首が連中にとって確実にウィークポイントであることは証明された。

 しかしそれゆえに攻撃を行った人物、すなわちディナに対してのヘイトは最高潮まで増してしまった。


「わ、わっ!?きゃあぁぁぁッ!!」


 レイスに向かっていた攻撃の一部がディナへと向いた。

 プレイヤースキルが化物のアルミアと、それに付いていけるレイスより遥かに劣る彼女では、対処し切れるものではない。

 肩や太ももに強烈な一撃を喰らい、壁際まで弾き飛ばされた。


 今のでダウン状態になったのか、ディナは衝撃に呻きながら仰向けに転がった。

 レイスもアルミアも焦る。何とか彼女の救助に向かいたいが、それをおいそれと許してくれる状況ではない。


 それを知ってか、黒髪の槍もトドメを刺さんとディナめがけて勢いよく降り注いでくる。

 これはやられたとディナは覚悟して衝撃に備えた。


「させるか―――ッ!!」


 一発は腰から抜いたナイフで受け止め、もう一発は腕に刺さるのもお構いなしにガードする。

 単発のみならダウンするほどのダメージにはならないと判断した上での行動だ。目論見は見事に的中し、ディナへの攻撃は防がれた。


 それを成し遂げたシーシャは、決意を込めた眼差しで転がった八千代と貴子の手首をにらみつける。

 バンドウを奪われてから重ねに重なってきた彼女のストレスがついに爆発したのだ。


 ようするに―――キレた。


「バンちゃんを……いい加減、返せぇえええええ!!」


 M92Fの銃口から次々に弾丸が放たれる。

 フレンドリーファイアの判定は無いとはいえ、アルミアやレイスすらお構いなしにぶっ放された対霊弾は命中した黒髪を散らせていく。


「うおおおおおおおっ!!!」


 ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!―――装填(リロード)


 ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!―――装填(リロード) 


 二つの弾倉をあっという間に空にして最後の弾倉をシーシャはM92Fに叩きこむ。

 ようやく動けるようになったレイスも、HK45で援護しながら叫んだ。


「シーシャさん!!あそこ!!あの手首を狙ってください!!」


 ギンッとシーシャの鋭い目が転がった手首を捉える。

 彼女が狙い撃てるよう、レイスは先んじてトリガーを弾き、黒髪の防御を誘った。

 だがこれが思った以上に分厚い。突き出される黒髪の範囲もそうだが、対霊弾で打ち破ったそばから次が生えてくる。手首まで通せるルートは針の穴を通すが如しだ。


(シーシャさんに撃ち抜けるか……?かなりキツイぞ、これ……!!)


 だがレイスは信じて待った。

 二発、三発、四発、五発と決め、レイスのHK45はスライドが下がりきった状態で止まった。

 ついに弾切れ、これ以上の援護は出来ない……!


「シーシャさん!!」


 叫ぶレイスとは裏腹にシーシャの表情はひどく落ち着いていた。

 片膝を付いて真っすぐ銃を構え、ピンッと張った糸が銃口から伸びるように、ブレない一本の〝射線"を視線の先に通す。


「ダークアーツ………」


 ブワッとシーシャが握るM92Fから紫色の炎が上がった。


「―――【フライクーゲル】ッ!!」


 ―――〝魔法の弾丸(フライクーゲル)"

 オペラ『魔弾の射手』に登場する、悪魔が鋳造した弾丸だ。渡された七発中六発は射手の望むところに必ず命中するが、残りの一発は悪魔の望む箇所へ命中するとされる。


 この場に置いてのダークアーツ【フライクーゲル】もまた例に漏れず、シナリオ中一発だけの制限こそあるものの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()効果を持っている。


 ―――対人であれば正しく必殺。


 ―――ボス戦であれば、会心の一撃。


 スロット三枠を使用する最高レア度のダークアーツが咆哮を上げ、放たれた魔法の弾丸は紫の光の尾を引きながら黒髪の隙間を流れるようにすり抜けていく。

 もはや逃れるすべはない。防御すら掻い潜る一撃は流水の如く滑らかな軌道で肉薄し―――その手首のど真ん中を撃ち抜いた。




 ギャアアアアアアアアアアアアッ!!!!



 

 大穴を開けた手首から青色の炎が上がり、瞬く間にその全体を覆っていく。

 対霊弾に施された浄化の力が手首を焼き尽くし、断末魔の悲鳴がけたたましく上がった。


 男と女が混ざったような絶叫だ。耳が痛くなる。

 途端に地面も揺れ出した。屋敷全体が震えているようだった。


「わ、わわ!?」


「おっとこれは~」


 バンドウも頭を抱えて悲鳴を上げながら苦しんでいる。

 何かするべきか逡巡している内によりいっそう揺れは激しくなり、そして―――


 壁や天井の崩落と共に、全員の意識はプッツリと途切れた。


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