『禁后‐パンドラ‐・10』
『………オレノモノ、オレノモノ、オレノモノ』
障子の向こうの人物はブツブツと言葉を発している。
唸り声が混ざるような嫌な低音だが、この声は間違いなく……。
「バンちゃん……」
「いよいよもって、直接攻撃に来ましたか……」
サイシーバーの表示マップを確認して逃走経路を割り出したレイスは全員に目配せをする。
ディナとアルミアは障子に銃口を向け、いつでも撃てる態勢を整えつつ、じりっ……と一歩引いた。
「ちなみに残弾はどれくらいで……?」
「わ、私はあと一つ弾倉が残ってます」
「これで最後ですね~」
残念な事に、こちらも最後の弾倉。
あまり手数は多くない。使いどころは見極めなくては……。
「シーシャさんは?」
「……バンちゃんは撃てないよ。……ごめん」
まぁ、納得の理由ではあるとレイスはちょっと難しい顔をする。
見た目の雰囲気、シーシャはまったく戦闘に参加していない様子だったので予備弾倉自体はほぼフルで残っているだろう。いざとなったら投げ渡して貰えればこちらで使える。
問題はその時の相手が誰になるかだ。今回は一番、あてにならないパターンを引いてしまっている。
「ディナさんはシーシャさんを連れて行って下さい。アルミアさんは先導を……。殿は俺が行きます」
「了解です~」
確認が終わったのを見計らったようにゆらりと影が動きだし、腕を振り上げ―――振り下ろした。
木枠をへし折り、砕きながら手斧が障子を縦に切り裂き、向こう側が見通せるようになる。
そこには白目を剥いて首をおかしな方向に向けながら笑う、バンドウの顔が覗いていた。
『―――オキャクサマ、ダヨ。フヒャハハハ!!』
そのままバンドウはめちゃくちゃに手斧で障子を叩き、砕きながら無理やり部屋に入り込んで来た。
完全に正気を失った様相だ。到底、実りある会話なんてできる感じもしない。
「行って下さい!!」
アルミア達を先に送り出し、レイスはHK45を構えた。
トリガーを数度弾き、牽制するようにバンドウの進行方向の手前めがけて威嚇射撃をかける。
シーシャのこともあるし、ここでハチの巣にするのも忍びないという思惑からの判断だ。
マズルフラッシュが暗い部屋に瞬き、互いの影を光の下に映し出す。
『イイイイイイッ!!!オレノ、儀式ダァッ!!渡スモノカ!!クレテヤル、モノカァ!!』
飛びのいたバンドウは腰を深く落として、胸が床を這いずるギリギリの所まで上半身を前に向け、斧をだらしなく下げている。
飛び掛かる前の姿勢とも、このまま疾駆してくるとも見える不気味な構えだ。
『キイイヤアアアアアッ!!!』
「くっ……!!」
―――正解は飛び掛かり。
レイスは横っ飛びに転がりながらバンドウの初撃をかわした。
身を起こして迎撃態勢を取る頃には、既にバンドウは二撃目の斧を振り下ろしてきた。
「てい、はぁッ!!」
裏拳で斧の腹を叩いて軌道をそらし、カウンターの崩拳をお見舞いする。
腹に深く刺さる拳の一突きがバンドウを大きく引き下がらせた。
「いちおうは、通るか……」
人間形態の相手になら、レイスが目下修行中の〝ガン=ドゥ"は有効だ。
しかし流石に真正面から撃つわけにはいかないので、レイスは銃をホルスターに戻して両手をフリーにする。
今回ばかりは無手の方が動きやすい。
『イイイイイイアアアアアアアアアッ!!!!』
バンドウは咆哮し、ギリッと歯茎を剥いた。
ああ、これは怒らせたなとレイスは察した。
「っ……っぶな!!」
ダカダカダカッ!!と疾走したバンドウが勢いのままに斧を振り回す。
刃の部分を避け、腕の部分を狙って受け止めようとしたが、異常な膂力に押し飛ばされた。
おおよそ、人間が出せる出力の限界を越えている。間違いなく、怪異特有のスーパーパワーだ。
『ヒイイイッ!!クアアアアアッ!!』
「お、落ち着いて!!そんな叫ばなくても、うおッ!?」
受け止めることが叶わないとなると、あとは受け流すか避けるしかない。
だがそうなると途端に防御が難しくなる。受け流すつもりでうっかり攻撃にかち合ってしまえば……。
「がっ……うわあああぁぁっ!!?」
ヤクザがやるような雑な前蹴りを思わず受け止めてしまい、レイスは背中側の襖をぶち破りながら廊下までぶっ飛ばされた。
幸い、視界はまだ正常だ。重傷ダメージを現す赤色が出てくる気配はない。
『ヒー……ヒー……、死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ死ネ』
ずりずりと手斧を引きずりながらバンドウがゆっくりと迫って来る。
レイスは身体を引き起こしながら再び相対した。
「バンドウさん、先に謝っておきますね……」
レイスは口元を拭い、床を蹴りだした。
そのまま斧の迎撃を掻い潜り、こっそり右手に出しておいた二本目の金属の水筒の蓋を開け、中身を顔面にぶちまけた。
―――ジュワアアアアアアッ!!
『イイイイイイイイギャアアアアアアアアッ!!?』
顔から焼け付くような白い煙を上げてバンドウがもだえ苦しむ。
聖水の効果は予想通り、邪悪なモノに憑りつかれたバンドウの視界を潰すに至った。本当にこれ使い勝手いいなとレイスは感心しつつ、右足を踏み込んで身体に力を籠める。
「でええええやぁっ!!」
掌打を無防備な顎に一打。
回転からの左肘で側頭部を打ち据え、返す刃で裏拳を右わき腹に叩き込む。
態勢が大きく崩れた所に渾身のストレートキックを見舞い、先ほどの逆を見るようにバンドウの身体を畳の部屋までかっ飛ばし返した。
「よしっ……!」
呻きながらじりじりと起き上がろうとするバンドウの姿をしり目に、レイスは開いた距離をさらに引き離す様に逃げ出した。
時間稼ぎは十分。あとは上手く捲いて、先行したアルミアに合流するだけだ。
「……ふう、急がないと!」
ここからはバンドウという追跡者との鬼ごっこだ。
捕まる前に二つ目の鏡台を探し当てなければならない。
※※※
「さぁ、どんどん走っていきますよ~。止まると何が起こるかわかりませんからね~。さぁ、ハリーハリー」
「速いですよアルミアさん!!ちょ、ちょっと待ってください!」
スイスイと廊下や部屋を駆け抜けながら、アルミアはサイシーバーのマップを一気に埋めていく。
調査も鏡台が入っていそうな場所を乱雑に開けていくだけで、警戒も慎重さも皆無だ。
当然、そんなアルミアに仕掛けられた罠たちが襲い掛かるのだが……。
「よっ」
―――ドンッ!!
長い髪に覆いつくされた女の脳天をアッサリ射抜きながら、アルミアは次の方角を確認する。
先ほどからこんな感じの展開の繰り返しだ。
「ア、アルミアさん……?なんでそんな簡単に……」
「来るな~、来そうだな~って身構えていれば、来た時にすぐ動けるものでしょう~?」
それは無理です、とディナは心底思った。
先ほどの女の飛び掛かりですら一、二秒の猶予があるかどうかだ。そんな一瞬の内で、彼女は相手の位置を正確に判断して即座に射殺する離れ業を連続成功させている。
ディナは逆にアルミアのプレイヤースキルの方が怖くなってきていた。
「でも弾もそろそろキツくなってきましたね~、どうしましょう~」
「あ、でしたら私の予備弾倉を使ってください。むしろ、アルミアさんが持っててくれた方が絶対いいですし……」
ディナはショルダーホルスターに入っていた拳銃の弾倉をアルミアに手渡した。
アルミアが受け取ると、弾倉はアルミアが持つジェリコの弾倉へと変化する。アルミアはそれを腰のベルトに差し込み、瞬時に抜けるようにした。
「ありがとうございます~、これであとプラス十六回は襲撃をしのげますよ~!」
ちなみにジェリコの装弾数は十六発である。
一発も外す気はないようだ。
「……バンちゃん大丈夫かな」
心配そうに、誰もいない真っ暗な廊下を振り返るシーシャ。
「レイスくんならイタズラに傷つけるような真似はしませんよ~。大丈夫、大丈夫」
「だったらいんですけど……」
「ええ。なんにしても、事を解決するには私達が鏡台を見つけて手首を処分するのが一番手っ取り早いですから~。頑張りましょう?シーシャさん。あと一息でしょうから」
「……はい!」
真剣な表情で頷くシーシャはギリッと銃のグリップを強く握った。
その様子に満足そうな笑みを浮かべるアルミアは次の部屋の探索に移った。
一つ、また一つをマップを開けていき、雰囲気としてマップの一番端であろうエリアまでやって来た。
ドパァンッ!!と最後の部屋の襖を蹴り飛ばしたアルミアは、ヒュウと口笛を鳴らした。
「みーつけました~」
一つ目と同じく、部屋の中央に据えられた鏡台が、禍々しい気を放っていた。




